第19話「王命という名の、親心」
それは、よく晴れた、朝のことだった。
カルム村に、再び、王家の馬車が、現れた。
だが、前と同じ、ジオルドの馬車では、なかった。物々しい騎士団を、引き連れている。先頭の騎士が、広場で高らかに、巻物を掲げた。
「ヴァルニール王国、国王陛下より、王命である!」
村人たちが、ざわめいた。フィナは、店から、出て、その騎士の前に、立った。
「王女、アルナ・ヴァルニール殿下」騎士は、フィナを見て、声を張り上げた。「陛下の、ご命令である。直ちに王都へ帰還し——その、魔物を操る力をもって、王国軍に加わるべし。これは、絶対の王命である」
フィナの、息が、止まった。
——王命。
逃げられない言葉だった。貴族の世界で、王命に背くことは、反逆を意味する。村ごと、敵に回される。それは、フィナが、いちばん恐れていたことだった。
「……理由を、お聞かせ願えますか」フィナは、声を、絞り出した。「私は、五年前、城を、出た身です。なぜ、今さら」
「陛下は、こう、仰せである」騎士は、巻物を、読み上げた。「『愛する娘よ。お前の力を聞いた。その力があれば、お前は、二度と、危険な目に遭わずに済む。国の、最強の盾として、余が、お前を、守ってやろう。——これは、お前のための、命令である』」
フィナの、足元が、崩れる、ような気が、した。
——お前のためだ。
五年前と、同じ言葉だった。ルクを奪ったときと、寸分違わぬ。愛が、また、檻になろうとしている。
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「……断ったら、どうなりますか」フィナは、震える声で、問うた。
「王命への、反逆と、みなされる」騎士の声が、冷たく、響いた。「この村は、保護領の、地位を、剥奪され——反逆者を、匿った村として、処断される」
村人たちが、息を、呑んだ。
フィナの、胸が、締めつけられた。
——私が、断れば、村が、潰れる。
またしても、同じだった。フィナの力が、村を巻き込む。フィナの存在が、村の火種になる。
「少し……考える時間を、いただけますか」
「三日、待つ」騎士は、巻物を、巻いた。「三日後、再び、参る。賢明な、ご判断を」
騎士団が、去っていく。
残された村人たちは、誰も、口を、きけなかった。重い、沈黙が、広場を、覆っていた。
「……フィナさん」エミが、不安げに、口を、開いた。「まさか、行くつもりじゃ」
フィナは、答えなかった。
ただ、唇を、噛んで、青い空を、見上げていた。
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その夜。フィナのもとに、一羽の伝書鳩が、舞い降りた。
脚に、結ばれた手紙。差出人は——ジオルドだった。急いで、書いたらしい、乱れた筆跡で。
『すまない。父上を、止められなかった。あの命令の、裏には、ヴェイル侯爵がいる。父上に「アルナ様の力で国を守れば、二度と危険はない」と、吹き込んだのだ。父上は、お前を、本気で、案じている。だからこそ、聞かない。母上と、私で、説得を、続けている。だが——時間がない。何か、手を考えてくれ。お前なら、できるはずだ』
フィナは、手紙を、握りしめた。
「……侯爵」ベルが、肩で、低く、唸った。「裏でも、表でもなく。今度は、国王の、親心そのものを、武器にしてきましたか」
「うん」フィナは、頷いた。「いちばん、たちが悪い。お父様は、悪意なんて、ない。本気で、私のためだと信じてる。——五年前と、同じ」
フィナは、ぎゅっと、目を、閉じた。
五年前は、何も、できなかった。声を、上げても、届かなかった。ただ、逃げることしか、できなかった。
でも——今は。
フィナは、目を、開けた。その瞳に、もう、迷いは、なかった。
「ベル」
「なんですか」
「五年前の私は、逃げた。声が、届かなかったから」フィナは、立ち上がった。「でも、今の私には——声を、届ける方法が、ある。届けてくれる、仲間が、いる」
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翌朝、フィナは、村人たちを、集めた。
「皆さん。私は、王都に、行きます」
村人たちが、一斉に、顔を、上げた。エミが「そんな」と、声を、上げる。
「でも——戦の道具になるためじゃ、ありません」フィナは、まっすぐに言った。「お父様に——国王陛下に会って、直接、話をします。私の口で。私の言葉で。五年前、できなかったことを、今度こそ」
「無茶だ」ガルドが、煙草を、握りつぶした。「相手は、国王だぞ。それに、裏で糸を引く、侯爵もいる。お前一人、乗り込んで、どうにかなる相手じゃ——」
「一人じゃ、ありません」
フィナは、微笑んだ。
「私には、証拠が、あります。侯爵が、この村に、何をしたか。川を、汚染し、善意を装い、私を、脅迫した。——その、すべてを、記録してあります」フィナは、束ねた書類を、掲げた。「レマンさんにも、協力を、頼みました。商業ギルドとして、侯爵の手先の商人の、悪事を、証言してくれる」
ガルドの、目が、見開かれた。
「お前、いつの間に」
「水の事件の、あとから、ずっと、準備していました」フィナは、言った。「いつか、侯爵が、本気で、動くと、分かっていたから」
村人たちの、顔に、希望が、戻りはじめた。
「それに——」フィナは、空を、見上げた。「私には、王都まで、半日で、運んでくれる、翼が、あります」
その時。
空から、巨大な影が、舞い降りた。ソルだった。フィナの、決意を、感じ取ったように。
