三
ケースの中身をよく見ようとメンバー達が押し合いへし合いしながら近付く。和葉もその波に呑まれる様にしてケースの元に行く。
何のときめきもワクワクも無い。ケースは透明だったので、中にいる生物の全体がよく見える。それは余りにも寸足らずで横に大きくなってしまった蛇の様な生物だった。
「おお……。これがツチノコ……」
「写真、写真撮らないと!」
「落ち着け!先ずは会報用だろ!」
「うわ、スマホの充電、後二パーセントだ。誰か充電器貸して」
またわいわいがやがやと騒ぎ出すメンバー達を横目に、彩夏は岡田を見る。
「で、誰が捕まえたの?」
「涼音だよ」
「え」
「嘘」
「嘘だ」
「またまたー」
「建斗が捕まえたんじゃないの?」
「ちょっと、皆してどういうことなんですか。説明してくださいよ」
涼音がふくれっ面でメンバー達を見回していた。
その傍で、彩夏が訝しげにケースの中身を覗き込んでいる。
「ねえ。これって本当にツチノコなのかしら?」
「ちょっと会長。さっきも言いましたけど現実的過ぎますって」
和葉はそうツッコミを入れたものの、自身としてもケースの中身がツチノコだとは思えなかった。
先ず、小さいとはいえ脚らしきものが付いている。そして色味がけばけばしく見えるオレンジ色の細い帯の様な模様が目に留まった。目撃した菫の話では、ほんの少し赤みがかった茶色だったはずである。
その辺りに気付いた他のメンバー達の雰囲気が伝染し、先程までの熱気は既に冷めつつあった。
何より目撃者の菫自身が言いにくそうではあるものの、違う、コレジャナイ感を出していた。
「いやいや、皆良く見てよ。絶対ツチノコだって」
空気を読んだ涼音が慌てて訴える。
いや、普通はツチノコなんているはずない、と和葉は心の中で涼音にツッコミを入れる。別にUMAを信じていない訳ではないが、自分達の大学の裏山に、それもデートスポットにピンポイントでいるはずがないのだ。ただ、それを口に出すのは無粋だから何も言わないだけの話である。
ただ、現実的故に無粋なコメントをする者は必ずいるので、それを防ぐ為に和葉は周りに注意を向けた。
「……さっきからジロジロと。何なのかしら?」
「いえ、別に……」
彩夏が訝しげに和葉を見返した。
「うーん。これはトカゲなんじゃないかしら」
無粋なコメントをする奴が他にもいた。和葉は溜息を溢したくなるのをグッと堪えてそちらを見やる。
しれっと室内に残っていた依蕗葉が口を出していた。皆の視線が集まっていることを意に介さず、スマホをジッと見ている。そしておもむろにその画面を皆に見せた。
「ほらね」
それはフリー百科事典の一ページだった。ホソオビアオジタトカゲとされている写真は確かにケースの中身と一致する。
「この子ってツチノコじゃなくホソオビアオジタトカゲよ」
ずばりと答えを言い放ち、メンバー達にとどめを刺した。
そんな中、岡田は得心がいった顔で頷いている。それを見た理香子が突っかかった。
「え、あんた知ってて捕まえたの?」
「いや、逃げ足が微妙な感じだったからなあ。もしかして違うんじゃあねえかって思うことはあったさ」
「え、そうだったんですか」
「いや、皆藤もそう思ってただろ?跳ばないから捕まえやすいですねって言ってたじゃんか」
「確かに言いましたけど……。まさかツチノコじゃないって思わないじゃないですか」
がっかりする涼音を建斗が宥めている。だが、それ以上に慰めが必要なのは意外にも理香子だった。
「ツチノコ……。遂にツチノコを見つけたと思ったのに……。トカゲ。まさかのトカゲ……」
落胆激しい理香子をおろおろとした様子で彩夏が見ている。他のメンバー達も戸惑いを隠せていない。
見るに見かねて愛梨と菫が声を掛ける
「先輩。今回はトカゲだっただけですって」
「そうですよ。私が見たのはこのトカゲじゃなくてツチノコでしたから」
だが、一度崩れ去った理香子はそのままどんよりとした面持ちでブツブツと「ツチノコ……トカゲ……」と連呼している。
普段そんな表情を見せたことが無い親友の態度に彩夏は戸惑いを隠せない。そんな彩夏にするりと依蕗葉が近寄って言った。
「多分、これが原因だと思う」
依蕗葉が示したスマホ画面を見た彩夏から力が抜けた。
その様子を見た周りのメンバー達も続々と画面を見る。そして一様に何とも言えない表情を浮かべた。和葉も画面を見る。
『あなたのUMA目撃談募集中!ビッグフットやツチノコなどのメジャーなところからインカニヤンバやセルマといった通好みのUMAまで大歓迎!捕獲した方には賞金二百万円を贈呈!お問い合わせは……』
和葉は無言で理香子を見た。その時には理香子は立ち直っている様子だったが、代わりに照れくさそうな笑みを浮かべている。
「いやー……。やっぱり憧れるよね。UMAってさ」
