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第22話「ただいま、カルム村」

 夕暮れの空に、ソルの、翼が、舞った。


 眼下に、見慣れた盆地が広がる。鏡のような湖。寄り添う家々。煙突から立ちのぼる、煙。


 カルム村が——フィナの、家が、帰ってきた。


「……ただいま」


 フィナは、思わず、呟いた。胸の奥が、じんわりと、温かくなる。


 ソルが、広場に、舞い降りる。その羽音を、聞きつけて、村人たちが、家から、飛び出してきた。


「フィナさんだ!」「帰ってきた!」「無事だったか!」


 あっという間に、フィナは、村人たちに、囲まれた。


 ルーベ夫妻が、手を取って「よかった、よかった」と繰り返す。トールが、しわだらけの顔を、くしゃくしゃにして、何度も、頷いている。普段は無口なゴラン村長まで、杖をつきながら、ゆっくりと、近づいてきて、フィナの肩を、ぽん、と叩いた。


「……無事の、お帰りだ。それが、いちばんだ」


 その短い言葉に、フィナの胸が、熱くなった。


「ねえちゃん!」


 いちばん先に、飛び込んできたのは、ミアだった。フィナの腰に、思いきり、しがみつく。


「帰ってきた! ほんとに、帰ってきた!」ミアは、ぐしゃぐしゃの顔で、笑った。「約束、守ってくれた!」


「うん」フィナは、ミアを、抱きしめた。「ただいま、ミア」


「おかえり!」


---


 村は、たちまち、お祭り騒ぎに、なった。


 誰が言い出すでもなく、広場に火が焚かれ、料理が運ばれてくる。エミが、酒樽を、転がしてきた。トールが、湖の幸を、焼きはじめる。ベックが、ぶっきらぼうに「無事で、何よりだ」と言って、すぐ、そっぽを向いた。


