第15話「偏屈な鍛冶師と、炎の魔物」
刺客騒ぎから、半月が過ぎた。
カルム村は、すっかり、様変わりしていた。
王太子直轄の保護領。その看板は、想像以上の効果を生んだ。安心して移り住む者が増え、人口は、三十三人から、四十人を超えた。空き家が、埋まっていく。広場には、新しい露店が、並びはじめた。
フィナの店も、手狭になってきた。エミは、薬の調合に、村の若い娘を二人、弟子に取った。ソルの輸送は、もはや、三つの村を、定期便で結んでいる。
「忙しく、なりましたね」ベルが、帳簿の山を見て、ため息をついた。
「いいことだよ」フィナは、ペンを走らせながら、笑った。「人が、戻ってきてくれてる」
「タベモノモ、フエタ」チコが、満足げに、頬袋を、撫でた。
「あなたの食料庫の話じゃないからね」
そんな、ある日のこと。
フィナは、一つの問題に、突き当たっていた。
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「農具が、足りないんですよ」
ルーベの旦那が、困り顔で、相談に来た。
「もるさんのおかげで、畑は、見違えるほど、よくなった。今年は、麦が、たんと採れそうだ。でも——畑が広がった分、鍬も、鎌も、足りない。古いやつは、もう、刃が、ぼろぼろで」
フィナは、頷いた。産業が育てば、それを支える道具が、要る。当然のことだった。
「鍛冶屋さんに、頼めませんか」
「それが……」ルーベの旦那が、頭を掻いた。「うちの村の鍛冶屋は、ベックさん、一人でね。腕は、村一番——いや、近隣でも、一番だ。だが」
「だが?」
「偏屈で、気難しくて。最近じゃ、ほとんど、仕事を、受けてくれないんだ」旦那は、声を、潜めた。「特に、フィナさんの、魔物がらみの話には、いい顔を、しなくてね」
フィナは、少し、考えた。
ベック。刺客の夜、鎚を手に、駆けつけてくれた、あの寡黙な男。店の戸の建て付けを、無言で直し、鍵を、打ってくれた人。悪い人では、ない。むしろ——不器用な、優しさを、持っている。
「私が、話してみます」フィナは、立ち上がった。
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ベックの鍛冶場は、村の外れにあった。
近づくと、かん、かん、と、鎚を打つ音が、響いてくる。炉の熱気が、戸の隙間から、漏れていた。
フィナが、戸を、くぐる。
ベックは、真っ赤に熱した鉄を、一心不乱に、打っていた。汗が、ごつい腕を、伝う。火花が、散る。フィナに気づいても、手を、止めなかった。
「……何の用だ」鎚を打ちながら、ベックが、言った。
「農具を、お願いに来ました」フィナは、率直に言った。「畑が広がって、鍬や鎌が、足りないんです。村のために、打っていただけませんか」
かん。鎚の音が、一つ、止まった。
「断る」
短い、一言だった。
「……理由を、聞いても?」
「鉄が、足りねえ」ベックは、再び、鎚を振り上げた。「いい鉄を、打つにゃ、いい鉱石が、要る。だが、この辺の鉱山は、もう、掘り尽くされた。残ってるのは、山の、奥の奥——危なくて、誰も、近づけねえ場所だけだ」
「奥の、鉱山?」
「魔物の、巣だ」ベックは、吐き捨てるように言った。「火を吹く、魔物どもの。何人もの坑夫が焼かれて死んだ。あそこの鉱石は上物だが——命がけだ。誰も、掘りに行かねえ」
ベックは、鎚を、打ち下ろした。火花が、散る。
「鉄がなけりゃ、いい農具は、打てねえ。だから、断る。——それだけだ」
フィナは、その背中を、見つめた。
火を吹く、魔物。誰も近づけない、鉱山。
——その魔物と、心を、繋げられたら。
フィナの中で、いつもの、あの感覚が、頭をもたげた。
「ベックさん」フィナは、静かに言った。「その鉱山に、私を、連れて行ってくれませんか」
ベックの、鎚が、止まった。
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「……正気か」
ベックが、振り返った。汗と煤に、まみれた顔で、フィナを、睨む。
「火を吹く魔物だぞ。坑夫を、何人も焼き殺した。お前、死ぬ気か」
「死にません」フィナは、まっすぐに、言った。「その魔物と、話してみます」
「話す、だと?」ベックの顔が、歪んだ。「……ああ、そうか。お前の、魔物使いってやつか。だがな、嬢ちゃん。あの山の魔物は、お前が、餌付けしてる、可愛い小動物とは、わけが違う」
「分かっています」
「分かってねえ!」ベックの声が、荒れた。「俺はな——昔、見たんだ。あの魔物に、焼かれて、死んだ坑夫を。俺の、兄貴分だった人を」
炉の火が、ベックの顔を、赤く、照らした。
その目に、宿っていたのは、怒りでは、なかった。古い、深い、傷だった。
「……止めても、行く気か」ベックが、絞り出すように、言った。
「行きます」フィナは、頷いた。「でも、一人じゃ、行きません。ベックさんに、案内を、お願いしたい。あなたは、あの鉱山を、誰より、知っているはずだから」
ベックは、長い間、黙っていた。