「行くのだろう」ソルが、言った。「ならば、乗れ。我が、運ぶ」
フィナは、ソルの、首を、撫でた。
「ありがとう、ソル」
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「待て、フィナ」
ベックが、進み出た。手に、布に包んだ、何かを、持っている。
「持っていけ」
布を、開くと——一振りの、短剣だった。美しい、波紋を、刻んだ刀身。イグナの炎で、鍛えた、新しい鋼。
「護身用だ。王都が、どんだけ、危ねえか、分からん」ベックは、ぶっきらぼうに、言った。「……無事で、帰ってこい。打った俺が、言うんだ。間違いねえ」
フィナは、その短剣を、受け取った。ずしりと、温かかった。
「ありがとう、ベックさん」
「フィナねえちゃん!」ミアが、駆け寄ってきた。涙を、ためて。「ぜったい、ぜったい、帰ってきてね。約束だよ」
フィナは、しゃがんで、ミアを、抱きしめた。
「約束する。——必ず、帰ってくる。ここが、私の、家だから」
エミが、薬の包みを、押しつけた。「旅の、常備薬です。無理、しないで」ゴランが、静かに、頷いた。「いってらっしゃい、フィナさん」ルーベ夫妻が、ガルドが、トールが、村中の人が、フィナを、見送るために、集まっていた。
五年前、フィナは、誰にも、見送られず、城を、出た。
でも、今は——こんなにも、温かい、見送りが、ある。
フィナは、ソルの背に、乗った。肩に、ベル。懐に、チコ。
「もると、イグナは、村を、守ってて」フィナは、言った。「私の、留守を、お願い」
「マカセロ」もるが、土から、顔を出した。
「……必ず、戻れ」イグナが、低く、鳴いた。
ソルが、翼を、広げた。
「行ってきます!」
大きく、羽ばたく。村が、村人たちが、ぐんぐん、小さくなっていく。手を振る、ミアの姿が、最後まで、見えていた。
フィナは、前を、向いた。
王都へ。五年前、逃げ出した、あの場所へ。
——今度は、逃げるためじゃない。
立ち向かう、ために。
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【第十九話終了時点 カルム村ステータス】
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人口 : 40人超
村の活気度 : 緊迫(フィナ出立)
テイム魔物 : ベル/チコ/ソル(同行)/もる・イグナ(村を守る)
新たな危機 : 国王の王命(侯爵の入れ知恵)でフィナを徴用
フィナの決断 : 王都へ赴き、国王に直接対峙する
持つ武器 : 侯爵の悪事の証拠・レマンの証言・ベックの短剣
味方 : ジオルド・セレーネが王都で説得中
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第二章、王都決戦へ
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【幕間 王都 ヴェイル侯爵の、勝算】
ヴェイル侯爵は、王城の回廊を、ゆっくりと、歩いていた。
すべては、計画通りだった。
国王の、娘への過剰な愛。それを利用するのは、簡単だった。「アルナ様の力で、国を守れば、二度と危険な目に遭わせずに済む」——たった、それだけの、ささやきで、国王は、動いた。
娘は、王都に来る。王命には、逆らえない。そして、来れば——こちらの、ものだ。
「王女が、軍に加われば」侯爵は、薄く、笑った。「その指揮権は、いずれ、私が、握る。魔物の軍団。それを、操る王女。——国すら、傾けられる、力だ」
侯爵は、立ち止まり、窓の外を、見た。
「第一王子は、目障りだが。所詮、青いだけの、理想家だ。父王を、説得できはしまい」
だが、侯爵は——一つ、見落として、いた。
あの娘が、もう、五年前の、無力な王女では、ないことを。
逃げることしか、できなかった少女が——今は、立ち向かう術を、知っていることを。
そして、その背には、村人たちと、魔物たちの、想いが、乗っていることを。
侯爵の、薄い笑みは、まだ、その、誤算に、気づいていなかった。
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続く
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あとがき
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
ついに、侯爵が、最後の手を打ちました。裏でも表でもなく——国王の「親心」そのものを、武器にしてきた。「お前のためだ」という、五年前と、同じ言葉。いちばん、フィナの、古傷を抉る一手です。
ですが、今回、フィナは、逃げません。「声を届ける方法が、ある。届けてくれる仲間が、いる」。五年前の無力な少女は、もう、いない。証拠を集め、レマンを味方につけ、ソルの翼で、王都へ。
ベックの短剣、ミアの約束、村中の見送り。五年前、誰にも見送られなかったフィナが、今は、こんなにも、温かく、送り出される。この対比を、書きたかったんです。
侯爵は「第一王子は説得できまい」と高をくくっていますが——フィナの成長を、見落としています。
【ブックマーク】次回、ついに王都決戦。フィナと国王、五年越しの対峙。
【評価】星ひとつで、新しい読者に届きます。
【感想】「見送りに泣いた」「侯爵ざまぁが楽しみ」、一言でも必ず返します。
次回、王都へ。フィナは、父に、何を語るのか。