「フィナさん」エミが、目を、潤ませた。「王都で、大変だったんでしょう。国王陛下と、対決したって——」


「対決、というか」フィナは、苦笑した。「ちゃんと話を聞いてもらえました。五年ぶりに」


「よかった……」エミが、洟を、すすった。「本当に、よかった」


 ガルドが、煙草を、くわえて、近づいてきた。


「で、商売の方は、どうなった」相変わらずの、ぶっきらぼうさだった。「お貴族様に、連れて行かれずに、済んだんだな」


「はい。村に、戻れました」フィナは、笑った。「これからも、よろしくお願いします。パートナー」


「……ふん」ガルドは、そっぽを向いた。だが、その口元は、緩んでいた。「当たり前だ。三割、きっちり、もらうからな」


 フィナは、声を、上げて、笑った。


 ——ああ、帰ってきた。


 この、賑やかさ。この、温かさ。これが、フィナの、居場所だった。


---


 そのとき。


 地面が、ぼこり、と、盛り上がった。


 土の中から、ひょこ、と、つぶらな目が、二つ、現れる。もるだった。


「……フィナ。かえった」もるは、ぼそりと、言った。それから、もう一度、念を押すように。「……おかえり」


「ただいま、もる」フィナは、しゃがんで、もるの、土だらけの頭を、撫でた。「留守番、ありがとう。村は、どうだった?」


「……まもった」もるは、小さな胸を、ぐっと、張った。「ちゃんと、まもった」


 その時、空気が、ぐらりと、揺れた。


 村の外れから、地響きと共に、巨大な影が、近づいてくる。イグナだった。のっそりと、広場に、やってくる。その背に——なぜか、ちょこんと、チコが、乗っていた。


「……戻ったか」イグナは、低く、温かい声で、言った。「無事で、何よりだ」


「ただいま、イグナ」フィナは、イグナの、鼻先を、撫でた。「あれ、チコ、いつの間に、イグナと、仲良く?」


「アッタカイ」チコが、イグナの背の上で、頬袋を、膨らませた。「イグナ、アッタカイ。フユ、ココデ、ネル」


「冬眠の場所に、目をつけたんですね」ベルが、肩の上で、呆れた。「現金な、リスです」


「ベル!」フィナは、笑った。「あなたも、ただいま、だよ」


「ええ。長い、旅でしたね」ベルは、フィナの肩で、ふう、と息を、ついた。それから、ぽつりと。「……おかえりなさい、フィナさん」


 フィナの、胸が、温かくなった。


---


 宴は、夜遅くまで、続いた。


 星空の下、火を囲んで、村人たちが、笑い、歌う。魔物たちも、その輪の中に、いる。チコは、料理を、つまみ食いして、エミに、怒られていた。もるは、地面から、顔だけ出して、宴を、眺めている。ソルは、少し離れた場所で、優雅に、佇んでいた。イグナの、温かい体に、村の子どもたちが、もたれて、眠っていた。


 フィナは、その光景を、少し離れた場所から、眺めていた。


 火の粉が、夜空に舞い上がっていく。村人たちの、笑い声。誰かが、下手な歌を、歌い出し、別の誰かが、それに、合わせて、手を叩く。エミの弟子の娘たちが、きゃあきゃあと、はしゃいでいる。ベックでさえ、いつのまにか、トールと、酒を酌み交わし、何やら、ぼそぼそと、語り合っていた。


 平和だった。


 ほんの数日前まで、王都で、国王と、対峙していたのが、嘘のようだった。あの、張りつめた、玉座の間の空気と、この、緩んだ、火のぬくもり。その、あまりの落差に、フィナは、思わず、笑ってしまった。


「……いい村ですね」ベルが、肩で、言った。


「うん」フィナは、頷いた。「最高の、村」


「五年前、雨の小屋で、震えていたあなたは」ベルは、静かに、言った。「今、こんな場所に、たどり着きました」


 フィナは、ベルを、見た。


「ベル。あの夜、私を、見つけてくれて、ありがとう」


「……礼を言うのは、こちらの方かもしれません」ベルは、珍しく、素直に、言った。「あなたが、いなければ、私も——」


 そこで、ベルは、言葉を、止めた。何か、言いかけて、飲み込んだように。


「ベル?」


「……いえ。なんでも、ありません」ベルは、いつもの調子に、戻った。「さあ、あなたも、宴に、戻りなさい。主役が、抜けては、いけません」


 フィナは、少し、引っかかったが、それ以上は、聞かなかった。


 ——ベルには、まだ、語っていない、何かが、ある。


 でも、それは、きっと、いつか。ベルが、話したくなった、その時で、いい。


 フィナは、立ち上がり、宴の輪に、戻っていった。


---


 翌朝。


 二日酔いの村人たちが、ぼちぼち、動きはじめた、その頃。


 一羽の、伝書鳩が、フィナのもとに、舞い降りた。脚に、結ばれた、手紙。差出人は——ジオルドだった。


 フィナは、それを、開いて——目を、見開いた。


「ベル。大変」


「どうしました」


「お父様が……国王陛下が、村に来るって」フィナは、手紙を見つめた。「それも——一ヶ月後に」


「……は?」ベルの、耳が、ぴんと、立った。「国王が、この、辺境の村に、ですか」


「『一人の父として、行く』って、約束、覚えてるでしょう、って」フィナは、手紙を、読み上げた。「『あと、母上が、もう、待ちきれないと、言っている。供は、最小限に。村に、迷惑は、かけない。——楽しみにしている』……だ、そうです」


 しん、と、なった。


 それから——フィナは、頭を、抱えた。


「ど、どうしよう。国王陛下を、お迎えするなんて。村に、そんな、立派な、宿も、ないし。おもてなしも——」


「フィナさん、フィナさん」ベルが、慌てる、フィナを、見て、ため息を、ついた。「落ち着きなさい。陛下は、『一人の父として』と、仰ったのでしょう。豪華な、おもてなしを、求めて、来るわけでは、ありません」


