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オカルト研究会の有閑な日常  作者: 賀来文彰
ツチノコを探せ!
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 彩夏は悩んでいた。

 近頃のオカルト研究会は良くも悪くも活気があり過ぎる。基本的に静かなところで誰にも邪魔されずまったりしていたい彩夏にとって、ごみごみとしてはいないものの視界に人がひっきりなしに映る状態はまだ慣れない。

 メンバー達がよく来るようになったのは決して悪いことではないのだが、急な変化も困りものだと彩夏は思う。そしてその変化を生み出す原動力が近頃自分にも影響を及ぼしているのも悩ましい。


「会長。何か元気ないですね」


 悩みの種が彩夏の顔を覗き込んできたので、彩夏は気怠そうに前に向き直った。


「仕方ないでしょう。ここ最近は出ずっぱりなんだから」

「まあ、そう目くじらを立てないでくださいよ。幽霊部員ならぬ幽霊部だったオカ研がこんなに人が集まるようになったんですから良いじゃないですか」

「まあね……」


 彩夏は肩をすくめると椅子の背もたれに深く身を沈めた。


「あ、まただらけようとしてますね」


 和葉も隣の椅子に腰かける。そして全身から力を抜いた。両腕がだらんと垂れ下がっている。伸びている猫もびっくりするくらい見事なだらけ具合である。


「逆にその姿勢辛くない?」

「うーん。まだ大丈夫そうですね」


 と言いながらも既に眠たげな表情を浮かべる和葉に向かって、彩夏はペットボトルを軽く放り上げた。

 中身が半分以上残っているペットボトルは綺麗に和葉のお腹に吸い込まれた。「ぐえっ」という呻き声が漏れる。


「ちょっと何してんすか」

「いや、余りにも綺麗に伸びてたから、つい……」


 笑いを噛み殺している彩夏を軽く睨みながら、和葉はお腹の上のペットボトルを取ると蓋を開けて飲み始めた。

 驚いたのは彩夏である。


「いや、ちょっと何やってるのよ」


 彩夏の制止を片手で軽く捌くと、和葉はペットボトルを口元から離す。中身はほとんど無くなっていた。


「これ、美味しいですね」

「新しいのを買いなさいよ」

「え、会長って後輩にたかるんですか。残念です」

「そういう時だけ後輩面するのはやめなさいよ」


 互いにパイプ椅子に腰掛けたままじゃれ合い始める二人を見て、他のメンバー達は心の中で溜息をついた。


「遅くなりました」


 そう言って部室に入って来たのは菫と実加だった。二人の方を見た彩夏は椅子に座り直す。


「お疲れ様。じゃあ、そろそろ行きましょうか」


 菫と実加が頷いた。今日、竪琴山に出向くメンバーに彼女達も含まれている。

 和葉がまったりした表情で菫と実加を見つめていた。


「気を付けてね。いってらっしゃい」


 まだだらけている和葉のお腹を彩夏が軽くはたいた。「ぺしっ」と良い音がする。


「ぐはっ」

「何が「ぐはっ」よ。ほら、あなたも準備なさいな」

「え、いや、自分はこの前行ったじゃないですかー」

「一回やったら終わりじゃないの。ほら、シャキッとなさい」

「はーい」


 和葉は軽く伸びをすると立ち上がる。その様子を見た彩夏が軽く溜息をついた。

 前回和葉と出向いた時はおやつを食べたくなる時間帯だったが、今日は午前で講義が終わるメンバー達ばかりなので太陽もまだ高い。

 柔らかな日差しに目を細めながらメンバー達は構内を歩いて行く。食堂に向かう学生達を尻目に法学部棟へ歩いていると、前から歩いて来る男子学生が手を挙げてきた。


「ん?誰だっけ?」

「さあ、私も知らないです」

「あ……」


 首をかしげる彩夏と和葉の隣で実加が反応する。目ざとく和葉がそれを見て取った。


「みかっちの友達?」


 やけに「友達」の部分を強調しながら和葉が聞く。それに対して実加は俯いたまま答えなかった。


「和葉。実加をいじめないの。それにもうあの子の用は済んだみたいよ」


 彩夏の言葉に振り返ると、男子学生が左手に曲がっていくところだった。そしてその姿をこっそりと見送る菫が目に入る。


「ははーん」


 和葉がじろりと菫を見る。菫は顔を赤らめた。


「なるほどですね。今の子がツチノコ騒ぎの発端ですか」

「こら、和葉。菫が困ってるでしょう」

「いや、会長。目撃者ならオカルト研究会として聞き取り調査をすべきではないでしょうか」

「ねえ、菫。ツチノコを見たって話してくれた時、そこにいたのは自分だけって話だったわね?」

「はい……」

「なら、そういうことでしょう?それで良いじゃない」

「ちょっと!」


 菫の目が彩夏を崇拝していた。和葉は慌てて抗議の声を上げるが彩夏はどこ吹く風である。その様子を実加が微笑まし気に見ている。

 のどかなひとときだった。


「うわー、花が綺麗ですね」


 実加が声を上げる。散策コースの途中にある花壇エリアに咲く花々は目に優しく、安らぎを与えてくれる。


「前とはまた違っていい雰囲気ですね」


 菫が口元をほころばせる。立ち込める良い香りに彩夏も和葉も本来の目的を忘れてまったりとしている。


「ちょっとこの辺りで休んでいきませんか?」


 和葉が彩夏に提案する。彩夏は頷くと近くにベンチが無いか見回した。


「ん?あれって……」

「どしたん?」


