第11話「小さな村の、大きな反撃」
夜明け前の店に、村中の灯りが、集まっていた。
カウンターの上に、大きな地図が、広げられている。カルム村を中心に、湖、山、街道、そして、点在する村々。その地図を囲むように、村人たちの顔が、ランプの灯りに、下から照らされていた。
エミ。ベック。トール。ルーベ夫妻。ゴラン村長。ガルドは、地図の端に、片手をついて立っている。ミアは、眠い目をこすりながら、それでも、テーブルの端に、しがみついていた。
窓の外は、まだ、藍色の闇。湖の上にだけ、夜明けの最初の光が、細く、滲みはじめている。
その中心に、フィナが、立った。
「商会の武器は、ひとつです」
フィナの指が、地図の上の、街道を、すっと、なぞった。
「道。彼らは、街道の流通を、握っている。だから『村を干上がらせる』と、脅せる。塩も、薬も、作物の売り先も、全部、道の上を、通るから」
村人たちが、ごくり、と、唾を呑んだ。
フィナは、顔を上げた。ランプの灯りが、その瞳の中で、揺れた。
「でも——うちには、道を使わない輸送手段が、あります」
フィナの指が、地図から、離れて、ゆっくりと、天井を、指した。
全員の視線が、つられて、上を向く。
「……空、か」ガルドが、低く、唸った。
「ソルなら、山を越えて、どの村へでも、直接、飛べます。商会が街道を封じても、うちの薬は、空から、届く。塩や生活品も、リント村のボード村長に話を通せば、向こうの市場から、ソルが運べる」フィナは、一拍、置いた。「つまり、商会の脅しは——この村には、効かない」
しん、とした沈黙のあと。
「……はっ」トールが、しわがれた声で、笑い出した。「そりゃあいい。連中、空までは、塞げんわなあ」
「飛び道具にも、ほどがあるだろ」ベックが、ぼそりと言ったが、その口元は、緩んでいた。
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「ですが、それだけだと、守りです」
フィナは、カウンターの下から、一枚の紙を、取り出した。羊皮紙。びっしりと、文字が、書き込まれている。
「攻めも、します。——商業ギルドの規約、第十二条。『加盟商人は、取引の強要、および、流通の停止を盾にした脅迫を、行ってはならない』。違反者は、ギルドからの、除名」
フィナの声が、店に、静かに、響いた。
「あの男は、村の入口で、堂々と、脅し文句を並べていった。『娘を差し出さねば、村ごと潰す』と。——それを聞いた村人は、何人いますか」
手が、上がった。一本、二本、三本——五本。
「証言を、文書にします。全員の署名つきで」フィナは、ペンを、テーブルに、置いた。「そして、それを届ける先が、もう一つ」
「届ける先?」エミが、首をかしげた。
「査察官の、レマンさんです」
ガルドの眉が、跳ね上がった。「……あの、ドングリまみれで帰った男か」
「ええ」フィナの口元に、ほんの少しだけ、いたずらっぽい笑みが、浮かんだ。「あの方、最後に、何と言って帰ったか、覚えてますか。『二度と私を巻き込むな』——あの商人に、本気で、怒っていた。面目を潰されて。つまり、今、この地域で、あの商人を一番、罰したい役人は——」
「……レマン本人、ってわけか」ガルドが、煙草を取り出しかけて、やめた。代わりに、にやり、と笑った。「えげつねえな、お前」
「商売ですから」
ミアが、テーブルの端で、目をぱちぱちさせた。
「えっと、つまり……どういうこと?」
「悪いおじさんが、もっと偉い人に、めっ、ってされるの」フィナが、かがんで、目線を合わせた。
「めっ、ってされるんだ!」ミアの顔が、ぱあっと、輝いた。
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それからの三日間を、村は、駆け抜けた。
一日目。エミとトール、ルーベ夫妻が、証言書に、署名した。ゴラン村長が、村の印を、押した。朝陽の差し込む店で、五枚の羊皮紙が、きちんと、重ねられていく。
二日目。ソルが、その文書をくくりつけ、夜明けの空へ、飛び立った。漆黒の翼が、朝焼けの茜色を、切り裂いていく——湖面に、その影が、矢のように、走った。届け先は、ギルドの地域支部。そして、レマンの執務室。
