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オカルト研究会の有閑な日常  作者: 賀来文彰
君の人生の物語
55/73

「どうしましょう。本当にどうしましょう」


 斜め向かいから聞こえよがしに呟く声を敢えて無視して、和葉はスプーンにすくった天津飯を頬張った。


「はあ。何とかならないかしらね」


 絶対に返事しない。

 和葉は神妙な面持ちで食堂の窓の外に広がる景色に意識を集中させた。


 この食堂がリニューアルオープンしたのはつい先日のことである。それまで窓際を占めていたカウンター席は一部が撤去され、その代わりに六人がゆったり座れるテーブル席が三脚並んでいる。その隣には新設された自動販売機が二台並んでおり、また文化会館の正面玄関から目と鼻の先にある階段が近いということも相まって、ここは必然的にサークルや部活のメンバー達といった大所帯の憩いの場となっていた。


 だからこそオカルト研究会メンバーとしてテーブル席を取っていたその場所に、何の断りもなく親子丼を持ってきたひよこ研究会の会長に和葉は苛立ちを隠せなかった。


 高坂依蕗葉は、何かとオカルト研究会の活動に首を突っ込んできては引っ掻き回していくところが典型的な「かまってちゃん」で非常に気に食わない。まして彼女は話を聞けと言わんばかりにわざとらしく溜息をついたり首を傾げたりしてくるので、そういった回りくどいことが大嫌いな和葉は何も聞こえないふりをしながら目の前の天津飯に苛立ちをぶつけていた。


「ねえ、彩夏はどう思う?」


 知りませんよ、と言いかけて和葉は思わず依蕗葉を見やった。当の本人は心なしか何処かしたり顔で親子丼をつついている。彼女は階段に背を向ける形で席に着いているのに、ちょうど階段を上って来て食堂に足を踏み入れて来たばかりの彩夏のことをどうやって察したのだろうか。


「さあね」


 彩夏は適当に答えながらも依蕗葉の隣に座ると、鞄から小さな弁当箱を取り出した。


「今日はエビシューマイ?」

「唐揚げよ」

「唐揚げかあ。最近の冷凍は侮れないもんね」


 言いながら依蕗葉は唐揚げの隣にある、明らかに手作りのさやいんげんの胡麻和えに視線を注いでいた。


「それで和葉。依蕗葉は何を言っていたの?」

「え、いや……」


 いきなりの問い掛けに和葉は口ごもる。まさか無視していたとは言えないので、苦笑いしながら天津飯に視線を落とすしかなかった。

 彩夏は和葉をジッと見つめていたが、視線を戻すと依蕗葉の方に振り返った。


「それで、何をどう思うって?」

「森沢病院の四〇二号室」

「病院……。怖い話じゃないでしょうね」

「怖いと言えば怖いかも。寝てたら黒い影が覗き込んで来る……」

「悪いけどそういうのは専門外なの」


 仮にもオカルト研究会の会長が何を言っているのだろう、と和葉はいつも思う。何故そこまで怪奇現象のことなどを嫌がるのか、まだその理由を聞いたことが無かった。


「まあまあ、皆まで聞きなさい」


 依蕗葉は彩夏の反応を楽しんでいるようだった。気持ちは分からなくもないが、依蕗葉に対する不快感が同調を良しとしない。


「実際に何かを見たり聞いたりという話じゃないの。あくまでそんな気がするだけみたいでね」

「だったらそれは気持ちの問題ね。子どもが心霊番組を見た後に一人でトイレに行けなくなる、あれと同じよ」


 彩夏は断言すると卵焼きを口に運んだ。


「私もそう思うんだけれど、そう言い聞かせるのが大変なの」

「言い聞かせる?」


 彩夏の問い掛けに依蕗葉が笑みを返した。


 森沢病院は県内でも有数の心霊スポット……という訳でもなく、普通に多くの人が日夜利用する総合病院だった。とはいえ、全国の病院の例のご多分に漏れず、森沢病院にも耳慣れたオカルティックな噂が多かった。

