三
ここ数日のオカルト研究会は穏やかな日が続いている。自分達で考えた創作怪談を話し合ったり超能力の解明に挑むと言っては利きジュースをやったりしていた。
そんな様子を見とがめるのは会長の彩夏ではなく、副会長の理香子だった。
「こんなんじゃダメ!もっと真剣に味わいたいの!」
などと利きジュースのやり方に注文をつけては、誰よりもその時間を楽しんでいた。
このようにストッパーが誰もいないものだから、ゆっくりとしただらけ具合が部室に浸透していた。
「ねえ、最近彩夏先輩を見ないけど、何か知ってる?」
彩夏のお気に入りの席に座って窓の外をぼんやりと眺める和葉の頬をぷにぷにとつつきながら奏恵が聞く。
「さあ」
奏恵の手を雑に払いのけながら和葉はそっけなく答える。そんな和葉を見て奏恵がニヤリと笑う。
「ふーん。振られたんだ」
「うーん。そうなのかも」
「え?」
「え?」
奏恵としては軽くからかってやろうというくらいの気持ちでしかなかったのに、まさかそんな風に返されるとは思っていなかったから、ついどぎまぎしてしまう。
和葉は上の空で答えているので、何か変なことを言ったのだろうかとしか思っていなかった。
「……やっぱり、あの噂は本当だったの?」
「うん?何のこと?」
「いや……、ほら……。彩夏先輩と和葉が付き合ってるって話」
「え!何それ!」
思いがけない話の展開に和葉は意識を奏恵に集中する。そんな噂が流れているなんて信じられない。
「いや、和葉ってよく彩夏先輩と一緒にいるじゃん?他にも先輩いるのに、あまり話してないでしょう?」
「そんなことはないよ……」
「理香子先輩、最近悩んでたよ。和葉が全然かまってくれないって」
「かまうだなんて、そんな失礼なことできないよ。先輩だよ?」
「でも、彩夏先輩にはなれなれしいじゃん」
「それは……」
そのことだけは事実なので和葉は何も言い返せない。だが、それを奏恵は肯定として捉えた。
そっと和葉の肩に手を置くと、奏恵は真剣な顔つきになって友人の顔をジッと見つめる。
「和葉。人の恋愛事情に口を出すつもりはないけれど、先輩と付き合うのはあまりオススメしないよ。ほら、社内恋愛禁止のところと同じ理由で、ケンカした時とか別れちゃった時に気まずくなってどっちかが辞めちゃうからさ。上手くやっていける自信がないなら深くなる前にやめといた方が良いよ」
なるほど、社内恋愛がダメな理由はそういうことなのかと思いながら、和葉は奏恵の両頬をつまんで、びよーんと伸ばすように引っ張った。
「ひょっと。いひゃいんひゃけど」
「私は会長と付き合っていない。いいね?」
「ひょんなんだと、ひゃくにうたがわれるよ」
「え?何?よく聞こえないんだけど」
しばらくそのやり取りが続く。
ようやく奏恵が降参したので、和葉は手を放す。奏恵が涙目になりながら頬をさすっていた。
「ほんと、痛いんだけど」
「私が会長と付き合ってるなんてデマに騙された罰だよ」
「それだったら、ここにいるみんなが同じ目に遭わないと」
ちょっと待ってと詰め寄ってくる和葉を前に、奏恵は急いで自分の両頬を手でガードする。
「みんなってみんな?」
「うん。オカルト研究会の七不思議の一つにもなってる」
それはそれで興味があったが、今はあらぬ疑いをかけられていることに集中するしかなかった。
「うわ……。どうやったらその噂を消せるんだろう……」
近くにあった椅子に力なく座り込む和葉の頭をぽんぽんと軽く叩きながら奏恵は苦笑いする。
「そういうリアクションが誤解を招くんだぞー。違うなら堂々としてれば良いのにー」
「そういう問題じゃないわよ。私一人だけの話だったら何とでもなるけれどさ。会長が知ったらどうなることやら……」
そういうところが噂の原因なのにと思うが何も言わず、お返しとばかりに奏恵は和葉の頬を軽くつまんでもてあそぶ。
「あらあら、二人とも仲が宜しいようで……」
「理香子先輩」
黒い笑みを浮かべながら理香子が二人に近寄ってきた。和葉は体を起こすが、奏恵が手を離さないのでお互いに変な格好になってしまう。
「これってさ。禁断の三角関係ってやつじゃない?」
