通常業務が割といつも派手
帝都守備隊の屯所から、朝一人の薄汚い浪人風の男がすっと出ていった。菅笠を目深に被り、顔は見えない。ぶらぶらと目的地もなさそうな足取りで、それでもそのまま帝都の中央部にある商業街へ至る。
帝都で名高い豪商・大黒屋の屋敷差し掛かった時、薄汚い浪人風の男は菅笠をあげた。秀麗な横顔がのぞく。撃滅隊隊長、リュカだ。彼は自らが自費で雇っている密偵達からの情報で、この大黒屋に身元がよくわからない下働きの女が入り込んだと聞いた。話としては単純で、その女は口入れ屋にふらっと現れて就業を願ったという。日々密偵や、撃滅隊員から帝都について上がってくる大量の情報の中で、この一件が妙に気になった。一応胸騒ぎの原因はあった。大黒屋は奉公人に厳しく、給金も安く奴隷のようにこき使う事で有名だったからだ。口入れ屋もそのことはやんわり伝えたが、あだっぽく笑いながら、そんな事は気にしないと女は平然と答えたそうだ。
その後、女は気働きも良く、またその美しさで店主の覚えも良いとのこと。まあ、店主のお手もついていると考えて良いだろう。
リュカは、大黒屋を見上げながらいつもの艶やかな微笑みを浮かべた。しかし、その切れ長の目は、冷たい氷のような鋭さを宿している。
「豪商の蔵を狙うには、『気の利く女中』か。古典的だが、最も確実な毒だな」
リュカは指先で菅笠を被り直し、その場を立ちさった。屯所に帰る道すがら、最近帝都巡回中によく寄っている蕎麦屋に腰を下ろす。酒とそばがき、天ぷらを頼みながら、菅笠を外して素顔を晒す。女中がハッと目をあげるが、「いつも有り難く存じます」とすぐに平静な表情に戻る。ただ、目はキラキラとリュカの秀麗な顔を見つめている。
リュカはニッコリと笑顔を作り、
「女中さん。すまないが誰かに、屯所まで誰か使いをやって誰か手の空いている隊員を呼んでくれ、と伝えてくれ、すまないが、ここで待たせてもらう」
「はい、私が行って参ります」「大丈夫かい?君、今忙しいだろう」「いいえ、すぐに行ってまいります。あと…」「なんだろう?」「私は『とき』と申します。これからは『とき』と呼んでくださると…私」
「わかったよ、おときさん、よろしく頼む」「はい」
ときと名乗った女中はほおを染めながら、店主に一言断ってパッと鳥が飛び立つように街に駆け出した。
店主がその様子を見て「申し訳ございません、あの子はカタギのおぼこで、妹から預かった娘で…あまり、その…」「わかってる、すまなかった、気をつけるよ」
頼んだ酒徳利が空になり、もう一本つけてもらおうかと思案した頃、娘と一人の長身の女性が店に入ってきた。
「エレオノーラ、君一人かい?」「いいえ」リュカは店の窓から帝都の街をのぞくと見事に町衆達に溶け込んだ隊員が12名。リュカは満足そうにエレオノーラに
「今夜、帝都の闇に蠢く『ネズミ』を狩りに行く。」
目を細めて微笑む。リュカが「ありがとう、助かった」とおときに何がしかの銭を握らせると、おときは陶酔した表情で礼を言う。エレオノーラは苦笑しながら、「ほんと外面だけはいいんだから」と呟いた。
その夜。帝都の空は厚い雲に覆われ、豪雨が街を叩きつけていた。
大黒屋の屋敷は静まり返っている。しかし、その屋敷の深部で、静寂を切り裂くような「殺気」がわずかに漏れていた。
屋敷に奉公して二ヶ月になる女中が、深夜、蔵の錠前を器用に弄っている。合図を待つ盗賊団が、屋根の上で気配を消して潜んでいた。
彼らの目的は、屋敷の住人全員を眠らせた後の虐殺と、蔵の富の強奪だ。
女中が錠前を開けた、その時だった。
「――お嬢ちゃん、その鍵は君の手には余るんじゃないか?」
不意に背後からかけられた声に、女中は凍りついた。
闇の中から、黒いビロウドの服を濡らしたリュカが、音もなく現れた。その後ろには、同じく制服を纏ったエレオノーラと、そろばんを指で弄ぶジンの姿がある。
「なっ……!?」
女中が短剣を引き抜こうとした瞬間、エレオノーラの大剣がその手首をかすめ、短剣を弾き飛ばした。
「無駄よ。貴方たちが屋敷に足を踏み入れた瞬間から、私たちは屋敷の全域を包囲していたわ」
屋根の上で潜んでいた盗賊団の頭目が、「くそっ、帝都守備隊だ! 皆殺しにしろ!」と叫ぶ。
三十人ほどの武装した盗賊たちが、雨の中で乱入してきた。しかし、リュカは笑っていた。
「皆殺し? ……悪いが、ここは帝都だ。命の重さを勘定する『会計士』が同席しているのを忘れるな」
ジンがそろばんを勢いよく弾く。
その瞬間、地面から硬貨が磁石のように浮き上がり、盗賊たちの足元を絡め取った。物理的な拘束魔術。動けなくなった盗賊たちを、だんだら模様のヒラ隊員たちが、訓練された動きで次々と制圧していく。
リュカは雨の中、頭目だけに向かってゆっくりと歩を進めた。
頭目が狂ったように大鎌を振り回すが、リュカは髪一本触れさせない。ひらりと舞うような身のこなしで接近し、頭目の腹部に、雨の音すら消すような一撃を叩き込んだ。
「……ぐ、ぐっ!」
「あんたの手口は手垢がついている。金を奪うために皆殺しにする? ……帝都の住人は、あんたらのもんじゃない」
リュカが軍刀の鞘で頭目の顎を跳ね上げると、その目はもはや人のものではなかった。
「掃除の時間だ。……帰れ、地獄へ」
リュカの切長の目が細められた瞬間、盗賊たちは自らの手の中にあった武器が、魔法の熱で溶け落ちる感覚に絶叫した。
戦意を完全に喪失した盗賊団は、その場で座り込み、守備隊の手によって手際よく縛り上げられていく。
「隊長、後処理は完了です。女中も、毒の小瓶を持っているところを確保しました」
「ご苦労。……ジン、大黒屋には『情報の漏洩を防いだ礼』として、いくらか寄付をさせておけ」
リュカは雨に濡れた顔を拭い、溜息をついた。
「……血の匂いで酒が不味くなる。帰ろう。屯所で熱い鴨汁でも食べて温まろう、誰か鴨鍋屋ファイブアイアンに使いに行ってくれ」
エレオノーラは、倒れ伏す賊たちを冷ややかに見下ろし、リュカの背中に寄り添った。
「ええ、帰りましょう。貴方のその優雅な服、泥だらけですわよ。あとで私が洗って差し上げますから」
「それは助かる。……だが、今夜はジンに洗わせるよ。俺は少し、エレオノーラに愚痴を聞いてほしいんだ」
帝都の豪商を救い、盗賊団を壊滅させた帝都守備隊。彼らの帰還を、帝都の夜は静かに、しかしどこか安堵したような雨音で迎えていた。
闇を駆る「守備隊」の影は、今日もまた、帝都の平和を守り抜いた。