 彩夏に言わせると、そういった噂の大半は心因性のものらしい。確かに病院に纏わる怖い話を知っていれば、何でもないことを勝手に関連付けてしまうことはある。いわゆる「気のせい」というものだが、彩夏自身が無意識のうちに言っていた様に「大半は」そうである一方で、気のせいでは説明できないものが少なからずあることもまた事実だった。


「姪っ子が今入院しているんだけど、見舞いに行く度に黒い影が覗いて来るってうるさいのよねー。本当にどうしましょう」


 依蕗葉は溜息をつくと、親子丼を頬張る。それでもひよこ研究会の会長なのだろうか。


「何とかならないかしら、彩夏?」

「何とかならないわよ」


 彩夏の気の抜けた返事にムスッとした様子の依蕗葉が、目にも留まらぬ速さで彩夏の弁当箱から唐揚げを掠め取る。お返しとばかりに依蕗葉の親子丼を狙った彩夏だったが、こちらは完全に阻まれていた。

 そんな二人を眺めながら和葉はぼんやりと天津飯を口元に運ぶ。付け合わせの紅しょうがの香りが鼻をくすぐった。


「そう言えば和葉さんは文学部だったわよね?」

「え?」


 まさか話し掛けられるとは思っていなかった和葉は、慌ててれんげをその場で止める。


「はい、そうですけど……」


 でも、文学部とは名ばかりで実際は心理学を勉強していますと和葉は言葉を継ごうとしたが、依蕗葉はそれを気にも留めず和葉に問い掛けた。


「ちょっと聞きたいんだけどね、扱うってどういう時に使う?」

「な、何ですかいきなり……」

「いや、さっきの姪っ子がね、扱うって言葉の意味を教えろってうるさくてうるさくて大変なのよ」


 それは一体どういう意味なのだろうか、そもそもそんなことに関心を寄せている姪っ子は一体何歳なんだろうか。幽霊を怖がっている割には聡明である。


「そんなの簡単じゃない。扱うは使うの意味よ。ほら、危険物を扱うとか言うじゃない」


 彩夏が得意げに唐揚げを頬張る。しかし依蕗葉はわざとらしく左手を口元に運ぶと、しなをつくった。


「でもね、彩夏。それだと人には使えないはずなのよね。でも実際は人を丁重に扱うなんて言い方するでしょう?」

「まあ、そうだけどね……」


 全く話の展開が読めない。ひよこ研究会などという得体の知れないものを立ち上げる様な人は目の付け所が違うのかも知れない。


「ねえ、和葉さん。扱うって、物には普通に使うけど人には余り使わない言葉ってどこかで習ったかしら?」

「そんなこと習いませんよ。漢字として覚えさせられたことはありましたけどね」

「やっぱりそうよね……」


 依蕗葉は顔を軽くしかめると、コップの中の緑茶をゆっくりと流し込んだ。


「言いたいことがあるなら勿体ぶらずに言いなさいな」


 付き合いの長い彩夏は依蕗葉の行動の真意が手に取るように分かるのだろう。言われた依蕗葉はすぐに姿勢を改めると、薄く微笑んだ。


「扱うって、物には普通に使うけど人には滅多に使わない言葉だけれども、皆反論は無かったわよね?それはそういうものとして認識してるからなの。じゃあ、この共通認識はどこから来たのかしら?」

