表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
14/22

第14話「カルム村の、夜は明ける」

 ジオルドが村を発ってから、五日が過ぎた。


 カルム村は、これまでにない、活気に満ちていた。


 王太子直轄の保護領。その知らせは、瞬く間に、近隣に広がった。今まで様子をうかがっていた商人たちが、こぞって取引を申し込んでくる。リント村のボードは「これで、堂々と仕入れられる」と笑った。出ていった若者の一人が、噂を聞いて、村に戻ってきた。


 もるが耕した畑では、新しい麦が、青々と、芽吹きはじめていた。


「……変われば、変わるものですね」店先で、ベルが、しみじみと言った。


「うん」フィナは、帳簿をつけながら、頷いた。「でも、これからが、本番。人が増えれば、やることも、増える」


「フィナ、ハタライテバッカリ」チコが、頬袋を膨らませて、抗議した。


「働くの、好きだから」


「タベル、ホウガ、スキ」


「それは、あなたでしょう」


 穏やかな、昼下がりだった。


 誰も、気づいていなかった。村を囲む森の、その奥に。いくつもの、息を殺した影が、潜んでいることを。


---


 異変は、その夜に、訪れた。


 フィナは、店の奥で、寝ついていた。隣にチコが丸まり、足元にもるが埋まり、窓辺にベルがいる。ソルは、いつものように、湖のほとり。


 真夜中。ベルの、長い耳が、ぴくりと、跳ねた。


「……フィナさん」鋭い声だった。「起きてください。囲まれています」


 フィナは、一瞬で、目を覚ました。


「何人」


「少なくとも、八。手練れです。気配の消し方が、商人の手下とは、まるで違う」ベルの声に、緊張が滲んでいた。「これは、ただの脅しじゃ、ありません。本気で、あなたを、攫いに来ています」


 フィナの背筋が、冷えた。


 ——王家の保護を、無視して。


 つまり、相手は、王家に露見しても構わない、あるいは、露見しない自信がある。表ではなく、裏から。フィナを、闇に、引きずり込むつもりだ。


 その時。


 店の戸が、蹴破られた。


 黒装束の男たちが、雪崩れ込んでくる。手には、抜き身の短剣。月明かりに、刃が、鈍く光った。


「娘だけだ。手荒には、するなと言われている。——だが、抵抗すれば、別だ」


 先頭の男が、低く、言った。


 フィナは、ベルを、肩に乗せ、チコを、抱き寄せた。もるが、土の中に、潜っていく。


「……ベル」


「ええ」ベルの耳の先が、淡く、光りはじめた。魔力の、輝き。「久しぶりに——本気を、出しましょうか」


---


 最初に動いたのは、ベルだった。


 肩の上から跳ぶ。小さな体が宙で回転し、その軌跡から、光の礫がいくつも放たれた。先頭の男の短剣を弾き飛ばす。男たちが、ひるんだ。


「うさぎ、が——っ!?」


「ええ。喋るし、魔法も使います」ベルが、着地しながら、冷ややかに言った。「主に、手を出したこと——後悔、しますよ」


 次の瞬間。


 窓を突き破って、巨大な影が、飛び込んできた。


 ソルだった。


 狭い店内で、翼を広げる。その風圧だけで、男が二人、壁まで吹き飛んだ。黄金の目が、夜の闇に爛々と燃える。


「……主の、眠りを、妨げたな」ソルの声が、店を、震わせた。「万死に、値する」


 ソルが、鋭い嘴で、男たちを、薙ぎ払う。悲鳴。混乱。


 その足元から——ずぼ、と、もるが、顔を出した。店の土間が、一瞬で、底なしのぬかるみに変わる。逃げようとした男たちが、足を取られ、次々と、沈んでいく。腰まで、泥に、はまって、動けない。


