第13話「王家の、後ろ盾」
話し合いの場には、ゴランの家が使われた。
古い木の机を挟んで、フィナと長兄が向かい合う。フィナの背後にはガルドが立ち、肩にはベルがいた。長兄の後ろには護衛の騎士が控えている。ミアたちは、外で待たされた。
ランプに火が灯る。沈黙が、しばらく続いた。
先に口を開いたのは、長兄だった。
「アルナ。まず、謝りたい」
フィナは顔を上げた。予想していない言葉だった。
「ルクのことだ」長兄の声が低くなった。「あの日、お前は必死に言った。ルクは悪くないと。だが俺たちは、誰も聞かなかった。お前が傷ついた事実だけで、頭がいっぱいで」
「……」
「処分を決めたのは父上だ。だが、止めなかったのは俺たちだ」長兄が顔を上げた。その目が潤んでいた。「お前のいちばん大切なものを、お前の声を無視して奪った。それがどれだけ残酷なことか、五年かけて、ようやくわかった」
フィナは、しばらく何も言えなかった。
言ってほしかった言葉だった。五年前、誰かに一度でいいから言ってほしかった。それが今、目の前にある。なのに胸は晴れなかった。むしろ、もっとぐちゃぐちゃになった。
「……ずるいです」ぽつりとこぼれた。「私の五年は、戻ってこない。ルクも、戻ってこない」
長兄は、何も言わなかった。ただ、その言葉をまっすぐに受け止めていた。五年前とは違った。遮らなかった。言い訳もしなかった。
ただ、聞いていた。それが、フィナにはいちばんこたえた。
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「一つ、聞いていいか」長兄が口を開いた。「お前は、ここで何をしていた」
「商売です」フィナは涙を拭った。「魔物と一緒に薬草を採って、薬を作って、売っています。戦うためじゃなく、誰かの役に立つために」
長兄の目が見開かれた。
「お前が、ずっと言っていたことだ」掠れた声だった。「子どもの頃から。魔物には、戦う以外の使い道があると。誰も本気にしなかった」
「ここでは、本気にしてくれました」フィナは窓の外を見た。村人たちが心配そうにこちらをうかがっている。「私が何者かも知らないのに。五年前、城で誰もしてくれなかったことを」
長兄は、その視線を追った。窓の外の村人たちを見た。
「……お前は、ここで幸せなのか」
フィナは、迷わず頷いた。「はい。ここが、私の場所です」
長兄は、長い間、黙っていた。そして、ふっと息を吐いた。肩から何かが抜けたように。
「そうか」
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「だが、アルナ。事は、お前の気持ちだけでは済まなくなっている」長兄の声が、王子のものに変わった。「お前の薬の噂は、王都中に広がっている。魔物を操る規格外のテイマー。その情報に目をつけたのは、家族だけじゃない」
フィナの背筋が冷えた。
「貴族たちが動き出している。お前の力を、戦に使おうと考える者もいる。五年前、父上がルクにしようとしたように」
部屋の空気が、張りつめた。
「俺が先に見つけられたのは、幸運だった。だが、俺の次が来る。お前を保護するためじゃない。利用するために」
長兄は、一度、目を伏せた。
「この五年、俺は王太子の地位を弟に預け、身分を隠して、お前を探し続けた。だが、お前の薬の噂を聞いた時、俺は城に戻った。地位も、権限も、すべて取り戻した。——お前を、今度こそ、守れる立場で、来るために」
フィナの指先が、震えた。いちばん恐れていた未来が、すぐそこまで来ていた。
その時。長兄が、すっと立ち上がった。そして、護衛の騎士に、短く命じた。
「印璽を」
騎士が、恭しく、紫の布に包まれた箱を差し出す。長兄は、その中から、金色に輝く印章を取り出した。翼を広げた白狼の紋。王家の、正式な印璽だった。
「ガルド、と言ったな」長兄は、フィナの後ろの男を見た。「この村の、実質的な顔役だろう。証人になってもらう」
「……何の、つもりだ」ガルドが、警戒した。
長兄は、フィナを、まっすぐに見た。
「アルナ。いや——フィナ」初めて、その名を、呼んだ。「俺は、お前を、連れ戻さない。だが、ただ手をこまねいて、お前が利用されるのを、見ているつもりもない」
