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オカルト研究会の有閑な日常  作者: 賀来文彰
桜の木の下で
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 オカルト研究会の部室はその場所からして好奇心を覚えた者に対して後悔の念を抱かせる。

 すっかりエレベーターに慣れきってしまった現代の若者にとって、階段しかない建物を四階分も上り下りするのは耐え難いことだった。ましてその階段が上に行くにつれて段々と古ぼけていく様は、ところどころ切れている廊下の電球による薄暗さと相まって不気味な雰囲気を醸し出している。

 しかし、一度部屋に入るとそこには案外居心地の良い空間が広がっている。部屋の窓際やデッドスペースに置かれている小さなプランターからは季節の花々が顔を覗かせており、アロマポットから漂うローズマリーの香りが室内を満たしている。しかし一番の居心地の良さはオカルト研究会のトップのだらけ具合にあった。

 オカルト研究会の歴史の中でも驚くほどしまりのない会長ではないかと噂されるほど、彩夏は活動に熱心ではなかった。オカルトの中でも特に人気が高く、ある意味扱いやすい題材でもある心霊関係の話などは基本的に受け付けず、心霊スポットとされている場所への肝試しを禁じるほどであるから、今ではオカルト研究会とは名ばかりの仲良し同士の集いの場になってしまっている。

 そんな状況に危機感を覚えることもなく、むしろ積極的に受け入れようとするくらいだから、わざわざネタを提供しにやって来る同好の士や相談者が訪れてきても、拒絶こそしないものの歓迎の色も滅多に浮かべなかった。


「幸せを呼ぶ猫ですって?」


 その日も彩夏はオカルト研究会に寄せられた話を興味なさげに聞いていた。


「依蕗葉。まさかとは思うけど、それって招き猫のことでしたなんてオチじゃないわよね?」


 彩夏の視線は退屈げに手元のティーカップに注がれている。ガラスのティーポットの中で茶葉はまだ少し舞い上がっていた。


「そんなんじゃないよ」

 ひよこをかたどったマグカップを片手に高坂依蕗葉は彩夏を見つめた。


「見た人はちゃんと幸せになるらしいよ」

「伝聞の段階で当てにならないわよ。大体、こういう類の話って偶然が重なっただけってことで片付けられるじゃない」

「それをオカルト研究会の会長が言っちゃダメでしょ」


傍目には女子学生が思い思いの飲み物を片手に談笑している、ほのぼのとしたやり取りに映るかもしれないが、実際に膝を突き合わせているのはオカルト研究会とひよこ研究会の会長同士という、ほのぼののカケラも無い違和感たっぷりなコンビだった。


「それで、その幸せを呼ぶ猫って具体的にはどんな話なの?」

「それがね、見かけたらありとあらゆることについてご利益があるそうなの」

「ふーん。例えば?」

「テストの成績で過去最高得点を叩き出せたとか、五百円拾ったとか、スーパーの特売セールに出くわしたとか」

「デポジット容器に当たりのマークが付いていたなんて話もありそうね」

「あ、それもあったかな」

「……いよいよ、眉唾物の匂いがしてきたわね」

「そんなことないよ。目撃談も豊富だし、現に効果が確認されているじゃない」


 彩夏は軽く溜息をつくと、紅茶をティーカップに注いだ。


「偶然の一致とも呼べないものばかりよ。大体、それぞれが見た猫に一貫性なんてあるの?どうせ三毛猫だったとか、白色だったとか、目撃情報なんて人それぞれなんでしょう?」

「それがいかにも都市伝説って感じで良いじゃん」

「それは都市伝説とは言わないわ。噂ですらない」


 依蕗葉は軽く頬を膨らませる。


「相変わらず手厳しいよね、彩夏って」

「私じゃなくても同じことを言うわよ」

「いーや、そんなことないよ。最近の彩夏は私に冷たいなあ」


 彩夏は何かを言いかけて思いとどまる。確かに最近、彩夏は依蕗葉に対して少し厳しい。それは依蕗葉がひよこ研究会という謎の会を立ち上げただけでなく、わざわざオカルト研究会と同じ階にやって来たからだった。

 依蕗葉は学部も同じでゼミも同じなのだが、基本的に不真面目である。大講義室では必ず後ろの席に座り、そこで何かしらのゲームをやり込んでいる。ゼミ室ではさすがに討論や講義に参加しているが、ノートやプリントには最低限のことしか書かれておらず、やるきのなさを前面に出している。友達付き合いもほとんどせず、自由気ままに過ごしているのがよく分かる人柄だった。そんな依蕗葉なので講義を飛ぶのはお手の物だが、何故かテストでは高得点を取ってくる。

