四
今回は短めです!
病院を出てから和葉は街を散策することにした。依蕗葉とは夕方に待ち合わせているし、今さら大学に戻ったところで受けられる講義はせいぜい一つ程度だ。
そんな言い訳を自分に言い聞かせながら和葉はぶらぶらと歩いて行く。小さな定食屋やカフェの中にガーデニング用品の店や本屋が立ち並んでいる。フレーバーロード周辺ばかりで遊んでいた和葉にとって新鮮な光景がそこには広がっていた。
ウィンドウショッピングをしていると時間が経つのはあっという間だ。気が付けば依蕗葉との約束の時間が迫っていて、和葉は慌てて待ち合わせ場所へ向かう。
「お疲れ様です、依蕗葉先輩」
「お、お疲れ様」
急いで駆け寄ってきた和葉の様子に驚きながらも依蕗葉は挨拶を返す。和葉の息が整うのを待って、二人はそのまま喫茶店に入った。
「アイスコーヒー一つ。和葉さんは?」
「私も同じもので」
「気を遣わなくても良いのよ?ほら、ケーキセットとかもあるし」
そんなやり取りもあったものの、結局和葉はアイスコーヒーを注文した。
「それで瑠香の調子はどう?」
「元気そうでしたよ」
「そっか」
少し暗い表情のまま依蕗葉はつぶやいた。それが気になったが和葉はあえて何も言わなかった。
依蕗葉が顔を上げる。もうそこには暗いものは見えなかった。
「それにしても、あの子はどこで何をしているのかしら」
「瑠香ちゃんに引っ越しの話をしてたみたいです」
「え、引っ越し?」
「会長は引っ越ししたことがないはずなんですけどね。きっと瑠香ちゃんから何か聞きたいことがあったんだろうと思います」
「そうね……」
依蕗葉は少しの間遠くの方を見つめると、何か思い出した表情を浮かべる。
「そういえば、瑠香が仲良くしてたお友達がいたわね。その子が引っ越ししたかなんかで疎遠になったって話を聞いたことがあるわ」
「そうなんですか」
「うん。まあ、かなり前の話だし、私もしっかりと聞いてた訳じゃないから自信はないけど」
「すごくふんわりしてますね」
「しょうがないよ。姪とはいえ普段から交流があった訳じゃないから」
親戚付き合いなんてそんなものだろうと和葉も同意する。
「いつのことかはご存知ですか?」
「うーん。確か三年前だったかな?あんまりよく覚えてないのよ」
アイスコーヒーをストローですすりながら依蕗葉は肩をすくめた。和葉も無言でコーヒーを飲んでいく。
店内に流れるBGMは今流行っているアイドルの新曲だった。依蕗葉がそれを口ずさんでいる。
「依蕗葉先輩もこういう曲を聴くんですね」
「当たり前だよ。もしかして私はこういうのに興味がないタイプだって思われてた?」
「いやいや、そんなことは」
アハハと乾いた笑い声を上げながら和葉は依蕗葉の視線から逃げる。
依蕗葉には悪いが、ひよこ研究会なんてよく分からないものを立ち上げる人が流行りに乗っかるとは思えないのが正直な感想だった。
依蕗葉がそのアイドルの他の曲も小声で歌い始めた。そんなに親しい関係性でもない後輩としてはどうにも居心地が悪い。仕方ないので和葉はアイスコーヒーを飲み干してしまうとお替わりを注文することにした。
「私もお替わりを頼もうかしら。あ、でも紅茶も良いな」
依蕗葉の気が逸れて和葉は内心ホッとする。
それぞれが注文したものが席に届いて、二人はそれに口を付ける。和葉は一口飲むと、さっきから気になっていた話の続きを促した。
「あの、依蕗葉先輩。さっきの瑠香ちゃんのお友達の話なんですけど、他に何か思い出せることはありませんか?」
「他って言われても……。ねえ、和葉さんが気になってるってことは、彩夏もその子のことを気にしてるってことなのかしら?」
「多分ですけど。会長のことですから何か考えはありそうな気がします」
「でも、それならそれで何か一言くらい連絡があっても良いんだけど」
少し不機嫌そうに依蕗葉が呟くのと同時に、依蕗葉のスマホが震え始めた。
「あれ、噂をすればだね」
その着信は彩夏からだった。電話を取った依蕗葉は口をとがらせながら店の外に向かう。
一人残された和葉はストローでアイスコーヒーをゆっくりとかき混ぜながら、自分も依蕗葉と同じ紅茶にすれば良かったかなと考えていた。もう彩夏のことはあまり気になっていなかった。
しばらくして依蕗葉が戻ってくる。その表情にはまだ不機嫌さが残っていたが、着信があった時に比べると随分とマシになっていた。
「後で彩夏からメッセージが届くと思うけどね、明後日の放課後にこっちの部室に来て欲しいの。予定はどう?」
「明後日はバイトがあるんで、私は参加できないですね……。会長には自分から連絡しておきます」
依蕗葉は何か言いかけてそれを抑え込む。和葉の表情に見え隠れする怒りが理解できたからだ。
「じゃあ、よろしくね。それと、あの子がものすごく謝ってたわ。それも後で連絡あると思うけどね。どうも充電器をなくしちゃったみたいで、今までバッテリー切れだったんだって」
「分かります。ああいう時って焦っちゃいますよね」
何事もなかったかのように振る舞うものの、気持ちを整理し切れていない自分がいて和葉は嫌な気分になる。心配した気持ちを返して欲しいと思う一方で、何かトラブルに巻き込まれていた訳ではなかったと分かってホッとしていた。
依蕗葉と別れた和葉は家路につく。信号待ちをしているとスマホが震えたので、通知を確認する。
「……」
彩夏からメッセージが来ていた。アプリを開くと不在着信もあったことが分かった。
和葉は来ていたメッセージに目を通す。
「連絡取れずごめんなさい。充電器を無くして充電できてなかったです。心配かけてごめんなさい。
明後日の放課後は時間ある?瑠香ちゃんの件で進展があったから話し合えればと思ってます」
読んでいる最中に信号が変わったので、和葉はスマホの画面から目を逸らした。
横断歩道を渡り終えると和葉は依蕗葉に話した内容通りに、明後日は行けない旨を打ち込んで返信した。
本当はアルバイトの予定などなかったが、どうも気が乗らない自分がいた。