「で、でも」


「ありのままの、カルム村を、見せれば、いいのです」ベルは、言った。「あなたが、愛した、この村を。それが、いちばんの、おもてなしですよ」


 フィナは、はっと、した。


 ——そうだ。


 飾る必要は、ない。豪華にする必要も、ない。フィナが見つけた、この温かい村を。魔物と人が、一緒に生きる、この場所を。ありのまま、見せればいい。


「……うん。そうだね」フィナは、笑った。「お父様に、見せよう。私の、自慢の、村を」


 その時、広場の方から、ミアの、声が、響いた。


「ねえちゃーん! 国王様が、来るって、ほんと!?」


 もう、村中に、広まっていた。


 フィナが、振り返ると、村人たちが、わらわらと、集まってきていた。みんな、目を、輝かせて。


「国王様だって!?」「うちの村に!?」「な、何を、お出しすりゃ、いいんだ!」「広場を、掃除しなきゃ!」


 村は、たちまち、新たな、お祭り騒ぎに、なった。


 フィナは、その光景を、見て、笑った。


 ——一ヶ月後。


 フィナの、二つの世界が。ついに、出会う。


---


【第二十二話終了時点 カルム村ステータス】

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

人口 : 40人超

村の活気度 : 帰還を祝い最高潮(星5/5)

テイム魔物 : ベル/チコ/ソル/もる/イグナ(全員集合)

フィナの状態 : 村へ帰還・日常回帰

新たな出来事 : チコがイグナを冬眠場所に気に入る

大きな予定 : 一ヶ月後、国王ガイゼルとセレーネが村を訪問

村の様子 : 国王訪問に向け大張り切り

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

第二章、大団円へ


---


【幕間 ベルの、ひとりごと】


 宴の夜。


 みなが寝静まった後、ベルは、一人、湖のほとりに、いた。


 水面に映る、月を、じっと、見つめている。


「……五年、か」ベルは、ぽつりと、呟いた。「長かったような。短かったような」


 ベルには、フィナに、まだ語っていない過去が、あった。なぜ、自分が言葉を話せるのか。なぜ、あの雨の夜、あの場所にいたのか。なぜ——フィナの、そばに居続けるのか。


「まだ、話す時では、ない」ベルは、月に、語りかけた。「あの子が、もっと、強くなってから。もっと、幸せに、なってから」


 風が、湖面を、撫でた。月が、揺れる。


「それまでは——私が、そばで、見守る」ベルの目が、優しく、細められた。「あの、世話の焼ける、主を」


 ベルは、ぴょん、と、跳ねて、宿の方へ、戻っていった。


 その小さな背中を、月だけが、静かに、照らしていた。


---


続く


---


あとがき


最後まで読んでくださり、ありがとうございます。


王都での激闘から一転、今回は、ほっと、一息つく回でした。フィナの、凱旋。村人と、魔物たちの、温かい歓迎。「ただいま」と「おかえり」が、こんなにも、嬉しいものだと、改めて、感じます。


チコが、イグナを、冬眠場所に目をつけているのが、個人的に、ツボでした。あの子は、本当に、ブレない。


そして、新たな、大事件。国王陛下と、セレーネ様の、村訪問が、決定! 一ヶ月後、フィナの、二つの世界が、ついに、出会います。村中が、大張り切りです。


最後の、ベルのひとりごと。彼には、まだ、語られていない、過去があります。なぜ、喋るのか。なぜ、フィナのそばに、いるのか。——その謎は、いつか、必ず、明かされます。


【ブックマーク】次回、国王訪問に向けて、村は大忙し。

【評価】星ひとつで、新しい読者に届きます。

【感想】「おかえりに泣いた」「ベルの過去が気になる」、一言でも必ず返します。


次回、おもてなし大作戦。魔物たちも、はりきります。

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