「……いごこち、わるい?」もるが、つぶらな目で、首をかしげた。


「悪いに、決まってるだろうがっ!」


 そして、とどめは——チコだった。


 棚の上から、頬袋全開。だが、今夜、撃ち出されたのは、ドングリでは、なかった。


 拳ほどもある、硬い木の実。山で拾い集めた、とっておきの。それが礫のように、男たちの脳天を、的確に撃ち抜いていく。


「いっ、痛——っ、なんだこのリスは、化け物か——っ!」


「フィナニ、チカヅクナ」チコが、ぴしゃりと言った。「ユルサナイ」


---


 戦いは、長くは、続かなかった。


 ベルの魔法。ソルの威圧。もるの泥沼。チコの砲撃。手練れのはずの刺客たちは、魔物たちの、息の合った連携の前に、為す術が、なかった。


 そして——騒ぎを聞きつけた、村人たちが、駆けつけた。


 ベックが、鍛冶の鎚を手に。トールが、銛を構えて。ガルドが、どこからか、古い剣を引っ張り出して。エミが、ランプを掲げて。ゴランまでが、杖をついて、店の前に立った。


 泥沼にはまり、ドングリにまみれ、魔物に囲まれ、その上、村人全員に取り囲まれて。


 刺客たちは、完全に、戦意を、喪失した。


「……ぶ、武器を、捨てろ」ガルドが、剣を突きつけた。手は、少し震えていたが、声は、太かった。「言っとくが、ここは、王太子直轄の保護領だ。お前ら、王家に、弓を引いたんだぞ」