「普段のやり取りから自然に覚えたんじゃないですか?」


 和葉が首を傾げると、彩夏が依蕗葉をジッと見つめ始めた。少しだけ緊張が走っている気がするが、依蕗葉は意に介さずのんびりともう一口緑茶を飲んだ。


「私もそう思うの、和葉さん。でも、普段のやり取りって言ってもね、それらのそもそもの起源はどうなのかしら?」

「よく分からないんですけど……」

「つまり、こういうことを言いたいんじゃないの?普段のやり取りから共通認識が広まったとして、それらのそもそもの始まりは何だったのか、ということ」

「そう、それなのよ。さすが、彩夏」


 満足げに親子丼を頬張る依蕗葉を横目に、和葉は彩夏を見やる。

 その視線に気付いた彩夏が呆れた様に首を振った。


「つまりね、和葉。依蕗葉はオカルトの話をしたいのよ」

「え?」

「都市伝説を考えてみて。あなたが知っているものの中で何でも良いから一つ選んでみて」

「え、はい……」


 和葉は記憶の中にある都市伝説を引っ張り出す。やはり都市伝説といえばこれだろうか。


「口裂け女ですかね」

「じゃあ、口裂け女の発祥とされているのは?」

「えっと……確か岐阜県でしたっけ?」

「そうね。じゃあ、口裂け女のルーツとなった話は知ってる?」

「え……。いや、知らないです」

「まあ、どれが本当でどれが噓か分からないけれど、病院から脱走した女性が徘徊して子供を驚かせていたという話や塾に行きたい子供を我慢させる為に吹き込んだ作り話とかがルーツになっているそうなの」

「私も知ってる。ウィキで見たよ」


 依蕗葉の相槌を無視しながら彩夏は続ける。


「口裂け女はルーツとされる話が比較的辿りやすいんだけど、他の都市伝説はそもそもルーツが分からないものが多いの。それだけじゃないわ。怪談もそう。よく、これは友達の友達から聞いた話だなんて導入を聞くことが多いけれど、それってよくよく考えると信頼性に欠ける話なのよね」

「確かにそうですね……。友達から聞いたって話が別のところでは学校の先生が学生の時に体験した話になってたこともありましたから」

「つまり、言葉に対する共通認識と、都市伝説を代表例とするオカルト全般には共通点があるということなの」

「……そもそもの始まりは何だったのか」


 和葉が導き出した答えに対して、依蕗葉がいたずらっぽく笑った。


「そういうこと」

「でも、何でそんな話になるんですか。展開が分からないです」

「そうよ。依蕗葉、勿体ぶらずに要点を話して頂戴」


 そう言いながらも彩夏は全くの無関心である。呑気に弁当のおかずを口元に運んでいた。


「姪っ子のこと、もう忘れたの?言い聞かせるのが大変だって言ったじゃないの。二人とも薄情よ」

「勿体ぶったあんたが悪い」

「まあまあ、それはそれとしてですね。依蕗葉先輩、姪っ子さんのことで何がそんなに大変なんですか?」

「決まってるじゃないの。寝てたら覗き込んで来る黒い影をどう説明するのかよ」

「気のせいで良いじゃない」

「いや、あの子はごまかしが利くタイプじゃないからね。そもそも何をどういう風に認識してしまったのか。あの子なりに納得出来る黒い影の正体を明らかにして、それを伝えてあげて欲しいのよね」

「ちょっと待って。なんで何の関係も無い私達が伝えないといけないの。その子も緊張するだけでしょうよ。身内のあんたから伝えなさいよ」


 彩夏がもっともなことを言う。和葉も同意の印に頷いた。

 依蕗葉は少しの間、呆気にとられた表情をしていたが、すぐにニヤニヤとした表情に変化した。


「ふーん」

「……何よ」

「怖いんだ」

「別に怖くなんかないわよ」

「そう?」

「そうよ。私達が伝える意味なんてないじゃない」

「でも、正体を明らかにして貰わないといけないでしょう?」

「先ず、そもそも引き受けるなんて言ってないからね。それに引き受けたとして、伝えるのはあんたからで良いじゃない」

「正体を調べに行くんだから、そのついでにお願い。ね?」


 依蕗葉が言いたいことも分かる。引き受けたら否が応でも病院には行かねばならない。そして、例の四〇二号室で正体を調べる以上、その部屋で入院している依蕗葉の姪にも会うこととなる。調査結果をそのまま報告するのは確かに自然な流れだった。

 そして、彩夏が「お願い」という言葉に弱く、それを出されると流されてしまうのもまた自然な流れだった。


「……今回だけよ」

「有難う!彩夏が引き受けてくれて私も心強いわ」


 依蕗葉の喜ぶ表情と彩夏のムスッとした表情の対比が面白くて、和葉は微笑ましい気分になる。そんな和葉を見て彩夏が言った。


「何、部外者みたいな感じを出してるのよ。あなたも行くんだからね」

「え……」

「和葉さん。あなたも力を貸してくれるわよね?」


 いいえ、と断れない何とも言えない圧を感じながら、和葉は愛想笑いを浮かべるしかなかった。


次回投稿は24日(日)の予定です!

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