表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
11/22

第11話「小さな村の、大きな反撃」

 夜明け前の店に、村中の灯りが、集まっていた。


 カウンターの上に、大きな地図が、広げられている。カルム村を中心に、湖、山、街道、そして、点在する村々。その地図を囲むように、村人たちの顔が、ランプの灯りに、下から照らされていた。


 エミ。ベック。トール。ルーベ夫妻。ゴラン村長。ガルドは、地図の端に、片手をついて立っている。ミアは、眠い目をこすりながら、それでも、テーブルの端に、しがみついていた。


 窓の外は、まだ、藍色の闇。湖の上にだけ、夜明けの最初の光が、細く、滲みはじめている。


 その中心に、フィナが、立った。


「商会の武器は、ひとつです」


 フィナの指が、地図の上の、街道を、すっと、なぞった。


「道。彼らは、街道の流通を、握っている。だから『村を干上がらせる』と、脅せる。塩も、薬も、作物の売り先も、全部、道の上を、通るから」


 村人たちが、ごくり、と、唾を呑んだ。


 フィナは、顔を上げた。ランプの灯りが、その瞳の中で、揺れた。


「でも——うちには、道を使わない輸送手段が、あります」


 フィナの指が、地図から、離れて、ゆっくりと、天井を、指した。


 全員の視線が、つられて、上を向く。


「……空、か」ガルドが、低く、唸った。


「ソルなら、山を越えて、どの村へでも、直接、飛べます。商会が街道を封じても、うちの薬は、空から、届く。塩や生活品も、リント村のボード村長に話を通せば、向こうの市場から、ソルが運べる」フィナは、一拍、置いた。「つまり、商会の脅しは——この村には、効かない」


 しん、とした沈黙のあと。


「……はっ」トールが、しわがれた声で、笑い出した。「そりゃあいい。連中、空までは、塞げんわなあ」


「飛び道具にも、ほどがあるだろ」ベックが、ぼそりと言ったが、その口元は、緩んでいた。


-----


「ですが、それだけだと、守りです」


 フィナは、カウンターの下から、一枚の紙を、取り出した。羊皮紙。びっしりと、文字が、書き込まれている。


「攻めも、します。——商業ギルドの規約、第十二条。『加盟商人は、取引の強要、および、流通の停止を盾にした脅迫を、行ってはならない』。違反者は、ギルドからの、除名」


 フィナの声が、店に、静かに、響いた。


「あの男は、村の入口で、堂々と、脅し文句を並べていった。『娘を差し出さねば、村ごと潰す』と。——それを聞いた村人は、何人いますか」


 手が、上がった。一本、二本、三本——五本。


「証言を、文書にします。全員の署名つきで」フィナは、ペンを、テーブルに、置いた。「そして、それを届ける先が、もう一つ」


「届ける先?」エミが、首をかしげた。


「査察官の、レマンさんです」


 ガルドの眉が、跳ね上がった。「……あの、ドングリまみれで帰った男か」


「ええ」フィナの口元に、ほんの少しだけ、いたずらっぽい笑みが、浮かんだ。「あの方、最後に、何と言って帰ったか、覚えてますか。『二度と私を巻き込むな』——あの商人に、本気で、怒っていた。面目を潰されて。つまり、今、この地域で、あの商人を一番、罰したい役人は——」


「……レマン本人、ってわけか」ガルドが、煙草を取り出しかけて、やめた。代わりに、にやり、と笑った。「えげつねえな、お前」


「商売ですから」


 ミアが、テーブルの端で、目をぱちぱちさせた。


「えっと、つまり……どういうこと?」


「悪いおじさんが、もっと偉い人に、めっ、ってされるの」フィナが、かがんで、目線を合わせた。


「めっ、ってされるんだ!」ミアの顔が、ぱあっと、輝いた。


-----


 それからの三日間を、村は、駆け抜けた。


 一日目。エミとトール、ルーベ夫妻が、証言書に、署名した。ゴラン村長が、村の印を、押した。朝陽の差し込む店で、五枚の羊皮紙が、きちんと、重ねられていく。


 二日目。ソルが、その文書をくくりつけ、夜明けの空へ、飛び立った。漆黒の翼が、朝焼けの茜色を、切り裂いていく——湖面に、その影が、矢のように、走った。届け先は、ギルドの地域支部。そして、レマンの執務室。