 刺客たちの顔が、青ざめた。


 フィナは、泥沼の中の、男たちを、見下ろした。怒りは、不思議と、なかった。ただ、静かに、問うた。


「誰の、差し金ですか」


「……言える、わけが」


「言わなくても、いいです」フィナは、淡々と、言った。「あなたたちを、ジオルド兄様に、引き渡します。王家の捜査が、入れば——遅かれ早かれ、雇い主は、わかる」


 男の顔から、血の気が、引いた。雇い主の名を、誰が口にせずとも、王家が動けば、いずれ辿り着く。それが、何を意味するか。男たちは、よく、わかっているようだった。


---


 夜が、明けた。


 縛り上げた刺客たちは、ソルが王都へと運んでいった。ジオルドへの書状を添えて。空輸なら、半日で届く。


 朝陽が、湖を、金色に染めていた。


 昨夜の騒ぎが、嘘のように、村は、静かだった。フィナは、店の前に立って、その朝陽を、見ていた。


 肩が、軽く、叩かれた。ガルドだった。


「無事で、何よりだ」


「皆さんのおかげです」フィナは、頭を下げた。「夜中なのに、駆けつけてくれて」


「当たり前だろう」ガルドは、ぶっきらぼうに言って、煙草に火をつけた。「お前は、もう、村の一員だ。——何度も、言わせるな」


 フィナの胸が、温かくなった。


 その時、ぱたぱたと、ミアが、駆けてきた。寝間着のまま。


「ねえちゃん! 無事!? 怪我、してない!?」


「してないよ」フィナは、ミアを、抱きとめた。「心配かけて、ごめんね」


「もう! 心配したんだから!」ミアは、ぷう、と頬を膨らませた。それから、にぱっと、笑った。「でも、よかった。ねえちゃんが、いてくれて」


 フィナは、その笑顔を、見つめた。


 五年前、何もかもを、失って、城を出た。名前も、家族も、ルクも。全部、置いてきた。


 でも、今、ここには——


 肩の、ベル。足元の、チコと、もる。空の、ソル。村の、人たち。そして、ミアの、笑顔。


 失ったものは、戻らない。でも、新しく得たものが、こんなにもある。


「……うん」フィナは、朝陽に向かって、笑った。「私が、いて、よかった」


 初めて、心から、そう、思えた。


 逃げ込んだ先は、宝の山だった。


 いや——宝は、土地でも、産業でも、なかった。


 ここで、出会った、すべてだった。


---


 数日後、王都から、ソルが、戻ってきた。


 脚に、一通の手紙を、結んで。ジオルドからだった。刺客の雇い主の捜査を進めること。そして——便箋の、最後に、一行。


『母上が、お前の作った薬を、毎日、飲んでいる。「娘の薬だ」と言って、譲らない』


 フィナの目が、じわりと、滲んだ。


 遠い王都で。母が、フィナの薬を。娘の作ったものだと、知りながら。


 届いていた。フィナの、選んだ生き方が。あの城にまで。


「……ベル」


「なんですか」


「私、もう少し、頑張ってみる」フィナは、手紙を、胸に抱いた。「この村を、もっと、豊かにする。魔物と、人が、一緒に生きていける場所だって——証明、してみせる」


「ええ」ベルは、肩の上で、目を細めた。「お供しますよ。どこまでも」


 朝の風が、吹いた。


 湖が、きらめいた。村の煙突から、煙が、立ちのぼる。チコが、頬袋を膨らませ、もるが、土を耕し、ソルが、空を舞う。


 カルム村の、新しい一日が、始まる。


 そして、フィナ・ヴァルニール——いや。


 ただの、フィナの、物語は。


 ここから、まだまだ、続いていく。


---


(第一章 完)


---


【第一章完結時点 カルム村ステータス】

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

人口 : 33人(出戻り1名)

村の活気度 : 隆盛(星5/5)

テイム魔物 : ベル/チコ/ソル/もる

確立した産業 : 薬草・薬品販売/農業(成果出始め)

村の地位 : 王太子直轄の保護領

撃退した脅威 : ヴェイル侯爵の刺客団(王家へ引き渡し)

家族との絆 : 母セレーネが娘の薬を飲む・繋がり回復

残る因縁 : ヴェイル侯爵(捜査中・第二章へ)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

フィナの三ヶ月の期限:達成(村は自立へ)


---


【幕間・回想 王都 現在 母の祈り、届く】


 王城の、王妃の私室。


 セレーネは、小さな薬包を、手のひらに載せていた。カルム村の薬。村を発つ前、ジオルドが、フィナの店で買い求め、土産として持ち帰ったもの。


 侍女が、心配そうに、言った。「王妃様。お加減が優れないなら、宮廷医を……」


「いいえ」セレーネは、静かに、微笑んだ。「これが、いいの」


 薬を、水で、飲み下す。ほんのり、薬草の、苦い香り。


 ——あの子が、作ったのね。


 目を、閉じる。瞼の裏に、幼い娘の、笑顔が、浮かんだ。魔物と遊ぶのが、何より好きだった、あの子。籠の中で、笑顔を、失っていった、あの子。


 その娘が、今、遠い辺境で。魔物と共に、人を癒す薬を作っている。自分の足で、自分の道を歩いている。


 セレーネの目尻に、ひとすじ、涙が伝った。


 五年間、一度も、こぼさなかった涙だった。


 ——よく、頑張ったわね。アルナ。


 窓の外、王都の空に、朝陽が、昇っていく。同じ太陽が、きっと、あの子の村も、照らしている。


「……いつか」セレーネは囁いた。「いつか、笑って会いに行くわ。母として。あなたの選んだ場所へ」


 その瞳に、もう、影は、なかった。


 ただ、温かい、光だけが、満ちていた。


---


第一章 完


---


あとがき


最後まで読んでくださり、ありがとうございます。そして——第一章、完結です!


ここまで、長い旅でした。逃げてきた令嬢が、魔物と出会い、産業を興し、村に居場所を見つけ、過去と向き合い、家族と繋がり直す。フィナの、一つの大きな区切りを、見届けていただけて、本当に嬉しいです。


最終話、刺客との総力戦は、魔物たちの集大成。ベルの魔法、ソルの威圧、もるの泥沼、そしてチコの「とっておきの硬い木の実」砲。育て方を間違えた感もありますが、頼もしい仲間たちです。


そして、母セレーネの涙。五年間こぼさなかった涙が、娘の薬で、ようやく溶けました。「いつか、笑って、会いに行く」——この約束は、必ず、果たされます。


ですが、ヴェイル侯爵の因縁は、まだ、終わっていません。第二章で、フィナの戦いは、新たな段階へ進みます。


【ブックマーク】第二章も、フィナの物語は続きます。見届けてください。

【評価】第一章、楽しんでいただけたなら、星をひとつ。

【感想】「ここまで読んだ」「好きなキャラ」、何でも嬉しいです。必ず返します。


第一章を、最後まで読んでくださって、本当に、ありがとうございました。

第二章で、また、お会いしましょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