連携
さて、蕎麦屋を襲った暴漢事件も落ち着いた数日の、夜も更けた丑三つ時。月は厚い雲に隠れ、帝都の路地は墨を流したような深い闇に沈んでいた。
音もなく、辻の暗がりから黒い影がヌッと生え出た。まるで闇そのものが実体を持ったかのような、黒装束に身を包んだ男たちが十人ほど。彼らは一切の無駄口を叩かず、足音ひとつ立てずに、帝都でも随一の大店である呉服問屋「三河屋」の裏手へと回った。
先頭の男が合図を送ると、数名が手慣れた様子で高い黒塀に音もなく飛びつき、スルスルと内側へ侵入していく。鮮やかな身のこなしは、熟練の夜盗のそれである。先日、元老院周辺を騒がせた一味の残党か、はたまた新たに帝都へ流れ込んできた盗賊団か。
……そして、あの黒装束の中に、四番隊隊長は潜り込んでいるのだろうか。
そんな推測を挟む間もなく、事は一瞬で動いた。
賊たちが土蔵の錠前を鮮やかな手口で外し、重い扉をゆっくりと開け放った、その瞬間だった。
「——そこまでだ、ドブネズミ共」
暗闇に包まれていた土蔵の中から、煌々と灯る幾つものカンテラの光が突如として溢れ出した。眩さに賊たちが目を覆うと同時に、周囲の塀の上、屋根の上、そして母屋の影から、一斉に抜き身の刃が月光を反射して煌めいた。
「なっ……!? 守護隊だと!」
「なぜ、ここに……!」
狼狽する賊たちを冷ややかに見下ろしていたのは、新星『守護隊』の面々であった。
「手引きが良すぎたな。お前らが今日ここを狙うことなど、とうに割れていたんだよ」
賊の中の一人——小柄な黒装束の男が、突如として仲間であったはずの賊の鳩尾に強烈な肘打ちを見舞った。崩れ落ちる賊を尻目に、覆面を剥ぎ取ったその顔には、見覚えのある飄々とした笑みが浮かんでいる。四番隊隊長だ。彼は賊の下っ端に完璧に成りすまし、内部から一味を完全に掌握し、この袋の鼠となるよう誘導していたのである。
「帝都守備一番隊、三番隊である!!十重二十重と奉行隊も取り巻いておる。この場から逃げるなど天が逆さになっても叶わぬぞ。手向かわず素直にお縄につけ、手向わば容赦せぬ、切る!」
三番隊隊長の合図を皮切りに、守護隊の面々が怒涛の勢いで雪崩れ込んだ。奉行隊の面々はその周りを取り囲み、高張提灯を掲げつつ盗賊たちに龕灯の光を浴びせかけ、盗賊たちの視界を遮るとともに、真昼のように明るくし、万が一にも逃亡を許さぬ水も漏らさぬ体制を作り上げていた。盗賊うちの手だれが守備隊を切り破ったとしても、そこから包み込むように奉行隊がおり、突破することは叶わず捕縛される。そしてそのまま牢に連れていかれ、苛烈な取り調べを受けることとなるのだ。
それはまさに、撃滅隊在りし日からは考えられない阿吽の呼吸であった。
撃滅隊は、守護隊となった。それ以外でも改革は帝都の中枢でも進み、奉行隊のトップであった伯爵が加齢を理由に引退し、息子に代替わりを果たした。息子は父のような貴族意識と利権に塗れた古いタイプの官僚ではなかった。よく見える目と聡明な頭脳を持ち、帝都の安寧を第一に考え重んじることが、結局自分、そして自分たちにとって有利に働く事を知っていた。守護隊に協力的で、その帝都の治安を維持する力とシステムに感心し、一部制度も真似たりした。旧態依然のとした奉行隊の人事も刷新し、柔軟な姿勢で守護隊の幹部からも教えを受けたり、協同訓練を行ったりし、帝都の安寧に力を尽くした。結果、威張り散らすだけで何の役にも立たないと言われていた奉行隊の帝都民からの信頼も少しずつ戻ってきた。
また、人格に問題のあるリュカから、大貴族の娘で、人格者(のように見える」)エレオノーラが局長となったため、守護隊との関係も改善し、二つの治安維持団体が互いの領域を守りながらも連携をとることが多くなった。