長兄は、印璽を、机に、どん、と置いた。
「今日この時より、カルム村を王太子直轄の保護領とする」
フィナの、息が、止まった。
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「……は?」ガルドが、間の抜けた声を出した。
「王太子の名において宣言する」長兄の声が、家の中に朗々と響いた。「カルム村、ならびに、村の商会は、王家の庇護下に入る。この村に害をなす者は、王家に弓を引く者とみなす。商人だろうと、貴族だろうと——例外はない」
フィナは、呆然と、兄を見た。
「兄様、それは……っ、そんな、簡単に……」
「簡単では、ない」長兄は、苦笑した。「帰ったら、父上に、こってり絞られる。貴族連中も、黙っていまい。だが——」
長兄の目に、強い光が、宿った。
「五年前、俺はお前のために声を上げられなかった。何もできなかった。指をくわえて、お前の大切なものが奪われるのを見ていた」長兄は、フィナの目を、まっすぐ見た。「もう、二度と、あんな思いは、しない。これは、兄としての——いや、王太子としての、けじめだ」
フィナの目から、涙が、あふれた。
今度は、苦しい涙では、なかった。
五年前、届かなかった声。誰も、守ってくれなかった、あの日。その兄が、今、王家の全権を、フィナのために、振るおうとしている。
「ありがとう、ございます……っ、兄様」
「礼は、いい」長兄は、ぶっきらぼうに、顔を背けた。その耳が、赤かった。「これくらい、して、当然だ。五年分の、利息だと、思え」
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翌朝。
長兄が、村を発つ前に、ひとつの「事件」が、起きた。
昨日逃げ帰ったはずの、あの太った商人が——よりにもよって、性懲りもなく、村に、舞い戻ってきたのだ。今度は、地元の小役人を、買収して、連れて。
「魔物使いの娘ぇ! 逃がさんぞ! このお役人様が、改めて、お前の店を——」
商人の声が、途中で、止まった。
広場の中央に、王家の紋章をあしらった、馬車。そして、その傍らに立つ、白い軍服の、青年。
商人の顔から、血の気が、引いていく。買収された小役人に至っては、その軍服の意味を、一瞬で理解し、がたがたと、震え始めた。
「だ、第一……王子、殿下……っ!?」
長兄が、ゆっくりと、振り返った。氷のように、冷たい目で。
「ほう。お前か。俺の妹に、村ごと潰すと、脅した商人というのは」
「い、いえ、これは、その、誤解で——」
「カルム村は、本日より、王太子直轄の保護領だ」長兄の声は、静かだった。だが、その静けさが、何より、恐ろしかった。「つまり、お前が、脅した相手は——王家、そのもの、ということになる」
商人の腰が、抜けた。
その無様な姿に、村人たちがどっと沸いた。
そして、ここぞとばかりに——魔物たちが、動いた。
屋根の上から、チコのドングリ集中砲火。空から舞い降りた、ソルの容赦ない突風。商人の帽子が、再び湖へと飛んでいった。広場の真ん中で、もるが地面をぬかるみに変える。商人と小役人が、泥まみれで無様に転げ回った。
「ふ、不要だ」ソルが、上空から、冷たく、言い放った。
「ベル、また、あなたが、指示を?」フィナが、肩のうさぎを見た。
「いいえ、今回は、完全に、あの子たちの、自主性です」ベルが、しれっと、答えた。「日頃の、教育の、賜物ですね」
「育て方、間違えたかも……」
長兄が、その光景を見て、こらえきれずに、噴き出した。
「……はは。なんだ、これは。賑やかすぎるだろう」
久しぶりに見る、兄の、心からの笑顔だった。
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商人と小役人が、泥まみれで逃げ帰ったあと。
長兄は、馬車に乗り込む前に、フィナの肩に、そっと、手を置いた。
「父上と母上には、お前が、無事だと、伝える。それだけは、許せ」長兄は、言った。「母上は……たぶん、もう、知っているだろうがな」
フィナは、小さく、笑った。母の、革袋を、思い出した。
「次は、もっと、ゆっくり、来る。今度は、王子としてじゃなく——兄として」長兄は、馬車に乗り込んだ。「達者でな、フィナ。それと——いい村だ。本当に」