 実加が何かを見つけ、目を凝らしている。それに気付いた菫が近寄っていく。


「うわ」

「ねえ、あれって……」


 何かを見つけたらしい二人がその場で固まってしまっているのを見て、気になった和葉は二人の元に近付いた。


「何かいたの?」


 返事をしない二人の肩越しから視線の先を見やる。

 そこにいたのは、ずんぐりとしたベージュ色っぽい生き物だった。五メートル先くらいの草むらで美味しそうに葉っぱをむしゃむしゃと食べている。


「あれって……ツチノコだよね?」

「多分……」

「和葉先輩も見えてますよね?私達の見間違いでは無いですよね?」


 ツチノコらしき生き物はふと三人の方に顔を向けた。


目と目が合う。


 全く動けなくなった三人をジッと見つめるその生き物の視線を真っ向から受けながら、和葉は蛇に睨まれた蛙の気持ちが分かるような気がした。

 その生き物は一通り三人の顔を見渡すと、悠然と前に進み始めた。その間、ずっと葉っぱを食べ続けている。

 和葉達は緊張と興奮の中で立ち尽くすほかなかった。UMAかもしれない生き物が目の前にいるのだと思うと、何とも言えない不思議な感覚に包まれる。


「あれがツチノコなのね」


 だからこそ、急に声を掛けられると過敏に反応してしまう。文字通り飛び上がる様に驚いた三人を見て、ツチノコらしき生き物が警戒の眼差しを向けてきた。


「ちょっと会長。おどかさないでくださいよ……!」


 腹話術師もびっくりするくらい口元を動かさず、出来る限りの小声で和葉が彩夏をたしなめる。

 だが彩夏は三人の脇を通り過ぎると、呑気にツチノコに近付いた。


「ちょっと……!」


 和葉の必死の制止むなしく彩夏は歩み寄っていく。一歩一歩はさすがに小さいがそれでも自然な流れで近付く彩夏に、ツチノコのような生き物は声を上げた。


「チー」


 何とも説明できない音を立てて、上半身の部分を持ち上げる。威嚇しているのだろう。表情は無いはずなのに形相が恐ろしく見える。


「あら、あなた可愛いわね」


 どう見ても可愛くない顔なのに彩夏は心からの笑みを浮かべている。未だ動けない三人はジッと不思議な一人と一匹を見つめるしかなかった。


「チー」


 さっきよりも鳴き声が低く聞こえる。一段と警戒を強めたのか持ち上げた上半身を少し後ろに反らせている。


「会長、跳びかかって来るかもです」


 やっとの思いで和葉が口にするが、彩夏はどこ吹く風だ。そのままその場にかがむとツチノコらしき生き物を見つめた。


「ちょっ、彩夏先輩!」

「何やってんですか……!」


 実加と菫が必死になって彩夏に呼び掛けるが、彩夏は気にするそぶりを見せない。それどころか近くにあった手頃な葉っぱをちぎると、右手に乗せてそれを差し出した。

 これには相手も驚いたようで、未だ上半身を持ち上げたままだが反りはなくなった。そのまま彩夏のことをジッと見つめている。

 彩夏は相変わらず笑みを浮かべたまま、葉っぱを差し出している。

 ツチノコのような生き物が彩夏の方へ少し前進する。後もう少しで葉っぱに舌が届きそうな位置まで来た時、急にその生き物は反転するや否や後ろの草むらに突き進み始め、そのまま姿を消した。


「うーん。後少しだったんだけどね」


 彩夏がため息をつく。


「会長、あれって……」

「ええ、ツチノコでしょうね」


 ようやく動けるようになった和葉が真っ先に確認すると、特に興奮することも無く彩夏が答える。

 そんな中、菫はまだ呆然としていた。それに気付いた実加が菫に寄り添う。


「大丈夫?」

「うん、大丈夫……。ちょっとびっくりしただけ」


 菫の顔色は少し青かった。


「すみれっち。大丈夫?どこかで休む?」

「いえ、本当に大丈夫です。有難うございます。でも、まさかもう一回見れるって思わなかったから……」


 よく見ると菫の瞳はきらきらと輝いている。顔色が悪いのは未だ緊張から解き放たれていないからだろう。


「あ」


 実加が何かに気付いた様子だった。彩夏が様子を窺う。


「どうしたの、実加?」

「ツチノコの写真、誰も撮ってないです」

「あ」

「あ」

「まあ、いいじゃない。写真撮ってもどうせ誰も信じないんだから」


 しまったという表情を浮かべる和葉と菫とは違い、彩夏は呑気なものである。


「でも、どうします?これだとツチノコの実在を証明できないです」


 実加が困惑した表情で言う。それを聞いた和葉がハッとした表情を浮かべて彩夏を見やる。


「会長、まずいですよ。ツチノコがいたのにこれじゃあ意味ないですよ」

「え、何が?」

「会報どうするんですか。また自治会につつかれますよ」

「うーん。でも写真とか撮れた訳じゃないし、仕方ないじゃないの」

「もう、能天気すぎますよ!」


 和葉が盛大に突っ込む。だが、彩夏は涼しげな表情を浮かべて我関せずといった様子である。

 そんな二人を眺めながら菫と実加は思わず笑みを浮かべた。


「はあ、もういいです。二人ともご飯食べに行こっか。何だか拍子抜けしちゃったし」

「え、和葉。私は?私は?」


 散歩コースがにわかに騒がしくなる。なんだかんだ言い合いながらも大学に戻る四人に柔らかな日差しが降り注いだ。


次回より新章ですが、その前にここまでの

時系列を挟みます!

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