旧友
帝都の北端の下町と言われる地域に突如として立ち上がった新たな屯所は、無駄な装飾を排しながらも、研ぎ澄まされた刃のような緊張感を纏っていた。質実剛健でありながら、どこか京の路地裏を思わせる落ち着いた佇まい。それは、かつてリュカが捨てたはずの「故郷」の記憶を、この帝都に映したかのようだった。
その門前で、一人の男が立ち尽くしていた。
ぼろぼろの着流しに、腰には打ち身の激しい一振りの刀。風に揺れる髪は乱れ、その足元は泥にまみれている。帝都の住人なら一目で「浮浪者か浪人か」と鼻をつまんで避けるような風体だ。
「そこな不審者! ここがどこだか分かっているのか! 帝都守備隊の屯所だぞ!」
当番のトニが制止の声を張り上げる。だが男は視線を門の内側へ向けたまま、静かに口を開いた。
「……リュカに伝えろ。同門の『太一』が来た、とな。それだけでいい」
「……はあ? 隊長をそんな適当な呼び捨てで……」
トニは半信半疑ながらも、男の瞳に宿る静かな、それでいて底知れぬ凄みに気圧され、急ぎ執務室へと走った。
執務室にいたリュカは、報告を聞くや否や、驚くほど滑らかな動作で立ち上がった。
「通せ。……いや、俺が直接迎える。……まさか、あいつが生きていたとはな」
リュカは珍しく、ジンの方を振り向いた。
「ジン、悪いが『ファイブアイアン』まで飛んでくれ。あの店の鴨肉を、一番良い部位をまるごと引き取ってこい。今のうちに鍋の用意をするぞ」
「鴨鍋、ですか。隊長がそこまでおっしゃるとは……よほどの客人ですね」
ジンはそろばんをパチンと仕舞うと、その身を霧のように消し去った。リュカ自身も、いつもの艶やかな笑みを消し、どこか懐かしげな、しかし切ない眼差しで門へと向かう。
数分後、執務室の重厚な扉が開かれた。
泥だらけの男――太郎は、部屋に入ると無造作に刀を棚に置き、リュカの顔をじろりと見た。
「……変わらねえな、その鼻につくほど澄ました顔は」
「そっちこそ。随分と草臥れたな。その腕、どこで置いてきた?」
太郎は自らの左袖が空っぽであることを、気にした風でもなく肩をすくめた。
「『古き血族』の悪党どもと踊った時にな。……お前が帝都で何をしているか、噂には聞いていた。まさか奴らを叩き潰したとはな」
帝都内でも限られた者しか知らないはずの情報。その言葉に、エレオノーラが緊張のあまり腰の大剣に手をかける。しかしリュカはそれを制し、ただ深く溜息をついた。
「鍋の準備ができるまで座れ。……聞きたいことが山ほどある。お前のこと、そしてお前が『なぜ今、この帝都に現れたのか』を」
「……ああ。美味い酒と鴨鍋を食いながら話そう。腹が減ってちゃ始まらねえからな」
太郎が床に座り込むと、そこには帝都の権力闘争も、威圧感も入り込む隙のない、「剣の道」を共にした者たちだけの奇妙な連帯感が漂っていた。
鴨肉が煮える甘い香りが部屋に満ちる中、かつて同じ師の下で学び、今は帝都の両極に立つ二人の男の、静かな再会が始まった。盃を交わしながら同門の懐かしい話が続く。
ふと、太一が、「俺は組織でどうこうするのは真っ平ごめんだが、何が手伝わせてくれんか」と呟いた。
「もちろんだ、お前ほどの使い手は俺とエレオノーラを入れてもこの世で片手程のものだ、助かる。もちろん自由に動いてもらって構わない。しかし、何故今なんだ?」
「会ってみて分かったが、お前がもう長くはないからさ。出来る限りの事を友としてお前にしてやりたい」
「そうだったな、太一、お前は朴念仁のくせにそういうところは鋭かった」
「朴念仁は余計だ、ではよろしく頼む」
リュカは旧友と帝都の安寧に関われる事を心から喜んだ。珍しく浮つく心をおさえながら、「今部屋を用意させよう」と言うと太一は「いや、結構だ、こんなに立派な屋敷じゃ息が詰まる、何かあったらこの鴨鍋屋につなぎをつけてくれ、こっちも何かあったら顔を出すさ、ではな」太一は裾を払うと立ち上がり屯所を出て行こうとする。リュカはそれを見送りながらふと、
「なあ、俺はあとどれくらい生きられそうだ?」と太一に問いを投げかけた。太一はなんと言うこともない平静な声でズバリと「あと5年」
リュカは「あと5年も楽しめるのか、これはいい」
夜の闇に消える太一の背を見ながらニヤリと微笑んだ。




