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フェードアウト

 今年は暖冬ということもあり、厳しい夏の残暑の香りがようやく収まったというのに、涼しさの中に暖かな風が立ち込めているせいでどうにも季節らしさを感じられない。

 ちぐはぐな季節感のせいでそれぞれの服装に一貫性が見られない学生達がとぼとぼと歩いている光景を窓のそばから眺めつつ、彩夏は和葉の持ってきた「依頼」をどうしたものかと物思いに耽っていた。


「それで、協力してくれるんですか?」


 悩みの種が彩夏の顔を覗き込んできたので、彩夏は気怠そうに前に向き直った。


「仕方ないでしょう。それでここが残るんだったら、何だって引き受けてやるわよ」

「まあ、そう目くじらを立てないでくださいよ。オカルト研究会が無くなるよりは良いじゃないですか」


 この頃中央自治会の監査が厳しい。所属している学生こそ多いものの、会として活動しているとは言い難いオカルト研究会に対して不快感を抱いている自治会員が多いのが事実だった。

 だが、敵ばかりでもなく、オカルト研究会に好意的な自治会員も少なからずいる。彼らはオカルト研究会が活動実績を持てるように様々な種類の噂話を友人達から仕入れては窓口となっている和葉に伝えていた。


「正直に言って、こんな内容ばかりになるんじゃ、いっそのこと店仕舞いした方がよっぽど気楽なものじゃなくて?」


 半分冗談、半分本気で彩夏が言うと和葉はムスッとした表情を浮かべた。


「確かにそうですけど、ここが無くなったら無くなったで寂しいじゃないですか」


 時折、この子は鋭いところを突いてくるところがあると彩夏は思った。


「じゃあ始めるので、宜しくお願いします」


 そう言うと和葉はボイスレコーダーを再生した。

 それは和葉と自治会員の会話を録音したものだった。和葉が録音を始めたことを告げると、相手は緊張した様子で語り始める。その声で彩夏は和葉の話し相手が女性であることを知った。


 何でも放課後の教室で楽器の音色が聞こえてくるらしい。それも日によって種類が違うらしく、ヴァイオリンの音色かと思えば次はトロンボーンのような音が聞こえてくることもあるらしい。


 そこまでを聞いた彩夏は交響楽団のパート毎の練習なんじゃないかと思ったが、録音データの中の和葉も同じように考えたらしく、そのことを指摘していた。

 だが、話はまだ続く。


 ある日の夕方、最後の講義を受けた教室にスマホを置き忘れたことに気付いた彼女は、それを取りに戻った。

 すっかり薄暗くなった廊下を歩いていると、遠くの方からまた音色が響き渡ってくる。ただ、その音色は初めて聞くカスタネットだった。

 少し興味を覚えた彼女だったが、スマホの方が気になるので先にそれを取りに行く。幸いなことに、スマホを忘れた教室と音色が聞こえてくる教室は廊下を挟んで向かい合わせだった。無事にスマホを回収した彼女は、練習の様子が気になりその場で耳を澄ませた。


 そして音色が止んでいることに気付いた。


 彼女は練習の邪魔をしてしまったのだと思い、反省した。日中ならいざ知らず、放課後にまでわざわざ教室に残る物好きな学生はいない。それは裏返せば練習には最適な静かな時間が手に入ることを意味する。だからこそ、教室利用の許可を取ってまで練習に打ち込めるのだ。

 だが、向こうの音が聞こえるということはこちらの音も聞こえているはずである。扉の開閉音やスマホを探す音が聞こえて迷惑していたのだろう。

 申し訳なくなった彼女は一言謝っておこうとその教室の扉に手をかけた。


 しかし、その中には誰もいなかった。


「それで終わり?」

「えと……、終わりですけど……」

「くだらないわね」

「え!そんなにズバッと言わなくても」

「で?この話を私達に聞かせて彼女はどうして欲しいのかしら」

「正体を知りたいって話でした」

「それだけじゃないでしょ?他に何を言ってきてるの?」

「それを会報にまとめて欲しいって……」

「うん、分かった。じゃあ、後はあなたに任せるから。宜しくね」


 そう言うと彩夏は席を立とうとする。その手をパッと和葉は掴むと彩夏に縋りついた。


「カイチョー。オカルト研究会存続の為じゃないですかー。一緒に頑張りましょうよー」

「嫌よ。要は活動報告目当てなんでしょう?なんで、そんなことに手を貸さなきゃならないの」

「いや、オカルト研究会の会長なんですから寧ろそれが仕事です」


 和葉の冷静なツッコミも意に介さず、彩夏は完全にやる気をなくしている。仕方ないので和葉は切り札を使うことにした。


「ここで頑張らないとすみれっちに嫌われますよ」


 いたいけな後輩を利用するのは気が引けたが、その効果はてきめんで彩夏は今日から調査に乗り出そうとやる気になった。


 と言っても、いきなり怪異に出くわす訳でもない。彩夏と和葉の予定がすれ違うこともあったし、本当のパート練習に出くわすこともあったので、二週間経っても自治会員が出くわした怪異に遭遇できなかった。


 すっかりテンションの下がった和葉は、その日も誰もいなくなった教室で一人ぼんやりとスマホを眺めていた。

 彩夏は一階下の教室で待機している。どちらかが音を聞いたらすぐに連絡し合う手はずだが、今まで一度も利用する機会はなかった。


 持ち込まれた話だが、こうも何も起きないと扱いに困ってしまう。普段なら真相は闇の中で終わらせられるのだが、今回はオカルト研究会を残そうと考えてくれている自治会員からの話なので、実際に怪異がなかったとしても気軽にそうだと言えないのが辛いところである。

 どうしたものかと思い悩みながらも動画を見て時間をつぶしていると、彩夏からの通知が来た。


「来た」


 メッセージにはその一言だけ書かれていた。


 和葉は急いで教室を出ると、階段へと向かう。踊り場にさしかかった時、僅かに涼しげな音色が耳に届いた。


 廊下に出ると、既に彩夏が音の鳴っている教室の前で待っていた。その姿を見て、何とも豪気なものだと思う。

 彩夏はジェスチャーで教室を指し示すと、無言でうなずく。扉一枚隔てた向こう側では確かに鉄琴のコロコロとした音色が流れていた。


 そこで交響楽団がパート練習をしていないのは張り込みの結果から分かっている。完全に無人のはずの教室で、誰が楽器を鳴らしているのだろうか。


 意を決した二人は目配せし合うと扉に手をかけ、教室内に踏み込んだ。

 しかし中には誰もおらず、音色も止んでしまった。


 その後、これらの音色を聞いた者はいないという。


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