一
今回から新章です。
幽霊絡みの話が続いていましたが、今回より
UMAが登場します。
「和葉先輩。ちょっとお聞きしたいんですけど……」
「どうしたの、すみれっち。そんなにかしこまって」
「オカ研ってUMAも扱ってますか?」
「そりゃあオカ研だからね」
「でも、お化けっぽい話が多くないですか?」
「まあ、確かにそうだよね」
「……UMAの話を議題に挙げても良いんですかね?」
「いや、ダメなことは無いはずよ。どうしたの?何か面白いネタでも見つけたの?」
「それが……。ツチノコを見つけちゃったかもしれないんです」
「ふーん……。ツチノコよね?」
「はい。ツチノコです」
「何処で見つけたの?」
「それが……。法学部棟裏手に見えるあの山です」
「あそこ?」
「はい」
「なんでまたあんな所に?」
「時間が空いてる時はよく散策するんです。上の方は見晴らしが良いですし」
「ふーん」
「……」
「あそこってデートスポットだよね」
「みたいですね」
「ふーん」
「……それでですね、ツチノコなんですが」
「デートスポットになってるところになんて、いるわけないじゃん」
「いや、本当に見た……」
「ツチノコねえ……」
「……」
「……この話は聞かなかったということで」
「そんな……」
菫とのやり取りを切り上げ、気分転換に古藤ハーブ園にでも繰り出そうと思っていたら彩夏と理香子に捕まった。二人とも先程のやり取りを聞いていたらしく、めでたく和葉は彩夏に引きずられる様に部室へと連行されることになった。その後ろを理香子と菫が遠い目をしながらついて行く。
今日もオカルト研究会は平和だった。
「では、今日の活動を始めます」
副会長の理香子が重々しく宣言する。
今日の部室はいつになくメンバーが多かった。確かにオカルト研究会と言いつつも怪談や心霊現象絡みの話が多く、近頃は「怪奇現象研究会」と一部のメンバーからも揶揄されている。それだけに今回のUMA目撃情報に対する期待値は高いのだろう。
「グループトークでも簡単に伝えたけど、今日の議題は竪琴山でのツチノコの目撃情報についてです。目撃したのは菫。じゃあ、菫。後はお願い」
「はい」
理香子に一礼すると菫は前に出る。
少し緊張している様だが、軽く息を吸い込むと話し始めた。
「私がツチノコを見たのは二日前のことでした。その日最後の講義が臨時休講になったので、時間が空いた私はそのまま裏手の竪琴山に行くことにしました。山ですが、皆さんもご存じの様に法学部棟裏手側からだと中腹にも行けない、片道二十分程度の短い散策コースがあるだけで、後はそこから右手に少し離れた場所に新築の一戸建てが立ち並ぶエリアのみとなっています。
私は散策コースの途中にある花壇エリアで休憩を取っていました。ふと自分が歩いてきた道のりを見返していると、近くの草むらに尻尾みたいなうねうねとしたものが動いているのを見つけました。最初は蛇だと思って、刺激しない様にその場でジッとしていたんですが、向こうの方からこちらに近付いてきました。それは確かに蛇の頭をしていましたが、胴は短く、特に太かったのが印象的でした。それでツチノコだと思った私は思わず一歩近付いてしまったんですが、その途端にツチノコはまた草むらに入り込み、そのまま姿を見せることはありませんでした。私が見たのは以上です」
菫が小さくお辞儀をした。表情はまだ軽く強張っているものの、先輩が多い中でよく最後まで話したと和葉は思う。
「ねえ、すみれっち。何ですぐに報告しなかったの?」
聞いたのは奏恵だった。
「それなんですが……。最初、自分が見たものを信じられなくて。自分なりに確証を持ててからお話しようと」
目撃した後、菫は図書館に急いで戻り、調べられる範囲で調べていたらしい。家に戻ってからもネット検索を怠らなかったというのだから、オカルト研究会メンバーの鏡である。
次に手を上げたのは中森だった。
「菫が見たツチノコってどんな色だったの?」
「ほんの少し赤みがかった茶色でした」
「長さはどれくらい?」
「一瞬のことだったので正直何とも……。でも、三十センチくらいの印象でした」
