一
胡麻富川沿いに連なる桜の木々はいつにも増して明るい表情を浮かべており、その足元では様々な部活・サークルが新入生歓迎会の準備のためにあくせくとブルーシートを広げていた。
多くの学生でひしめき合うその中で、彩夏と和葉は缶チューハイを片手にまったりとしている。
「やっぱり花見酒に限るわね」
そう言いながら缶チューハイを呷る姿はどこか垢抜けていて、和葉は思わずため息をついた。
「普通、そんな風に飲んだら周りから引かれるはずなんですけどね」
「あら、お酒に強い女性はダメかしら?」
「そうじゃなくて」
彩夏は嫣然と微笑むと、片手で缶チューハイのタブを起こして口元に運んだ。見せつけるような動作なのに、その一つ一つが何故か格好良く、美しい。
「それにしても遅いわね、寺谷たちは。買い出しに三人も連れ添ってどうしてこんなに時間がかかるのかしら」
「まあ、お花見シーズンですし仕方ありませんよ」
この場所に来るまでの道のりを思い返しながら和葉は彩夏をなだめた。普段は学生でにぎわう道路も、休日の今日は家族連れや社会人の一団によっていつも以上に混雑していた。
「だから早めに準備するようにって言ったのに。私なんて朝の六時から場所取りをしてたのよ」
不平不満をダラダラと並べつつも、やるべきことはしっかりとこなすからこそ多くの人に愛されるのだろうか。そんなことを考えながら和葉はコンビニで買ってきたチーズたらを手に取った。
「でも缶チューハイをもう六本も空けているじゃないですか」
「馬鹿ね。寒いから飲んでいたの。純粋に花見を楽しみ始めたのはついさっきみたいなものよ」
「会長。お酒を飲むとかえって身体が冷えるって知ってました?」
「そんなこと知ってるわよ。寒いっていうのは誰もいなかったってこと。いくら満開の桜に囲まれているとはいえ、一人でポツンと座っているのは堪えるものよ」
「じゃあ、私が早めに来て嬉しかったんじゃないですか」
和葉が冗談めかして言うと、彩夏が和葉の両頬を軽く引っ張った。
「ちょっと、何するんですか」
「こいつ、最近生意気なことを言うようになってきたわね」
そう言いながらも楽しそうに和葉の両頬をぷにぷにともてあそんでいるので、和葉はしばらくそのままにさせておいた。
こんなに上機嫌な会長を見るのは久し振りだった。といっても、何か悲しいことや辛いことがあった訳ではない。ただ単に恥ずかしがり屋なだけなのだ。それに、変に真面目なところがあるから飲み会があっても基本的にノンアルコールしか飲まず、後輩達が羽目を外し過ぎないようにストッパーとして目を光らせていることが多い。だからこそ幸せそうな彩夏を見て、和葉は少し嬉しく思う。
頭上にある枝から桜の花びらがひらひらと落ちてきた。シーズンといっても、二日前の雨のせいか早くも八分咲きのような見た目になっているのが少しだけ寂しい。
「ああ、そう言えば去年ここであなたに似た子を見かけたわ」
唐突に彩夏が真面目な表情で和葉を見た。
「え?去年は来てませんよ。というより新歓のお花見会すら参加出来てなかったんですから」
「あれ、そうだっけ?でも写真を撮ったような気がするんだけど」
袈裟懸けにしているハンドバッグからスマホを取り出すと、いくつか操作をしながらしばらく画面に見入っていた。それでいて右手は依然として和葉の左頬から離れていないのだから大したものである。
頬から伝わる何とも言えない心地良い感触から、自分は最近肉付きが良くなってしまったのだろうかという一抹の不安を覚え始めた時、彩夏がハッとした表情でスマホの画面を食い入るように見つめた。
「ほら、やっぱり」
「え?全く身に覚えが無いんですけどね…」
他人の空似だろうかと思いながらも、自信ありげに画面を見せてくる彩夏の表情を見ていると、自身の記憶の不確かさと相まって自信が無くなってきて、和葉は恐る恐る画面を見た。
「これって…」
そこに映っていたのは太り過ぎた灰色の猫だった。
「ほら、似てるでしょう?」
やはり太ってしまったのかと思いながら彩夏の右手を払いのけると、和葉は明日からの食事をどうするか真剣に考え始めた。スレンダーな体型には自信があっただけにショックも大きい。
隣で、すっかり酔っぱらった彩夏が駄々をこねる子供のように和葉の頬をつまもうと手を伸ばしてくる。
「ああ、和葉。ぷにぷにが、ぷにぷにが私の生きがいなの」
「ちょっと何言ってるか分からないです」
しばらくそんなじゃれ合いを続けていると力尽きたのか、彩夏がくたっと上半身を倒した。これでは完全にうつ伏せで眠っている酔っ払いだ。
和葉は何か肩に掛けてあげられるものはないかと辺りを見回す。
「でもね、この子があることを解決してくれたのよ」
「え?」
うつ伏せのまま、急に彩夏が話し始める。
「会長、大丈夫ですか?」
「大丈夫に決まってるでしょう?」
また起き上がる彩夏の表情は完全に酔っ払いのそれだったが、楽しそうにスマホの画面に映ったままのデブ猫を見つめている。
「その子が何を解決したんですか?」
「え?そんなのオカルトな話に決まってるじゃない」
思いがけない発言に和葉は耳を疑った。毎日参加している訳ではないから当然自分が知らない活動や相談もあるはずだが、それでもオカルト研究会を盛り立ててきたことにそれなりの自負があるだけに、自分が知らないことがあることに驚きを隠せない。
「それってどんな話ですか?」
「え?ああ、そのことね。どこから話そうかしら」
「早く教えてくださいよ」
オカルト関係であろう話を自ら進んですること自体珍しい。和葉は、酔って普段よりもガードが緩くなっている彩夏から話を聞き出そうと躍起になった。
「分かったわよ。でも、その前に」
そう言うと彩夏はまた楽しそうに和葉の両頬を軽くつまんだ。
次は23日23時投稿予定です。