ベルが、ソルの脚に、小さなメモを、追加で結んだ。
「念のため、私からも、一筆」
「何を書いたの」
「『例のドングリの主からのご報告です』と」
「……それ、逆効果じゃない?」
「いいえ。トラウマは、最高の開封率を、誇りますので」
三日目の朝が、来た。
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約束の日。
商人は、昼過ぎに、現れた。
馬車を、広場の真ん中に、乗りつける。屈強な男を、今度は、四人も連れて。馬車から降りた商人は、勝ち誇った顔で、広場を、見回した。
——誰も、いない。
広場は、静まり返っていた。店も、家々も、戸を閉ざしている。風が、土埃を、さらった。
「ふん。怖気づいて、隠れたか」商人は、店に向かって、声を張り上げた。「おい、魔物使いの娘! 返事は、決まったか! 出てこい!」
その声が、広場に、響き終わるのと、同時だった。
ぎ、ぎ、ぎ——と。
広場を囲む、すべての家の戸が、いっせいに、開いた。
ひとり、また、ひとり。村人たちが、戸口から、出てくる。エミが。ベックが、鎚を肩に担いで。トールが、銛を杖代わりに。ルーベ夫妻が、並んで。ゴランが、杖をついて。三十人の村人が、無言のまま、広場をぐるりと、取り囲んだ。
昼の光の下、商人と手下の四人だけが、円の真ん中に、取り残された。
「な……っ、なんだ、お前ら」
その時、頭上に、影が差した。
商人が、見上げる。
太陽を背に、漆黒の巨鳥が、翼をいっぱいに広げて、ゆっくりと、舞い降りてくる。逆光の中、その輪郭だけが、燃えるように、縁取られていた。
ソルは、商人の馬車の、すぐ脇に、着地した。地響き。馬が、怯えて、いなないた。
そして、その背から——ひとりの娘が、降り立った。
フィナだった。
風に、髪が、なびく。その手には、一通の、封書。
「お待たせしました」フィナは、静かに言った。「お返事を、持ってきました。——あなたの、ギルド支部から」
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「……は?」
商人の顔から、表情が、抜け落ちた。
フィナは、封書を、開いて、読み上げた。よく通る、涼やかな声で。
「『商業ギルド地域支部より、通達。加盟商人による取引強要、および脅迫行為の証言文書を受理した。規約第十二条違反の疑いにより、当該商人の資格を、即時停止。一週間以内に、支部へ出頭せよ。——担当査察官、レマン』」
商人の手から、馬の鞭が、ぽとり、と落ちた。
「ば、馬鹿な……っ、レマンの奴、私を売ったのか……!」
「売られるようなことを、なさったので」フィナは、封書を、丁寧に、畳んだ。「村の入口での脅迫、五名が、証言しています。村長の印つきで。——ああ、それから」
フィナは、にこり、と笑った。完璧な、令嬢の微笑みだった。
「流通を止める、というお話でしたが。ご心配なく。うちの輸送は、空を、飛びますので。——あなたの道は、もう、必要ないんです」
商人の顔が、赤から、白へ、そして、土気色へと、変わっていった。
手下たちは、とっくに、じりじりと、馬車の陰に、後ずさっていた。村人の輪と、ソルの黄金の目と、いつの間にか屋根に陣取って頬袋を膨らませているチコと、足元の地面からつぶらな目を出しているもるに、囲まれて。
「お、覚えて……」
「それ、前も聞きました」ベルが、フィナの肩で、ばっさりと、切り捨てた。
商人は、転がるように、馬車に乗り込み、来た時の倍の速さで、街道を、逃げ去っていった。
一拍の、静寂。
それから——広場が、歓声で、爆発した。
ミアが、フィナに、飛びついた。エミが、泣き笑いで、跳ねた。トールとベックが、がしがしと、互いの背を、叩き合った。ガルドだけが、輪の外で、煙草に火をつけ——その煙の向こうで、誰にも見えないように、笑っていた。
「やったね、ねえちゃん! めっ、てされた!」
「うん。めっ、てされたね」
フィナは、ミアを抱き上げて、笑った。昼の光が、広場いっぱいに、降りそそいでいた。
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その日の、夕暮れだった。
