褒賞
帝都の空には、数日ぶりに柔らかな陽光が戻っていた。地下の焦土と化した惨劇など嘘のように、表通りでは人々が平穏な日常を謳歌している。
王城の謁見の間。リュカとエレオノーラは、かつてないほど厳粛な空気に包まれていた。黒いビロウドの将校服は整えられ、エレオノーラの大剣は儀礼的な鞘に収められている。しかし、リュカの切長の瞳はいつもと変わらず落ち着いたものだ。
謁見の最前列で、一人の男が眉をひそめて二人を睨みつけている。帝都奉行団団長、ルドラ伯爵だ。
「……身の程をわきまえぬ下衆共め。地下で何をしでかしたか知らぬが、その汚れきった身で王の御前に上がるとは、帝都の恥だ」
伯爵の声は、静かな謁見の間に刺さるように響く。周囲の貴族たちも、冷ややかな視線を送る。彼らにとって『王都撃滅隊』は、権力を脅かす忌々しい野犬に過ぎない。
だが、リュカは微塵も動じなかった。彼は横に立つエレオノーラと視線を交わし、まるで「どこかで羽虫が鳴いているな」とでも言うかのように、あくびを噛み殺す。
「おい、聞いておるのか! 奉行団の長である私に対して、その態度は何だ!」
伯爵が顔を真っ赤にして詰め寄るが、二人は完全に無視を決め込んだ。リュカは窓から差し込む光を眺め、エレオノーラは静かに王の言葉を待っている。
面白く思わないどころではない。伯爵は怒りで拳を震わせ、剣の柄に手をかけた。
「無礼者! ここがどこだと思っている……!」
「――そこまでにしておこう、ルドラ伯爵、ここがどこか分かってないのは卿の方だ」
王の静かな一言が、場を支配した。王は玉座からリュカを見つめる。その表情には、すべてを知り尽くした者特有の、底知れぬ表情が浮かんでいた。
「リュカ。此度のそなたの働き、帝都の平和に大きく寄与した。……褒美をとらせたい。望むものを申せ。爵位か、富か?望むものをとらせよう」
謁見の間が凍りついた。もしリュカが「奉行団の解体や、そうでなくても撃滅隊の力のさらなる強化を望めば、王はそれを受け入れるのではないかという恐怖。伯爵は青ざめ、息を飲んだ。
しかし、リュカは跪き、静かに首を振った。
彼が口にした要求は、誰もが予想だにしない意外なものだった。
「……爵位も富も、何もいりません、ただ…」
リュカは顔を上げ、その瞳で王をまっすぐに見据えた。
「俺が欲しいのは……帝都の片隅、『ファイブアイアン』の裏手の、打ち捨てられた空き地です。そこを、俺たち『帝都守備隊』の私有地として下賜していただきたい。代わりに今の屯所をお返しいたします。」
王は一瞬きょとんとし、それから声を出して笑った。
「たかが空き地か? 権力を欲する貴族たちを前にして、そなたは随分と慎ましい要求をするのだな」
「いえ。……隊の面々と、美味しいカツレツや鴨鍋や、蕎麦を腹一杯食いながら、これからも適当に街を掃除するための……『たまり場』が欲しいだけです。屯所は場所は良いが少しお上品すぎて」
王は破顔し
「よろしい、望む土地を与えよう。ついでだ、撃滅隊も大所帯になってきた事だし、屋敷も作らせよう。宰相、万事手配せよ」
影のように王に侍っていた宰相は一礼して命令をうべなった。
伯爵や貴族たちは、その望みの裏にある真意を疑った。そんな場所《下町》を拠点に何を企むのか。
リュカは、そんな彼らの疑心暗鬼を背中に感じながら、エレオノーラと視線を合わせ、小さく微笑んだ。
彼が最も守りたかったのは、このくだらないほどに平和な、日常の続きだった。
王の承認を得た今、リュカはかすかに安堵の息を吐いた。
帝都の権力闘争から距離を置き、ただ自分の「庭」を確保する。それは、一度死んだ、しかし最強の男が手に入れた、世のしがらみから逃れ、これまで以上に帝都の悪党共と対峙するための方策。
謁見の間を出る二人の背中を見送りながら、ルドラ伯爵は歯ぎしりをした。
何をこいつは企んでいるのか?その土地に、リュカが何を考え何をしようとしているのか?
そんな思惑を屁とも思わず、王に向かって礼を示してリュカとエレオノーラは踵を返す。
そこは、帝都を守備隊が愛し、護る場所であると同時に、帝都に住む普通の人々を慈しむための、止まり木となるのだ。
その無償の愛と人々の安穏な生活を守るという意思が、彼ら自身をも護る事にもなるとは今は思いもよらない事だった。