馬車が走り出す。村人たちが手を振る。ミアが、いちばん大きく手を振っていた。
フィナは、その馬車が、山道の向こうに消えるまで、見送った。
胸の中に、長く凍りついていた、家族への、わだかまり。それが、完全に溶けたわけでは、なかった。五年は、重い。でも——確かに、一つ、温かいものが、戻ってきた。
「……よかったですね」ベルが、肩で、ぽつりと言った。
「うん」
フィナは、空を見上げた。よく晴れた、青い空。
これで、商会も、貴族も、もう、手出しはできない。王家の後ろ盾。最強の、切り札。
平和な日々が、戻ってくる。そう、思った。
——だが。
フィナは、知らなかった。
王家の保護が及ぶのは、表立った敵だけだということを。
そして、王都の暗がりで、爬虫類のような目をした、一人の貴族が、その報告を聞いて、薄く、笑ったことを。
「王太子直轄の、保護領、か」男は、地図の上の、カルム村の印を、指で、撫でた。「ますます、欲しくなった。——表が、無理なら」
男の、長い指が、印の上で、止まった。
「裏から、いただくまでだ」
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【第十三話終了時点 カルム村ステータス】
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人口 : 32人
村の活気度 : 最高(星5/5)
テイム魔物 : ベル/チコ/ソル/もる
フィナと長兄 : 和解・最強の味方に
村の新ステータス:王太子直轄の保護領(公式)
得た後ろ盾 : 王家(表立った敵は手出し不可)
残る脅威 : 冷酷貴族が「裏から」フィナを狙う
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フィナの三ヶ月の期限まで:残り約5週(※実質クリア済み)
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【幕間・回想 王都 現在 ある貴族の野心】
王城の、薄暗い一室。
痩せた貴族が、報告書を読んでいた。指が長く、目が爬虫類のように冷たい。
報告書の見出しには、こうあった。「辺境テイマー、王太子直轄保護領に」。
「第一王子め。先を越されたか」男は薄く笑った。だが、その笑みに焦りはなかった。「だが、好都合とも、言える。王家が、本気で囲い込むほどの、力ということだ」
男は、立ち上がり、壁の地図に、歩み寄った。
「正面から、王家と、事を構える気は、ない。私は、賢いのでね」男の指が、カルム村を、なぞる。「だが、娘一人を、こっそり、攫うくらいなら。——王家が、気づく頃には、もう、私の手の内だ」
男は、傍らの、影に、声をかけた。
「例の、者たちを、集めろ。腕の立つ、口の堅い、連中を」
影が、音もなく、消えた。
窓の外、王都の夜空に、月が冷たく浮かんでいた。
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続く
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あとがき
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
今回、ついに王家がフィナのバックに付きました。五年前、声を上げられなかった長兄が、今度は王家の全権を、妹のために振るう。「五年分の利息だと思え」——この一言が、書きたかったんです。
そして、性懲りもなく戻ってきた商人が、今度こそ完全に詰む爽快感。魔物たちのドングリ砲も、もはや様式美ですね。
ですが、最強の後ろ盾を得てもなお、消えない影。爬虫類の目をした貴族は、正面からではなく「裏から」動き始めます。表の脅威が消えたからこその、新たな恐怖です。
【ブックマーク】次回、平和な日々の裏で、影が忍び寄ります。
【評価】星ひとつで、新しい読者に届きます。
【感想】「兄の宣言に鳥肌」「令嬢チート最高」、一言でも必ず返します。
次回、第一章、ついに完結。穏やかな村に、最後の影が——。