炉の火が、ぱちぱちと、爆ぜる音だけが、響いた。
やがて、ベックは、鎚を、置いた。
「……勝手に、しろ」低い声だった。「だが、危なくなったら、すぐ、引く。約束、できるか」
「できます」
「……ちっ」ベックは、舌打ちした。「物好きな、嬢ちゃんだ」
だが、その口元が、ほんの少しだけ、緩んでいたのを、フィナは、見逃さなかった。
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翌朝、一行は、山の奥を、目指した。
フィナ。肩にベル。チコ。そして、案内役のベック。ソルは、上空から、警戒に当たる。
山道は、険しかった。登るほどに、空気が、硫黄の匂いを、帯びてくる。岩肌が、ところどころ、焦げたように、黒い。
「……この先だ」ベックが、足を止めた。「ここから先は、魔物の、縄張りだ」
その時。
ごう、と。
奥から、熱風が、吹きつけてきた。
岩陰から、それは、現れた。
トカゲに似た、巨大な魔物。全身が、燻んだ赤の鱗に覆われている。背には、岩のような突起。そして——大きく開いた口の奥に、ちろちろと揺れる、炎。
ベックの顔が、強張った。「……来た、ぞ」
魔物が、フィナたちを、見据える。喉の奥が、赤く、光った。火を、吹く、前兆。
「ベックさんは、下がって」フィナは、一歩、前に出た。
「おい、嬢ちゃん——っ!」
フィナは、魔物の、目を見た。
テイマーの感覚を、そっと、伸ばす。
——怒り。警戒。それから……痛み?
フィナは、眉を、寄せた。魔物の感情の、奥に、何か、別のものが、あった。怒りだけでは、ない。もっと、切実な、何か。
「……あなた、どこか、痛いの?」
フィナの言葉に、魔物の、動きが、止まった。
喉の奥の、炎が、揺らいだ。
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【第十五話終了時点 カルム村ステータス】
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人口 : 40人超(移住者・増加中)
村の活気度 : 隆盛(星5/5)
テイム魔物 : ベル/チコ/ソル/もる
確立した産業 : 薬草・薬品/農業
新たな課題 : 農具不足→鉄が必要→奥の鉱山(火吹き魔物の巣)
鍵を握る人物 : 鍛冶師ベック(過去に兄貴分を魔物に焼かれた傷)
発見 : 火吹き魔物が「痛み」を抱えている?
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第二章、始動
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【幕間 王都 ヴェイル侯爵の、次の一手】
王城の、薄暗い一室。
ヴェイル侯爵は、報告書を火にくべていた。先日放った刺客が、一人残らず捕らえられ、王太子に引き渡された。という、報告書を。
「使えぬ、駒だった」侯爵は、冷たく、呟いた。炎が、紙を、舐めていく。
刺客は、口を、割らないだろう。侯爵は、そういう、人間しか、雇わない。だが、王太子の捜査は、執拗だ。いずれ、自分に、辿り着くかもしれない。
「焦りは、禁物だ」侯爵は、長い指を、組んだ。「あの娘は、王家が、囲い込んだ。力ずくは、もう、効かぬ」
侯爵の、爬虫類のような目が、細くなった。
「ならば——娘のほうから、私を、頼らせればいい」
侯爵は、傍らの影に、囁いた。
「あの辺境で、村が困るような『事件』を、起こせ。娘が、藁にもすがるような。そして——その藁を差し出す者として、私が、現れる」
影が、音もなく、頷いた。
炎が、最後の報告書を、灰に、変えた。
「人の善意ほど、御しやすいものは、ない」侯爵の、薄い唇が、笑みの形に、歪んだ。
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続く
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あとがき
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。第二章、開幕です!
新章は、鍛冶がテーマ。村が豊かになれば、道具が要る。道具には、鉄が要る。鉄には、鉱石が要る。そして、その鉱山には——火を吹く魔物が、いる。
偏屈な鍛冶師ベックには、過去の傷があります。魔物に、兄貴分を焼かれた。彼が、フィナと、魔物と、どう向き合うのか。第二章の、大事なテーマです。
そして、火吹き魔物が抱える「痛み」。怒りの奥にある、別の何か。フィナの、テイマーの目が、それを、捉えました。
裏では、ヴェイル侯爵が、新たな一手を。力ずくが駄目なら、善意につけ込む。嫌な、賢さです。
【ブックマーク】第二章も、フィナの挑戦は続きます。
【評価】星ひとつで、新しい読者に届きます。
【感想】「ベックが気になる」「火の魔物の正体は?」、一言でも必ず返します。
次回、火を吹く魔物の、本当の姿が、明らかに。




