串焼きとカツレツ定食(〇独のグルメ風)
嵐のような死闘から数日。地下での重苦しい陰謀や血生臭い決戦は、一旦棚上げである。
撃滅隊の本来の仕事は帝都の治安維持であり、すなわち帝都の巡回だ。
初夏の爽やかな風が吹き抜ける王都の午前十時。
詰襟制服を着たヒラ隊員たちの面々は並んで歩いていた。油断なく目を配らながら歩くその足取りは、一人一人が一騎当千の強者と証明していた。
そしてその中央にいるのは、黒ビロウドの将校服を着崩した隊長リュカ、いつもどおり大剣を背負って、紅い将校服のエレオノーラである。
「いやぁ、最高の巡回日和ですね、隊長!」
前頭を歩くヒラ隊員のトニが、のんきに声を張り上げる。
「いつもこれくらい平和なら、俺たちの胃に穴が開かなくて済むんですけど」
「全くだよ」
リュカは、あの大貴族を一晩で壊滅させたとは思えないほど、気の抜けた顔で欠伸を噛み殺していた。
「いつもいつも血生臭い地下牢とか廃教会ばかりじゃ、精神衛生上良くない。今日は何事もない事を祈るよ。何もなければ昼には美味いメシを奢るよ、何がいいか考えといて」
「了解であります!」
男たちが一斉に敬礼する。彼らにとって、機嫌が良くて殺気を放っていないリュカとの巡回は滅多にないことだった。
「もう、貴方たちは……」
エレオノーラが呆れたようにため息をつく。
「一応、私たちは『超法規的犯罪取締集団』なのですからね? 買い食いなんかしていては、奉行団の連中にまた『あれはただの無頼漢の集まりだ』と上奏されてしまいますわよ」
「堅いこと言うなよ、エレオノーラ。ほら、あそこの串焼き、美味そうだぞ」
リュカが指差した先には、香ばしい煙を上げる屋台。
「あ、隊長! あそこの店、最近王都の若い娘の間で大評判の『ハニーマスタード串焼き』ですよ!」
別のヒラ隊員が目を輝かせる。
「よし、トニ、全員分買ってこい。経費はジンの帳簿に『情報収集費』で載せておけ」
「はっ、喜んで!」
「ちょっと、ジンが後で泣きながらそろばんを叩く姿が目に浮かびますわ!」
文句を言いつつも、エレオノーラは差し出された串焼きを一口齧り、「……あら、美味しい」と目を丸くしている。そんな彼女を見て、ヒラ隊員たちは「お嬢様、可愛いところあるよな」とコソコソ囁き合っては、リュカに「ジロジロ見るな、うちの副隊長が照れるだろ」と頭を小突かれていた。
そうして、迷子の子供を親元へ送り届けたり、荷馬車の車輪が外れて困っているおじさんを筋肉モリモリ隊員たちが「せーの!」で手伝ったりしているうちに、時計の針は正午を回った。
「隊長、そろそろ腹が減りすぎて、お腹と背中がくっつきそうです」
「それは大変だ。よし、昼飯にしよう。今日はここだ」
リュカが足を止めたのは、下町の大通りから一本入った路地裏にある、年季の入った大衆食堂『跳ね鹿亭』。
お洒落なカフェや高級料亭とは無縁の、ガテン系の職人や旅人が集まる、安くて盛りの良い店だ。
「いらっしゃい! おや、撃滅隊の旦那がたかい!」
恰幅のいい女将さんが、威勢よく迎えてくれる。
「よお、おばちゃん。いつもの『山盛りカツレツ定食』を人数分。あ、エレオノーラのはご飯少なめで」
「あら、私は普通盛りで結構ですわよ?」
「いや、ここの普通盛りは、お前の身長の半分くらい白米が盛られてくるからやめとけ」
運ばれてきた料理を見て、エレオノーラは声を失った。
皿からはみ出すほど巨大なカツレツが3枚、そして本当に山のような白米。
「うおおお! これこれ! これを食うために午前中の巡回を耐えたんだ!」
ヒラ隊員たちは狂喜乱舞し、もの凄い勢いでカツレツを口に放り込んでいく。
「ふむ、相変わらずいい揚げ加減だ」
リュカは上品にナイフとフォークを使いつつも、隊員たちに負けないスピードで平らげていく。その艶やかな容姿で大衆食堂のカツレツを貪り食う姿は、あまりにもシュールだったが、不思議と絵になっていた。
エレオノーラも恐る恐るカツレツを口に運ぶ。
「……! サクサクしていて、ジューシーで……美味しいですわ! 格式高い宮廷料理よりも、なんだか、元気が湧いてきます」
「だろ? 王都を守るには、まず王都の飯で血肉を作らなきゃいけないのさ」
リュカはにっこりと笑い、自分の皿からキャベツの千切りをエレオノーラの皿へひょいと移した。
「ほら、野菜も食べろよ」
「もう、子供扱いしないでくださいな」
口を尖らせながらも、嬉しそうにキャベツを食べるエレオノーラ。
それを見ていたヒラ隊員の一人が、口いっぱいにカツレツを頬張りながら、ボソッと呟いた。
「いやぁ……隊長とお嬢様って、ぶっちゃけ付き合って長い夫婦みたいですよねぇ」
ゴフッ!!!
リュカが盛大にスープを吹き、エレオノーラは顔を真っ赤にしてスプーンを落とした。
「ト、トニ……今、なんて言った?」
リュカの切長な目が、いつものスッと細められる。しかし今回は冷徹な殺気ではなく、純粋な「照れ隠しの脅し」である。
「ひぇっ!? い、いや、その、お似合いだなぁ、と! すみません、カツレツ2枚差し上げますから許してください!」
「よし、没収だ」
わははは、と笑い声が響く大衆食堂。
そこには、王都を恐怖させる死神の姿も、国を揺るがす陰謀の影もなかった。ただ、この賑やかで愛おしい街の日常を、文字通り命がけで「守る」と決めた者たちの、束の間の温かい昼下がりがあった。
「ごちそうさま。さあ、午後も適当に、サボりながら街を見張ろうか」
リュカが立ち上がると、お腹を膨らませただんだら組の面々が、今度は心からの笑顔で「オー!」と拳を突き上げたのだった。