じゅるりとよだれを拭きながら理香子が両手をソワソワさせている。その様子に二人は思わず身震いした。
「理香子先輩。三角関係もなにも、私は会長と何もないですからね?」
「うわー。自分がいないところで振られたって知ったら彩夏は悲しむだろうな」
わざとらしくため息をつく理香子はじわじわと、しかし確実に二人の元へ近づいている。それが恐ろしく思えて、二人はじゃれ合いをやめて距離を取ろうとする。
「ちょっと、そんなマジにとらえないでよ。冗談に決まってんじゃん」
「いや、そんなこと言う割にはさっきから両手がくねくねしてますよ」
「そう言えば都市伝説で有名なくねくねだけど、あの正体って何なのかしら?」
「真面目な話の振りして近寄るのはやめてください」
理香子を交えたじゃれ合いはしばらく続く。その様子を見ていた後輩達は新たなゴシップができたと喜んでいる。
「それにしてもツッコミがいないと締まらないね」
急にテンションが普通に戻った理香子がつぶやく。この変わり身の早さこそオカルト研究会の七不思議の一つになるべきだと和葉は思う。
「理香子先輩は知らないんですか?会長がどうしてるのか」
「うん」
彩夏はここ数日、オカルト研究会に顔を見せていない。ただ、構内で姿を見かけることはあるので大学には来ているようだった。
「彩夏からはしばらくの間、オカルト研究会をよろしくってとしか連絡来てないからねえ」
理香子は不思議そうな顔をしていたが、和葉達はそれに対して深く聞かなかった理香子に驚いていた。
そんな二人の視線に気付くと、理香子は頬を赤らめた振りをして両手で顔を隠す。
「きゃあ。そんなに見ないで」
同学年だったら張り倒すのにと思いながら和葉はまた窓の外を眺める。
彩夏が顔を見せない理由に何となく心当たりがあった。ただ、面倒くさがりな彩夏がどうしてそこまで肩入れするのかが和葉には分からなかった。
「こんにちは」
挨拶と共に部室に入って来たのは依蕗葉だった。これには能天気な理香子も驚きを隠せず、口をあんぐりと開けている。
依蕗葉は室内を軽く見回すと、和葉を見つける。そのまま和葉の元にやって来た。
「ねえ、和葉さん。彩夏から何か連絡あった?」
「え、ないですけど……」
突然のことで和葉は何も分からなかったが、依蕗葉はうーんと唸る。
「最近、瑠香の様子が変わってきたのよ」
「瑠香ちゃんに何かあったんですか?」
「いや、そういうことじゃないんだけどね。むしろ良くなってるの。表情が明るくなってきたって言うか、前向きになったって言った方が良いのかな」
「それは良かったじゃないですか」
前に会った時、瑠香の陰のある表情が強く印象に残っていただけに和葉はその変化が好ましく思える。ただ、それと彩夏がどういう関係があるのか分からなかった。
「でも、どうして会長のことが気になるんですか?」
「いや、あの子ね。最近見かけないのよ」
「え、そんなことはないですよ。一昨日も一号館の廊下で見かけましたし」
「噓でしょ?講義にも出てないのよ。最初は珍しく風邪でも引いたのかなって思ってたんだけど、未だに連絡取れないし」
その事実に理香子も奏恵も不安げな表情を浮かべていた。ただ、彩夏の姿を見かけていた和葉はにわかには信じられなかった。
「和葉さんからも連絡取ってみてもらえる?もしかしたら返事があるかも知れないし」
「先輩のところに連絡あったら私にも教えてください」
和葉と連絡先を交換した依蕗葉は部室から出ていく。その姿を見送る和葉の後ろで、理香子はスマホを取り出していた。
「うーん。こっちも既読がつかないや」
理香子はトーク画面を見せる。確かに既読は付いていない。その前のトークは先程の「しばらくの間、オカルト研究会をよろしく」という内容で、そこから何も連絡はなかった。
「まあ、送ってすぐに既読がつくものでもないですし。和葉なんて丸一日つかない時もありますよ」
奏恵が気を遣う。確かにその通りではあるものの、話の内容だけに不安は募る。
理香子が和葉を見やる。
「ねえ、そもそもの話なんだけどさ。和葉はあの二人と何をやってたの?」
どこまで話して良いものかと思いながらも、彩夏が姿を見せていないこともあって和葉は依蕗葉の相談のことを伝える。