 ベルが、ソルの脚に、小さなメモを、追加で結んだ。


「念のため、私からも、一筆」


「何を書いたの」


「『例のドングリの主からのご報告です』と」


「……それ、逆効果じゃない?」


「いいえ。トラウマは、最高の開封率を、誇りますので」


 三日目の朝が、来た。


-----


 約束の日。


 商人は、昼過ぎに、現れた。


 馬車を、広場の真ん中に、乗りつける。屈強な男を、今度は、四人も連れて。馬車から降りた商人は、勝ち誇った顔で、広場を、見回した。


 ——誰も、いない。


 広場は、静まり返っていた。店も、家々も、戸を閉ざしている。風が、土埃を、さらった。


「ふん。怖気づいて、隠れたか」商人は、店に向かって、声を張り上げた。「おい、魔物使いの娘! 返事は、決まったか! 出てこい!」


 その声が、広場に、響き終わるのと、同時だった。


 ぎ、ぎ、ぎ——と。


 広場を囲む、すべての家の戸が、いっせいに、開いた。


 ひとり、また、ひとり。村人たちが、戸口から、出てくる。エミが。ベックが、鎚を肩に担いで。トールが、銛を杖代わりに。ルーベ夫妻が、並んで。ゴランが、杖をついて。三十人の村人が、無言のまま、広場をぐるりと、取り囲んだ。


 昼の光の下、商人と手下の四人だけが、円の真ん中に、取り残された。


「な……っ、なんだ、お前ら」


 その時、頭上に、影が差した。


 商人が、見上げる。


 太陽を背に、漆黒の巨鳥が、翼をいっぱいに広げて、ゆっくりと、舞い降りてくる。逆光の中、その輪郭だけが、燃えるように、縁取られていた。


 ソルは、商人の馬車の、すぐ脇に、着地した。地響き。馬が、怯えて、いなないた。


 そして、その背から——ひとりの娘が、降り立った。


 フィナだった。


 風に、髪が、なびく。その手には、一通の、封書。


「お待たせしました」フィナは、静かに言った。「お返事を、持ってきました。——あなたの、ギルド支部から」


-----


「……は?」


 商人の顔から、表情が、抜け落ちた。


 フィナは、封書を、開いて、読み上げた。よく通る、涼やかな声で。


「『商業ギルド地域支部より、通達。加盟商人による取引強要、および脅迫行為の証言文書を受理した。規約第十二条違反の疑いにより、当該商人の資格を、即時停止。一週間以内に、支部へ出頭せよ。——担当査察官、レマン』」


 商人の手から、馬の鞭が、ぽとり、と落ちた。


「ば、馬鹿な……っ、レマンの奴、私を売ったのか……!」


「売られるようなことを、なさったので」フィナは、封書を、丁寧に、畳んだ。「村の入口での脅迫、五名が、証言しています。村長の印つきで。——ああ、それから」


 フィナは、にこり、と笑った。完璧な、令嬢の微笑みだった。


「流通を止める、というお話でしたが。ご心配なく。うちの輸送は、空を、飛びますので。——あなたの道は、もう、必要ないんです」


 商人の顔が、赤から、白へ、そして、土気色へと、変わっていった。


 手下たちは、とっくに、じりじりと、馬車の陰に、後ずさっていた。村人の輪と、ソルの黄金の目と、いつの間にか屋根に陣取って頬袋を膨らませているチコと、足元の地面からつぶらな目を出しているもるに、囲まれて。


「お、覚えて……」


「それ、前も聞きました」ベルが、フィナの肩で、ばっさりと、切り捨てた。


 商人は、転がるように、馬車に乗り込み、来た時の倍の速さで、街道を、逃げ去っていった。


 一拍の、静寂。


 それから——広場が、歓声で、爆発した。


 ミアが、フィナに、飛びついた。エミが、泣き笑いで、跳ねた。トールとベックが、がしがしと、互いの背を、叩き合った。ガルドだけが、輪の外で、煙草に火をつけ——その煙の向こうで、誰にも見えないように、笑っていた。