祝いの席の準備で、村が、賑わっている、その最中。
見張り台代わりの丘に登っていたミアが、ふと、山道の方角に、目を留めた。
「……あれ?」
夕陽に染まる、つづら折りの山道。その遥か下に、ぽつんと、黒い点が、見えた。
馬車だ。それも——村に来るような、荷馬車では、ない。艶のある黒塗りの車体。四頭立て。明らかに、高貴な身分の者が乗る、馬車だった。
ミアは、目を凝らした。
馬車の扉に、金色の、紋章が、夕陽を受けて、きらりと、光った。
翼を広げた、白い狼の紋。
「……きれいな、もんしょう」
ミアは、まだ、知らない。
その紋章を見たら、フィナの顔から、血の気が引くことを。
それが——王家の、紋章であることを。
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【第十一話終了時点 カルム村ステータス】
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人口 : 32人
村の活気度 : 最高潮(星4/5)
テイム魔物 : ベル/チコ/ソル/もる
確立した産業 : 薬草・薬品販売(商会の妨害を完全撃破)
勝因 : 空輸+ギルド規約+証言文書+レマンの私怨
村の結束 : 全員参加の反撃に成功
迫る影 : 白狼の紋章の馬車が、山道を、村へ
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フィナの三ヶ月の期限まで:残り約5週
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【幕間・回想 その十一】旅の終わり、はじまりの村
ベルと出会ってから、旅は、少しだけ、変わった。
相変わらず、路銀は乏しく、寝床は固かった。だが、隣で、誰かが、息をしている。それだけで、夜が、怖くなくなった。
「で、あてはあるんですか」ある日、ベルが、聞いた。
「ない」
「……威張って言うことですか」
地図にも載らないような、遠くへ。誰も、アルナを知らない場所へ。それだけを頼りに、二人は、歩き続けた。
そして、ある夕暮れ。
山道を、登り切った、その先で——アルナは、足を、止めた。
眼下に、盆地が、広がっていた。鏡のような湖。ほとりに寄り添う、十数軒の家。煙突の煙が、茜色の空に、ゆるゆると、溶けていく。
アルナは、しばらく、その景色を、見下ろしていた。
なぜだか、分からない。ただ、胸の奥で、小さな声が、した。
——ここだ。
「……ベル」
「なんですか」
「あの村に、しよう」
ベルは、アルナの横顔を、じっと見て、それから、ため息まじりに、言った。
「いいでしょう。——ですが、名前は、どうするんです。アルナのままじゃ、まずいですよ」
アルナは、夕陽の村を、見つめたまま、少し、考えた。
そして、口にした。小さく、慎ましく、誰かの隣で生きていくための、新しい名前を。
「……フィナ。フィナに、する」
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続く
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あとがき
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
村ぐるみの、大反撃でした。商会の武器は「道」、ならば空を飛べばいい。脅迫はギルド規約違反、そして届け先は、商人を一番恨んでいる査察官レマン。ドングリのトラウマは、最高の開封率を誇ります。
広場の包囲、太陽を背にしたソルの降下、その背から降り立つフィナ——絵になる場面を、たくさん詰め込みました。
そして回想は、ついに、カルム村との出会い。「フィナ」という名前が生まれた瞬間で、回想の旅は、第一話へと、繋がりました。
ですが、最後の山道。白い狼の紋章——。
【ブックマーク】次回、ついに王家の影が、村の入口へ。見逃せません。
【評価】星ひとつで、新しい読者に届きます。
【感想】「ソルの降下シーンが見たい」「紋章で鳥肌」、一言でも必ず返します。
次回、第一章、最終局面へ。あの馬車に、乗っているのは——。