後ろの方から手が上がる。会計を担当している岡田だった。彩夏や理香子と同じく三回生で、かつ要職にありながら幽霊部員の一人だ。
「その時、他には誰かいた?」
「……。目撃したのは私だけでした」
一瞬、間があったのは気のせいだろうか。答え方も何だか歯切れが悪い。
「他に気付いたことはある?」
「いえ、特にはありませんでした」
「そっか。有難う」
岡田がすぐに引っ込む。
そこで彩夏が立ち上がった。
「という訳で、私達はこの件をしっかりと調査すべきだと思うの。因みに最初に断っておくけど、この話を教えてくれた時、菫はずっと見間違いの可能性を訴えていたわ。だからこそ、私はしっかりと調べてあげるべきだと思う」
「そうね。彩夏の言う通りだわ。それに調査場所がすぐ近くっていうのも良いよね」
理香子も同調する。
「というわけで、私達オカルト研究会はこれから竪琴山のツチノコ調査を行います。皆で力を合わせましょう」
「おおー」
彩夏の呼び掛けに生き生きとした表情でメンバー達が返事する。
「あ、竪琴山に行く時は必ず私達三回生から一人は同行させること。いくら皆にとって通い慣れた散策コースでも、今回は活動の一環だから安全面に考慮してね。でないと自治会がうるさいから」
思い出したかの様に理香子が付け加える。その隣で彩夏が忘れていたという顔をしていた。
肝心のところで締まらないのもオカルト研究会らしい。
抜ける様に空が青かった。
和葉はゆっくりと空気を吸い込む。緑に囲まれた中で味わう爽やかな香りが心のざわめきを落ち着かせてくれる。
そして和葉はキレた。
「どうしてこうなった!」
「全くうるさいわね。そもそも、あなたが悪いんでしょうが」
彩夏が呆れた様子で言う。
菫からの相談を邪険にしている様子を見とがめた彩夏は和葉をこってり絞り、罰としてツチノコ調査の第一陣を命じた。
ということで、和葉は普段なら絶対に着ることの無いジーンズとTシャツに身を包み、これまた普段は決して身に付けない軍手をはめて散策コースを歩きながら、近くの草むらに目を凝らしている。
すれ違うカップル達が和葉を珍し気に見ている。通り過ぎてしばらくしてから軽い笑い声が響く。それが数回ほど繰り返されて、先程の展開となった。
「リア充爆発しろ」
「そんなこと言ってる暇があったらしっかり足元を見なさい」
和葉が恨めしそうに、遠ざかっていくカップルの後ろ姿を睨みつけている。その様子を見て彩夏は溜息をついた。
竪琴山の散策コースを登り切るとそこは展望台になっており、街並みとその奥に見える海を一望することが出来る。ただ、この展望台の近くにあるのは大学とその周辺に点在する住宅くらいなので、ここを利用するのは必然的に学生のカップルばかりとなる。そして和葉はまだここを利用出来ていない。
菫の話を取り合わなかったのはこれが原因であることに彩夏も気付いていた。
どういう訳か和葉はモテない。ルックスは良く、大学のグランプリに選ばれてもおかしくないと評されている。実際、和葉狙いでオカルト研究会に入会したがる男子学生が学年問わず一定数いる。当然スタイルも良く、和葉は嫌がっていたものの今日の格好は彩夏から見てもとても刺激的に映る。性格が悪い訳でも無い。後輩達からすぐに好かれる、面倒見の良い人柄は評判だった。それなのにモテない。不思議なくらい全然モテない。このモテなさはもうオカルトなんじゃないかと、冗談ではなく真面目な顔で陰で話題にされるくらいモテなかった。
だがそのことを一回生の菫が知るはずもなく、本人はあくまでオカルト研究会のメンバーとして先輩に相談したつもりだったのだが、それが地雷を踏むことに繋がった。後で理香子からそのことを聞かされた菫はかなり落ち込んでしまい、涼音や奏恵がしばらく慰めていた。
「会長……。もう休憩しませんか?」
和葉が情けない声を上げる。彩夏はそろそろ潮時かと思い、和葉の提案を受け入れた。
休憩といっても散策コースなのでそこかしこにスペースがある訳ではない。一旦、展望台まで登り、そこにあるベンチで休むことにした。
「喉が渇きましたね」
「そうね」
