あれ?こいつこんな弱かった?
王都の東端、打ち捨てられた廃教会は、腐敗した夜の空気を澱ませていた。石畳には苔が生え、かつての聖域は今や死臭と湿気に満ちている。
リュカが扉を蹴破ると、教会内は異様な熱気に包まれていた。祭壇の前には黒装束の残党が数名、床に複雑な魔法陣を描いている。中央には、先ほど逃げ延びた『灰の騎士』の姿があった。彼は生贄のように縛られた王都の浮浪児たちを囲み、手にした短剣を掲げていた。
「王都撃滅隊……来るのが遅いぞ、リュカ」
灰の騎士が冷笑する。その足元から紫色の煙が立ち上り、空間が歪む。軍から横流しされた毒兵器と、禁忌の魔術が融合した、この世ならざる瘴気だ。
「貴様らが何を企もうが知ったことではないが――」
リュカは背後から続くエレオノーラに「下がっていろ」と視線を投げ、単身で祭壇へと歩み出す。
「一つだけ教えてやろう。俺の部隊が何故『撃滅隊』と呼ばれるか、理解しているか?」
次の瞬間、リュカの動きがぶれた。人間の眼球が認識できる速度を完全に逸脱している。
黒装束たちが悲鳴を上げる暇すらなかった。
リュカが踏み込んだ場所の床石が、彼の力に耐えかねて蜘蛛の巣状に割れる。彼の右手が風を切る音と、空中で二人の首が跳ねる音が重なった。
「まずは、雑魚の掃除だ」
「なっ……魔力強化なしで、この速度……!?」
灰の騎士が戦慄し、剣を構えて突きを放つ。しかし、リュカはその鋭い切っ先を、こともなげに剣先で弾いた。
キンッ! という高い金属音が廃教会に響き渡る。刀で刀を断つという荒業に、騎士の表情が凍りつく。
「貴様の流派は、護るための盾だったはずだ。それが今や、子供を供物に毒を撒くとは。……何があったか知らないが、いやつーか知りたくもないが、まあ、死ね」
リュカが間合いを一気に詰め、灰の騎士の胸元へ掌を叩きつける。
単なる拳の一撃。だが掌から放出された殺気が、騎士の鎧を粉砕した。
ゴボォッ、と騎士が血を吐き、祭壇まで吹き飛ぶ。彼が描いていた魔法陣は、リュカの蹂躙によって無残にも踏み荒らされ、紫の煙は霧散していく。
「ぐ、ぐうぅ……なぜだ……。お前はいったいどちらの…だ……軍の…ですら、お前を止めることは……!」
倒れ伏す騎士の首元に、リュカは冷徹に靴の先を置いた。
「俺は、王に『帝都の安寧』を頼まれただけだ。だがな、こんなことにも作法はある、だろ?」
リュカが鞘から抜いた軍刀が、月光を反射して青白く光る。
その切長の目が、獲物を仕留める猛獣のように細められる。
「この件の裏に、あのクソ宰相が関わっているのは分かっている。……お前たちの亡霊が、誰に雇われたか、地獄で雇い主に報告してこい」
その言葉と同時に、リュカの剣が影を切り裂いた。廃教会に充満していた邪悪な気配は、一瞬にして消滅した。
背後から追いついたエレオノーラが、惨状を見渡して溜息をつく。
「……またしても、掃除が終わってしまいましたわね。少しは私にも出番を残してくださいな」
「うーん、えいえいってやっただけだが、どうしちゃったんだろ、もうちょっとやるはずだったんだよな、灰の騎士さん」
リュカは軍刀を納め、周りを見渡した。
「そんなことよりなんかないか探して、ほらみんなも」隊所から遅れて隊長を追ってきた隊員にも声をかける。
すると、崩れ落ちた祭壇の裏から『軍の機密書簡』と思われる文書を隊員の1人が見つけた。興奮気味に差し出されたそれをを手に取ると、そこには、王国の転覆を狙う宰相たちの名と、王都の地下全域に張り巡らされた兵器搬入ルートが記されていた。
リュカの目は、鈍く思考に沈む。
あからさますぎて笑える。リュカは思う『宰相?あの狸が?ハッ』
撒き餌に食いつくか、食いちぎるか。王都の安穏は。絡みつく悪意はどこからか。