もともと撃滅隊は、怪しい者は片っ端から皆殺ししていたため、その場は済んだように見えても、犯罪の背景事情を探る事ができず、悪の根が残ることがしばしばであった。
撃滅隊は非常事態宣言下の武力集団という建て付けであったためそれが許されていた。
しかし本来犯罪捜査は、起きたその罪の蔦を辿って粘り強く捜査し、悪人がいれば逮捕し、もし仲間がいればその組織を白日もとに晒し、裁き、相応の罰を負わせ、その犯罪が起こるに至った事情を把握して対策し、再度同じ犯罪を犯す者を牽制し、抑止する事が治安維持の本筋である。
当然、まず人々が最低限の衣食住を得て、平和な暮らしを営めている事が前提ではあるが…
それをすっ飛ばして悪だ悪だと皆殺しでは、英雄視もされるだろうが、それ以上に恐怖され忌避され、蔑まれるのも当然だ。
剣術に長けた一番隊が賊の得物を次々と弾き飛ばし、火器や捕具の扱いに長けた三番隊が網と投げ縄で鮮やかに連中を絡め取っていく。取り逃がしたものは奉行隊が刺股で身動きを取らないようにした上できっちりと縛り上げ取り調べ牢へ連行していく。
無駄な血は流れない。かつての『撃滅隊』が問答無用で命を刈り取っていたのに対し、今の彼らは完璧な連携と手際で「制圧する」ことに注力していた。
わずか数分のうちに、十人余りの凶悪な盗賊たちは猿轡を噛まされ、芋虫のように縛り上げられて土の上に転がされた。実に見事で鮮やかな捕物であった。
その喧騒から少し離れた、三河屋を見下ろす火の見櫓の陰。
リュカは深く被った菅笠の下で、その一部始終を満足げに眺めていた。
(……見事な手際だ。各隊長がそれぞれの役割を全うし、隊士たちもよく動けている。奉行隊の連中もいい連携だ。これならば、もう……)
「また一つ、帝都の平和が守られたな」
不意に、すぐ隣から声が降ってきた。
驚くことなくリュカが横顔を向けると、そこには守護隊の真新しい羽織を肩に引っかけた大柄な男——一番隊長にして旧友の、太一が立っていた。現場の指揮は副隊長に任せ、彼もまたここで部下たちの働きを見守っていたのだ。
「お前、現場は⁈」呆れたように問うと、太一は、「トニにまかせてきた」と平然と答える。
リュカは短く首を振った。
「俺たちが血みどろになって作り上げた恐怖の平和ではない。これは、守護隊の日々の地味な活動の賜物だ。権力を振りかざすのではなく、足を使って情報を集め、被害が出る前に未然に防ぐ。何よりそれは、帝都の人たちが一番よく認めてくれているはずだ」
昼間の蕎麦屋の一件でも、騒ぎが収まった後、町内から守護隊に向けられた目は「畏怖」ではなく「安堵と信頼」であったことをリュカは知っている。
「……もう、俺は必要ない」
ふと口をついて出たその言葉は、自嘲でも諦めでもなく、安らかな確信に基づいたものだった。この死にゆく体で、無理をしてまで影から手を貸す必要は、もうどこにもない。
しかし、太一は鼻で大きく笑い、リュカの細い肩をバンと豪快に叩いた。
「バカを言うな。子供の喧嘩に大人が出ていってどうする」
「……は?」
予想外の返しに、リュカは目を瞬かせた。
「あの馬鹿どもは、まだまだ危なっかしいヒヨッコだ。俺が睨みを効かせてる間はいいが、お前みたいな『ヤバイやつ』が影から見守ってくれてねぇと、いつ足元をすくわれるか分かったもんじゃねえ」
太一はニヤリと笑い、捕縛を終えて意気揚々と引き揚げていく隊員たちを指差した。
「お前は、俺たちの『最後の砦』だ。だから、まだまだ勝手にくたばることは許さねえぞ、リュカ」
その無茶苦茶で、しかし真っ直ぐな旧友の言葉に、リュカは意外にも真顔で天を仰いだ。。
「……お前という奴は、相変わらずだな」
リュカは笠の奥で小さく呟いた。
夜風が彼の心臓をチクリと刺したが、不思議と胸の奥は、これまで感じたことのない温かな火が灯っているようだった。




