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第2話「商人の目」

 翌朝、宿が騒がしかった。


「これ、全部薬になります! しかもこっちは——待って、これ私が十年探してた薬草じゃないですか!?」


 相部屋のエミが、昨夜から一睡もしていないらしかった。机の上に薬草を広げ、目を皿のようにして一本一本確かめている。髪が跳ねていて、インクの染みが頬についていた。


「おはようございます、エミさん」


「フィナさん! これどこで採ってきたんですか、この紫のやつ! 解熱だけじゃなくて痛み止めにもなるんですよ、知ってましたか!?」


「知りませんでした」


「私も昨夜まで知りませんでした!!」


 ベルが耳を伏せた。「朝から元気ですね」


 チコは頬袋を膨らませたまま、エミの興奮から距離を置くように棚の上に避難していた。


「チコ」とフィナが呼ぶと、チコはしっぽをぱたりと振った。


「……おはようございます」


 片言だったが、確かに言葉だった。


 エミが固まった。「今、リスも喋りましたか」


「チコも喋れます。テイムした魔物は言葉を持つんです」


「……この村、どうなってるんですか」


「これから、もっと変わると思います」


 フィナは窓の外を見た。湖に朝靄がかかっていて、山の稜線が白く霞んでいる。


 ——この村には、まだ誰も気づいていない豊かさが眠っている。


---


 朝食を済ませると、村の噂は思ったより速く広がっていた。


「フィナさんって、魔物使いなんだって?」


 井戸端でルーベ夫妻の奥さんに声をかけられた。怖がっている様子はなく、むしろ純粋に興味津々といった目をしていた。


「少し、使えます」


「すごいわねえ。チコちゃんって言うの? 可愛い顔してるのにあんなに薬草採れるなんて」


「キノミモアル」とチコが主張した。


「そっちは採ってきてません」とベルがすかさず訂正した。


 フィナは村をゆっくりと歩きながら、頭の中で計算を始めた。薬草の在庫が補充できた。エミが調合すれば薬になる。それを近隣の村に売れれば最初の収入が生まれる。問題は輸送と販路と——


「何か考えてますね」ベルが耳をぴくりと動かした。


「いろいろと」


「フィナさんが黙っているときは、大抵ろくでもないことを考えています」


「失礼な」


 でも否定はしなかった。


 広場の端に、一軒だけ板が打ち付けられた建物があった。立地は広場に面していて、湖からの道にも近い。手前を販売スペースに、奥を作業場と倉庫に——棚を最低限揃えれば、薬草の加工と販売は始められる。


「ミセ?」チコが頬袋をふくふくと動かした。


「……なぜわかったんですか」とベルが呟いた。


---


 ガルドという男に会ったのは、そのすぐ後だった。


 広場の隅に置かれた古い椅子に、どっかりと腰を下ろして煙草を吹かしていた。年は五十を超えているだろう。がっしりとした体格に、無数の皺が刻まれた顔。その目が、フィナを見た。一瞬だけ、値踏みするような光が走った。


「昨日来た旅人か」


「フィナといいます」


「ガルドだ」


 それだけ言って、また煙草に口をつけた。話す気がないのは明らかだった。


 フィナは立ち去りかけて——少し考えてから、振り返った。


「あの空き店舗、いくらで借りられますか」


 ガルドの動きが、ぴたりと止まった。


「なんで俺が権利持ってると思った」


「あの建物、外壁の石組みが他の家と少し違います。愛着のある建物を他人に売る人は、処分せずに板を打って残しておく」


 沈黙が落ちた。ガルドは煙草の煙をゆっくりと吐いて、フィナを見た。


「……旅人にしては、妙な目をしてるな」


「商売やったことあるか」


「少し」


「嘘だな」フィナの返答より早く、ガルドは言った。「『少し』って言う奴に限って、ちゃんとやってる」


 フィナは黙った。


「……商売を、再開するつもりはありますか」


「ない」


「ただ——」ガルドは立ち上がった。「魔物使いが辺境の村で商売を始めるなら、どんな顔をするか見てみたい気はする」


 それだけ言って、広場を横切って行った。


---


 フィナは背中を見送って、小さく息をついた。


「一筋縄ではいきませんね」とベルが言った。


「うん。でも——あの人は、この村が好きだ」フィナは言った。「商売をやめても、処分できなかった。それだけここに思い入れがある人なら、村が変わり始めたとき、黙っていられないはずです」