それを聞いた二人は和葉と同じ結論に辿り着く。
「やっぱりその子の件だよね」
「そうだと思います」
和葉もそう思うが、だからといって何をすれば良いのか分からなかった。ただ、彩夏が瑠香の友達のことを聞いた理由が気になって仕方なかったことを思い出す。
「とりあえず明日に瑠香ちゃんのところに行ってみます。もしかしたら何か知ってるかもしれないし、知らないとしても心当たりくらいはあるかもしれないので」
翌日、和葉は森沢病院に来ていた。依蕗葉にはそのことを伝えていたので、自分も一緒に行くと返事があったが、勢いでその日の講義をサボったのでまだお昼の時間になったばかりだった。
ちょっと間が悪かったかなと思いながら和葉は病院に着いたことを連絡する。すぐに呆れた表情のスタンプが返って来た。
こういうスタンプも使うんだなと思いながら病室にたどり着いた和葉はドアをノックする。怪訝そうな声で「誰?」という声が返って来たので、和葉は挨拶をする。
「和葉お姉さん?入ってください」
和葉と分かって安心したのか、瑠香の声は明るかった。
中に入ると瑠香が体を起こしていた。サイドテーブルに置かれた食器の中身はあまり減っていなかった。
「食事中だったんだね。ごめんね」
「いえ、あんまりお腹は空いてなかったので大丈夫です」
そう言うと瑠香は微笑んだ。
その様子を見た和葉は、確かに雰囲気が変わったと思う。声にも少し張りが出ていた。
「お見舞いに来てくれてありがとうございます。嬉しいです」
「元気そうで良かったよ」
「でも、今日は一条お姉さんと一緒じゃないんですね」
「うん。今日は私一人なんだ」
瑠香から彩夏の話が出たので、和葉は思い切って尋ねることにした。
「そう言えば会長……、一条お姉さんはお見舞いに来てる?」
「はい。この前来てくれました」
「それっていつのことか覚えてる?」
「えーと……。確か四日前です。その時に見てたテレビの話で盛り上がったんですよね」
構内で彩夏を見かけたのは三日前のことだった。その時には既に瑠香の元を訪れていたことになる。それなのにどうして姿を見せないのかが改めて気になった和葉はもう一歩踏み込むことにする。
「その時だけど他に何か話した?」
「他ですか?うーん。特には……」
和葉は心の中でため息をつく。その日のやり取りの中に手掛かりがあるはずなのにそれが見つからない。
その後はとりとめのない話を進めていく。瑠香の楽しそうな表情を眺めながら、彩夏は今どこで何をしているのかが気にかかって仕方なかった。
「瑠香ちゃん。食器を下げに来たよ」
看護師が部屋に入って来る。室内にいる和葉に一瞬驚くも、すぐに申し訳なさそうにする。
「ああ。お見舞いの方が来てたのね。邪魔しちゃってごめんなさいね」
そう言いながら看護師は食器を片付けようとして中身に目を留める。
「今日も残したの?頑張って食べないと大きくなれないよ」
「ごめんなさい」
看護師はそれ以上何も言わず、静かに食器を片付けると出ていった。
「あんまり美味しくないんです」
バツが悪そうに瑠香が言う。病院食はあまり美味しくないと聞いたことがあったのでそのことは気にならなかったが、何となくそれが理由で残したわけではないんだろうと和葉は思う。
ある程度時間も過ぎたので和葉はそろそろ帰ることにした。挨拶をしようとした時、瑠香が何かを思い出した表情を浮かべた。
「そう言えばさっきの話ですけど、引っ越しのことでも盛り上がったんです」
「え、引っ越し?」
「はい。一条お姉さんって何度も引っ越しされてるんですよね?それで私に引っ越ししたことがあるか聞いてきて」
「へえ。瑠香ちゃんは引っ越ししたことあるの?」
「いえ、ないですよ」
その後も簡単なやり取りをして、和葉は帰りの挨拶をする。
「また来てくださいね」
病院の廊下を歩きながら和葉は思う。彩夏は引っ越ししたことなどなかったはずだ。つまり、瑠香から何かを聞き出したかったからそんな嘘をついたことになる。
問題は、新たな手掛かりを見つけながらも、次にどうすれば良いのか答えを見つけられていないことだった。