「テンション高いと思ったら、賞金目当てだったのね……」
「いや、彩夏さん違うんですよ。私はツチノコに情熱を……」
そっぽを向く彩夏に理香子が必死に訴えている。二人の様子を見たメンバー達は苦笑いを浮かべると徐々に思い思いの行動を取り始める。
「やっぱりこういう感じで終わるよね、オカ研って」
涼音が肩をすくめると、奏恵も頷いた。新入生メンバー達はどうしたらいいのか反応に困っていたが、早くも博史が打ち上げにでも行くかとご飯に誘っている。
そんなのどかな時間が流れ始めた時、依蕗葉が思い出したかのように全員に言った。
「ところでこの子をどうするの?もし逃がすつもりなら私、飼いたいんだけど」
その言葉に全員の動きが止まる。
そのリアクションを受けても、相変わらず依蕗葉はぽやっとした表情を崩さない。中々なメンタルの持ち主だと和葉は密かに称賛した。
「飼うって……。あなた、それが何か分かってるの?猫や犬を飼うのとはまた違うのよ?」
彩夏が心配そうに依蕗葉を見やる。だが、依蕗葉は胸を張って答えた。
「大丈夫よ。私はひよこ研究会の会長なんだから」
「ごめん、ちょっと何言ってるか分からない」
冷静な彩夏のツッコミもものともせず、早くも依蕗葉はトカゲがいるケースを大切そうに抱きかかえている。
「いや、だからトカゲは犬や猫の感覚で飼えないって」
「ひよこだってそうなのよ?でも私はしっかりと育ててるわ。ならトカゲだって大丈夫」
「……言いたいことは分かったけど、全力で止めたい私がいる」
「残念だけどあなたにはもうこの思いを止めることは出来ないわ。一目惚れしたからね、この子は私のものよ」
言葉だけは真剣味を帯びているが、気の抜けた様な表情を浮かべ続けている依蕗葉の真意はどこにあるのかよく読み取れない。
同じ結論に達したのか、それとも考えることを止めたのか、彩夏はもう何も言わず、お手上げと言わんばかりに両手を挙げた。
その様子を見て、依蕗葉は嬉しそうにケースを抱えて部室を出ていった。余程嬉しかったのか鼻歌交じりだった。
「結局のところ、一番のUMAは依蕗葉先輩なのかも」
「そうかも」
「そうだよ」
「変わってるよね、依蕗葉先輩」
新入生メンバー達が次々に話し始め、そこからくだけた、ゆるい雰囲気が周りに広がっていく。
その様子を見た彩夏が軽く手を叩いて話し始めた。
「ということだから、会報の一面記事はツチノコの正体に迫った内容で宜しくね。今日はレイアウトだけ決めてお開きにしましょう」
「はーい」
理香子が脱力しながら返事をする。他のメンバー達も頷くと、また思い思いの作業に戻っていく。
どこか気怠いその空気の中で和葉は手を挙げる。それに気付いた彩夏が和葉を見た。
「どうしたの?」
何人かが手を止めて和葉の方を見る。和葉はずっと気になっていたことを口にした。
「いえ、今回のツチノコ騒動ってまだ終わってないなって思いまして」
「何言ってんの。正体はあのホソなんちゃらトカゲだったじゃない」
ツッコんだのは奏恵だった。ホソオビアオジタトカゲと心の中で訂正しつつ、和葉は奏恵を見た。
「それは今回の話に限ってのことじゃない。菫が見たのとは全然違うって本人が言ってたでしょうよ」
和葉は菫を見る。落ち込む理香子を慰める時、確かに菫は言ったのだ。「私が見たのはこのトカゲじゃなくてツチノコでしたから」と。
菫は頷いた。
「はい、そうです。私が見たのはあんなに明るい色をしてませんでした。大きさも違いましたし、脚だって付いてませんでした」
おもむろに理香子が立ち上がる。先程までとは打って変わってその瞳には炎が煌めいていた。
「そうよ、今回のはたまたまトカゲだっただけで、ツチノコはまだいるはずよ!いえ、絶対にいるわ!」
彩夏が溜息をついて、手で顔を覆った。
「ちょっと。もうホソオビアオジタトカゲで良いじゃないの」
「いや、良くない。このままだと目撃した菫が納得出来ないだろう」
そう言ったのは意外にも岡田だった。これには理香子も驚いている。
「俺は和葉の言う通り、まだ終わってないって思うな。菫自身はどう思う?自分の見たやつの正体を知りたくないか?」
岡田が菫を見る。皆の注目が集まって菫はどぎまぎしていたが、やがてか細いながらもはっきりとした声で言った。
「はい。知りたいです」
彩夏がまた溜息をつく。だが、その表情は柔らかい。
「じゃあ、決まりね。明日以降も調べていきましょう」
「よっしゃー!賞金二百万!」
「理香子はこの後私とお話をしましょうか」
「いや、ちょっと予定があるので遠慮します。え、そんなマジな感じで見ないでください」
再び始まる彩夏と理香子の掛け合いに皆が微笑む。
ホソオビアオジタトカゲですが、Wikipediaでの写真を見てると
ずんぐりむっくりとしたフォルムが愛らしいんですよね。