「……随分と先まで読んでいるんですね」


「賭けです」


 フィナはもう一度、板の打ち付けられた店舗を見た。この村は、伸びしろしかない。


---


 その夜。フィナが部屋で帳簿の計算をしていると——ドアがノックされた。


 開けると、ガルドが立っていた。手に一枚の紙を持っている。


「店の間取りだ」


 フィナは一瞬だけ目を見張って、受け取った。


「貸すとは言ってない」ガルドはぶっきらぼうに言った。「話を聞いてから決める。明日の朝、広場で。計画があるなら持ってこい」


 それだけ言って、また行ってしまった。


 ベルが呆れたような声で言った。「……計画、ありますか?」


「今から作ります」


「徹夜ですか」


「多分」


 チコが頬袋をぱふぱふさせながら、フィナの膝に乗ってきた。温かくて、少し重かった。


「……テツヤ、イッショ」


「ありがとう、チコ」


 フィナは計算用の紙を広げて、ペンを持った。久しぶりに、頭が動く感覚がした。貴族の令嬢として叩き込まれた経営の知識が、静かに呼び起こされていく。


 でも今度は——誰かに命じられたからじゃなく、自分が選んだ道のために使う。それが、不思議と嬉しかった。


---


【第二話終了時点 カルム村ステータス】

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

人口 : 32人

村の活気度 : 変化の予感(星1/5)

テイム魔物 : チコ(薬草・素材採取)

確立した産業 : なし(計画段階)

進捗 : 店舗交渉中/計画書作成中

新たな出会い : ガルド(元行商人)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

次の目標:ガルドを説得し、店舗を確保する


---


【幕間・回想 その二】王都 八年前


 十歳のアルナが廊下を歩いていると、長兄がどこからか現れた。


「アルナ、今日は外に出るな。風が強い」


「でもルクが——」


「ルクはいい。お前が大事だ」


 次兄が反対側から現れた。「アルナ、今日の勉強は終わったか?先生が心配してたぞ」


 三兄が後ろから追いかけてきた。「アルナ! さっき転んでなかったか、膝は大丈夫か!?」


「転んでません」


「でも廊下が濡れていた、危ない、俺が抱えて運ぶ」


「歩けます!!」


 三方向から迫る兄たちに囲まれながら、アルナは笑って——少しだけ、息が詰まった。


 愛されている。それはわかっている。でも最近、その愛が少しだけ、重い。


 ルクに会いに行きたかった。ルクのそばにいると、息ができる気がするから。


---


続く


---


あとがき


最後まで読んでくださり、ありがとうございます。


チコの「ミセ?」、あそこで笑っていただけた方と仲良くなれる気がします。食べ物の話しかしないはずのあの子が、なぜかいつも本質を突いてくる。今後も予想外のところで活躍します。


そしてガルド。ぶっきらぼうで素直じゃなくて、でも夜に間取り図を持ってくる男です。あの行動だけで、この人が何者かわかる気がしませんか。


回想の三兄弟——誰一人悪意がない。それなのにアルナの胸に「息が詰まった」という感覚が生まれた瞬間。ここが物語の核心に繋がっていきます。


ここで折り返してしまうのは、もったいない。


次の話でフィナがガルドに計画書をプレゼンします。あの令嬢がどんな商才を見せるのか——続きはブックマークをしていれば、更新と同時に届きます。


【ブックマーク】「続きが読みたい」と思った今が、一番いいタイミングです。画面上部のボタン、今すぐ押してみてください。あなたの一押しが、フィナの物語を次の読者へ繋げる力になります。


【評価】この作品をまだ知らない誰かに届けるための一票です。面白いと思ってくださったなら、星をひとつお願いします。それだけで、ランキングが動きます。


【感想】「ガルドが好き」「チコが可愛い」「回想が切ない」——どんな一言でも、感想を書いていただけると作者が飛び上がって喜びます。返信は必ずします。

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