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王都捕物帖  作者: 虹の箸
17/25

新生

鴨鍋の湯気が白く立ち上る部屋の片隅で、リュカは自身の右腕をじっと見つめていた。

一度止まった心臓の代わりに胸の奥で動くモノ。しかしそれはエレオノーラとジンが無理やり繋いだ仮初の命だ。それは確実に彼の命を喰い破り始めていた。

「……お前、長くないな」

邂逅を経て、週に何度か屯所に訪れるようになった太一が、隊長の部屋で盃を呷りながら、改めて片目を細めてぽつりと言った。

「ああ。持ってあと5年だろ?この間聞いた」

リュカは事もなげに笑ったが、その瞳には深い憂いがあった。

彼が死ねば、帝都の闇を恐怖で押さえつけている『王都撃滅隊』はどうなるか。超法規的な権限を持ち、詮議なしで人を斬れるこの集団は、リュカという圧倒的な「個」があって初めて成立している砂上の楼閣だ。もし彼が消えれば、隊は奉行団に潰されるか、あるいは権力に溺れて第二の盗賊団と化すだろう。

帝都の安寧を真に願うのであれば、このいびつな組織のあり方を、自分が生きているうちに解消しようと、リュカは密かに決意を固めた。

数日後の深夜。

リュカは、帝都の治安悪化を憂う数少ない撃滅隊の理解者であり、政界に強い影響力を持つ大貴族・ヴァレンシュタイン公爵の邸宅を極秘裏に訪れていた。

「――『撃滅隊』の名を捨て、『守護隊』とする、と?」

公爵は驚きに目を見開いた。

「ええ。超法規的な殺人許可は返上します。我々の新たな役目は、放火犯や誘拐犯など凶悪犯の逮捕と被害者の救助、そして何より武装盗賊など、帝都の『非常時』を取り仕切ることに限定していただきたい」

リュカの提案は、自らの牙を折るに等しいものだった。しかし、公爵はその真意を即座に理解した。

「なるほど……。権限を限定し、国家の治安維持機構の『一部』として正式に組み込むことで、貴公がいなくなった後も、隊が帝都を守り続けられるようにするのだな」

公爵は深く頷き、政治的な根回しを全面的に引き受けることを約束した。

それからのリュカの行動は迅速だった。

これまではリュカを頂点とし、全員が遊撃的に動いていた組織を根本から解体。新たに**「ピラミッド型の組織」**へと作り変えた。

部隊を1番隊から10番隊までの十個小隊に分割し、それぞれの隊に約10名ほどの隊士を配置。そして、その小隊を率いる隊長には、地下の激戦を生き抜いた一騎当千の猛者たちを据えた。

切り込み隊長として先陣を切る1番隊組長には、旧友である太一。組織に組み入れらる事を嫌った太一は最初強硬に断ったが、気が向いた時のみの非常勤で良いこと、他の隊士たちの剣術指南役としての役を王から直々に与えられたこと、お賃金が思ったより多く破格だったことなどで、泣く泣く承諾した。と言うが、リュカの隣に好きな時に肩を並べられるというのも彼の心を変えた大きな一因だろう。とは言えこの自由奔放な性格では実質はリュカなどが担っていた単騎遊撃として動くだろう。実質的な隊長は最近メキメキと腕も心も成長著しいトニが動く事になるだろう。


情報収集と経理、後方支援を担う10番隊組長には、あのジン。

その他にも、槍の名手や、元大泥棒の鍵開けの達人、好々爺然とした痩せた小さな老人など、個性豊かな面々が隊長の座に就いた。だんだら模様の制服はそのままに、彼らは帝都の非常時や凶悪事件に即応できる、実働部隊としての形を整えたのだ。

そして、新屯所の広庭。

百名を超える隊士たちが整列する中、リュカは静かに壇上へと上がった。隣には、いつものようにエレオノーラが控えている。

「今日この日をもって、王都撃滅隊は解散する。我々は新たに『帝都守護隊』として生まれ変わる」

リュカのよく通る声が、広庭に響き渡った。

「非常時があれば一番に駆けつけ、武装した賊が出れば一番に斬り込む。権力者の犬にはならないが、法を逸脱した殺戮も最早行わない。我々は、帝都の日常を守護する盾となる」

隊士たちが静かに息を呑む中、リュカは言葉を区切った。

「これより、新たな守護隊の陣容を発表する。……まず、守護隊の局長トップは…エレオノーラ」

その言葉に、最も驚いたのは隣にいたエレオノーラだった。

「隊長……!? 一体、何を……っ」

リュカは振り返り、その紫がかった切れ長の瞳で、彼女を優しく見つめた。

「エレオノーラ・ヴァレンシュタイン。……前へ出ろ」

「わ、私……?」

リュカは自らが身につけていた、黒ビロウドの将校服の外套を脱ぐと、それをエレオノーラの肩にふわりと掛けた。

彼女の父である公爵の力添え、そして何より、誰よりも帝都の人々を愛し、時に非道に走るリュカを繋ぎ止めてきた彼女の高潔な魂。大貴族の姫であり、戦乙女である彼女をトップに据えることこそが、この隊が帝都の光の下を堂々と歩くための最後のピースだった。

「今日からお前が、帝都守護隊の局長だ。……俺は裏へ回る。お前たちが表の光として帝都を守るなら、俺はそれに群がる闇を、影から喰い殺す『鬼』なろう」

エレオノーラはリュカの身体が限界を迎えていることに気づいていた。だからこそ、彼が自分の命の残り火を使って、自分たちが生きていける「居場所」を作ってくれたのだと悟り、その瞳から大粒の涙をこぼした。

「……ずるいですわ、リュカ。私にこんな重いものを背負わせて、自分だけ勝手に……」

エレオノーラは外套を強く握りしめ、震える声で紡いだ。

「でも……お受けします。貴方が命を懸けて残してくれたこの場所を、私が必ず守り抜いてみせます」

広庭に、新たな局長を讃える隊士たちのときの声が響き渡る。

それを聞きながら、リュカはそっと壇上から姿を消した。

帝都の表舞台から、恐怖の象徴であった一人の死神が消えた。

しかしそれは終わりではない。新たに誕生した「帝都守護隊」の栄光と、その眩しい光が作る影でその目を光らせる恐るべき「鬼」

帝都に巣食う悪は守護隊をおそれ、そして何より守備隊に密かに寄り添う「鬼」を畏怖した。

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