「飲み物を買って来るのを忘れてしまいました」
「そう」
「結構汗をかいたんですよね」
「ふーん」
「……」
「……」
「……。あの、何か奢ってくださいよ」
「最初からそう言えば良いじゃない」
彩夏はやれやれといった様子で、持ってきていたコンビニの袋を開ける。
「お茶が良い?それともジュースが良い?」
「ジュースでお願いします!」
「はい、どうぞ」
「有難うございます!……って、何でトマトジュースなんですか」
「身体に良いからに決まってるでしょう」
「会長。運動したこと無いですよね?こんなの飲んだら絶対に喉が渇くじゃないですか。そもそもドロッとしてるし。絶対にありえない。さすがに引きます」
「うるさいわね。だったらお茶にすれば良いでしょう。ほら」
「有難うございます。いただきます……」
渡されたお茶はほうじ茶だった。よりによって何故ほうじ茶なのかと和葉は思わずにいられなかったが、彩夏のセンスにはこれ以上触れてはいけないという謎の予感が働き、黙ってそれを飲むことにした。
隣で彩夏はトマトジュースを飲んでいる。飲みにくくないのだろうか。
「あー。美味しいわね、これ」
和葉の心配は杞憂だった。彩夏は幸せそうな表情でペットボトルを傾けている。
「甘すぎませんか、それ」
「うーん。確かにちょっと甘めよね。もう少しトマトの味が勝ってても良いのだけれど」
「そうですか」
「ふん、随分気の無い返事ね。全く、あんたって子は可愛げのない」
「え、それはどう答えても地雷じゃないですか。そもそも私はトマトジュースを飲まないんですし」
「うわ、トマトジュースを飲まないなんて人生の七割損してるわね」
「どんだけトマトジュースの割合高いんですか」
和葉は思わず吹き出す。それにつられて彩夏も笑い出した。
辺りに二人の笑い声が響く。空の向こうへ翔けていくカラスが鳴いている。
吹き抜ける風が快い。和葉は立ち上がると全身で風を体感し、真正面に広がる風景に目をやった。
「わあ。綺麗ですね」
眼下には自身が通う大学と街並みが広がる。こうして見るとフレーバーロードと呼ばれる胡麻富通商店街が随分と長いのがよく分かる。右手にあるであろう古藤ハーブ園は位置的にギリギリ見えないが、そこへ向かうロープウェイはかろうじて見ることが出来る。街並みのずっと奥には海が広がっており、豪華客船だろうか、大きな船が停泊しているのがよく見えた。
その近くには、構内のトレーニングルームでもよく流れている有名ラジオ番組の放送局やレストラン、雑貨店などが立ち並ぶショッピングモールの様な場所がある。ここには、以前から行ってみたいと思うお洒落なカフェがあるそうだが、カップルのデートスポットになっているとのことで、和葉はまだ足を運ぶ気にならない。
「この風景が見れるだけでも、ここに来て良かったわね」
「会長が調査そっちのけでそんなこと言うなんて……。明日は雨かも知れない」
「違うわよ。まあ、調査もだけど。ここってのは大学のこと」
「ああ、なるほど」
大学といえば普通は人里離れた場所に位置することが多いが、和葉達が通う大学は珍しいことに住宅地の中にポツンと立っている。都会の中の大学はそんなものだと県外の友人に言われたことがあるが、そんなものだろうかと和葉はよく思う。
「私は元々すべり止めだったので、余り思い入れが無かったんですよね」
「え、そうなんだ。勝手に本命だと思ってた」
「私立に本命って中々少ない気がしますよ」
「そうかもだけど、ここは学費も比較的安めだからね。意外と国立と変わらないのよ」
「今なら分かるんですけどね」
和葉は苦笑いを浮かべる。
「会長は本命だったんですか?」
「うん。ここが一番肌に合ったの」
そう言う彩夏の横顔は愁いを帯びていた。その様子を見て和葉は思いっきり伸びをする。少しわざとらしさが出ていたかなと思いながら、ついでにほうじ茶も一口飲み進める。
彩夏は軽く微笑むと和葉に言った。
「さあ、そろそろ引き返しましょうか。休憩し過ぎたわね」
「そうですね。あんまり長くなっても良くないですし」
下り坂は気が楽だなと思いながら、和葉は歩みを進めた。