「やったね、ねえちゃん! めっ、てされた!」


「うん。めっ、てされたね」


 フィナは、ミアを抱き上げて、笑った。昼の光が、広場いっぱいに、降りそそいでいた。


-----


 その日の、夕暮れだった。


 祝いの席の準備で、村が、賑わっている、その最中。


 見張り台代わりの丘に登っていたミアが、ふと、山道の方角に、目を留めた。


「……あれ?」


 夕陽に染まる、つづら折りの山道。その遥か下に、ぽつんと、黒い点が、見えた。


 馬車だ。それも——村に来るような、荷馬車では、ない。艶のある黒塗りの車体。四頭立て。明らかに、高貴な身分の者が乗る、馬車だった。


 ミアは、目を凝らした。


 馬車の扉に、金色の、紋章が、夕陽を受けて、きらりと、光った。


 翼を広げた、白い狼の紋。


「……きれいな、もんしょう」


 ミアは、まだ、知らない。


 その紋章を見たら、フィナの顔から、血の気が引くことを。


 それが——王家の、紋章であることを。


-----


【第十一話終了時点 カルム村ステータス】

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

人口 : 32人

村の活気度 : 最高潮(星4/5)

テイム魔物 : ベル/チコ/ソル/もる

確立した産業 : 薬草・薬品販売(商会の妨害を完全撃破)

勝因 : 空輸+ギルド規約+証言文書+レマンの私怨

村の結束 : 全員参加の反撃に成功

迫る影 : 白狼の紋章の馬車が、山道を、村へ

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

フィナの三ヶ月の期限まで:残り約5週


-----


【幕間・回想 その十一】旅の終わり、はじまりの村


 ベルと出会ってから、旅は、少しだけ、変わった。


 相変わらず、路銀は乏しく、寝床は固かった。だが、隣で、誰かが、息をしている。それだけで、夜が、怖くなくなった。


「で、あてはあるんですか」ある日、ベルが、聞いた。


「ない」


「……威張って言うことですか」


 地図にも載らないような、遠くへ。誰も、アルナを知らない場所へ。それだけを頼りに、二人は、歩き続けた。


 そして、ある夕暮れ。


 山道を、登り切った、その先で——アルナは、足を、止めた。


 眼下に、盆地が、広がっていた。鏡のような湖。ほとりに寄り添う、十数軒の家。煙突の煙が、茜色の空に、ゆるゆると、溶けていく。


 アルナは、しばらく、その景色を、見下ろしていた。


 なぜだか、分からない。ただ、胸の奥で、小さな声が、した。


 ——ここだ。


「……ベル」


「なんですか」


「あの村に、しよう」


 ベルは、アルナの横顔を、じっと見て、それから、ため息まじりに、言った。


「いいでしょう。——ですが、名前は、どうするんです。アルナのままじゃ、まずいですよ」


 アルナは、夕陽の村を、見つめたまま、少し、考えた。


 そして、口にした。小さく、慎ましく、誰かの隣で生きていくための、新しい名前を。


「……フィナ。フィナに、する」


-----


続く


-----


あとがき


最後まで読んでくださり、ありがとうございます。


村ぐるみの、大反撃でした。商会の武器は「道」、ならば空を飛べばいい。脅迫はギルド規約違反、そして届け先は、商人を一番恨んでいる査察官レマン。ドングリのトラウマは、最高の開封率を誇ります。


広場の包囲、太陽を背にしたソルの降下、その背から降り立つフィナ——絵になる場面を、たくさん詰め込みました。


そして回想は、ついに、カルム村との出会い。「フィナ」という名前が生まれた瞬間で、回想の旅は、第一話へと、繋がりました。


ですが、最後の山道。白い狼の紋章——。


【ブックマーク】次回、ついに王家の影が、村の入口へ。見逃せません。

【評価】星ひとつで、新しい読者に届きます。

【感想】「ソルの降下シーンが見たい」「紋章で鳥肌」、一言でも必ず返します。


次回、第一章、最終局面へ。あの馬車に、乗っているのは——。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