 彩夏は人付き合いがあまり得意ではなかったが、不真面目な癖に結果は出してくるタイプはもっと苦手だった。なので依蕗葉と積極的に言葉を交わすことはなかったが、何故か依蕗葉は彩夏に絡んでくることが多かった。


「今日のお昼は何食べんの?」

「まだ決めてない」

「ふーん」


 というように、絡み方も毒にも薬にもならぬものだから、それがことさら鬱陶しい。彩夏はできるだけ高坂依蕗葉という自分とは正反対の立ち位置にいる存在から距離を置いていたかった。


「まあ、学部もゼミも同じなんだし仲良くしようよー」


 にへらと笑う依蕗葉を生気のない瞳で見つめながら彩夏は溜息をこぼした。そんな彩夏の気も知らず、依蕗葉はクッキーをもぐもぐと頬張り始めた。そしてそのまま彩夏に言う。


「でさ、私達で一緒にその猫を見つけようよ」

「え?」

「いや、だから一緒に見つけようよ」

「なんであなたと探さないといけないのよ。それと話すのは口の中のものを飲み込んでからにしなさい」

「はーい」


 そう言いつつも二枚目のクッキーに手を伸ばす依蕗葉を呆れた目で見ながら彩夏は頬杖をついた。

 恐らく依蕗葉はこちらがうんと言うまでクッキーをむさぼりながら待ち続けるのだろう。そう読んだ彩夏は仕方なく誘いに乗る。


「分かった、分かったわよ。一緒に探せば良いんでしょう?」

「さすが、オカ研の会長を任されることだけあるね。話が早い」


 わざとらしい依蕗葉のリアクションにむくれながらも、彩夏はあくまで事務的に話を促す。


「それで?その猫はどの辺りで見かけるのよ」

「うーん。一番多いのはビオトープの近くみたい」

「ビオトープって経済学部の裏手にあるやつ?」

「そう、それそれ」


 途端に彩夏はげんなりする。ビオトープとは生物の生息空間を保護したもので、自然環境の成り立ちを学ぶ場としての意味合いも持っている。だが、彩夏はこのビオトープが苦手だった。

生態系保護とも密接に関係するビオトープでは当然昆虫も生息しており、種の保護の観点からビオトープ近辺では虫除けスプレーの使用などは禁じられている。大の虫嫌いな彩夏にとってそれは拷問にも近い話だった。自然に近い環境だからこそ普段は直視する機会が少ない昆虫が豊富に存在している様子がありありと目に浮かんで、彩夏は思わずきつく目を閉じた。


「あれ、彩夏は虫が嫌いだったっけ?」


 依蕗葉が目をキラキラさせながら覗き込んで来たので、彩夏は顔をしかめた。


「そうだけど」

「へえ、そうなんだ。そういうの得意だと思ってたよー」


 ぶっきらぼうに答える彩夏を横目に三枚目のクッキーを手に取った依蕗葉が楽しそうに言う。

 ちなみに依蕗葉が先程から手を付けているクッキーは、彩夏がオカルト研究会、正確には自分のために用意したものである。それを断りもなく自然な流れで食べている依蕗葉が憎らしい。


「まあ、大変だとは思うけどさ。頑張ってその猫ちゃんを見つけよう!」

「嫌よ。ビオトープに行くのはパス。あなた一人で勝手にしなさいよ」

「えー。つれないこと言うなよー。オカ研のためにも頑張ろうよ」

「いや、そもそもあなたはオカ研のメンバーでもないから」


 それを聞いた依蕗葉が雷に打たれたような表情を浮かべる。そのまま動きが止まったが、やがてがっくりとうなだれてしまった。


「そんなあ……。ひどい……」


 両手で顔を押さえ始める依蕗葉に対して、彩夏は突然のことに戸惑った。


「ちょっと、依蕗葉。いきなりやめてよ。何か悪いことしたみたいじゃない」

「私も気持ちはオカ研なのに……。うぅ……」

「そんな風に駄々こねないでよ……」

「一緒に猫ちゃんを見つけたいだけなのに……」

「分かった、分かったわ。手伝うから顔上げて」


 途端に顔を輝かせてこちらを見つめる依蕗葉に圧倒されつつも、今更ながらに三文芝居に騙されたことに気付いた彩夏だった。


次回は25日の夜に投稿予定です!

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