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オカルト研究会の有閑な日常  作者: 賀来文彰
ブラックコーヒー
43/73

活動報告にも書きましたが、ユニーク数が

目標まであと一人となっていました!

皆さん有難うございます。

「いやー、あの時の和葉さん、すごい迫力だったのよ」

「へえ」

「どこの小説の登場人物ですかっていうくらい、かっこよかったなあ」

「ふーん」

「一緒にいた子なんてボロボロ泣いちゃって。それまで和葉さんに酷いこと言ってたのに、ちょっとブーメランされただけで物凄くへこんでたわ」

「……」

「最後の啖呵もかっこよかったなあ。和葉さんって意外と武闘派な感じっぽい?」

「もうそれくらいにしてあげなさいよ、依蕗葉」


 手元の本から目を上げることなく彩夏が言った。部屋の奥では、和葉が壁に頭を打ち付けたまま現実逃避している。

 学部の違う依蕗葉がわざわざ距離のある文学部棟のカフェ・リラクシンに何故いたかは分からないが、そんなことはもうどうでも良かった。和葉が部室に来た時には既に、依蕗葉は自分が見かけた一連のやり取りを楽しそうに彩夏に話していた。最初こそ、それを何とか食い止めようとした和葉だったが、自分達三人の他に誰もいないこの状況下では依蕗葉の悪巧みを抑えきることは出来ず、そのまま現実逃避することを選んだのだった。


「でもまあ、真面目な話をすると、その子は幸せだよね」


 最後にそう言うと、依蕗葉はそのまま部室を出ていった。

 扉が閉まる音を聞きながら、和葉はこのまま窓の外から飛び降りたい気分だった。友人に思春期の黒歴史をバラされて発狂しそうなくらい悶絶している男子を見かけたことがあったが、今ならその気持ちが痛いほど分かる。


「和葉、今日の活動は休んだら」


 恐る恐る顔を上げたが、相変わらず彩夏は本に目を通したままである。目線が合うのも辛いが、こうも合わないと気を遣われている様な感覚になって、これはこれで辛いものがある。


「いえ……」


 本当は逃げ出したいが、そういう訳にはいかなかった。そもそも部室に来たのは色々な情報を持っているメンバー達にそれとなく探りを入れる為だ。真奈美が体験した恐怖は今朝のことであり、また他に誰もいなかったことなので正直見込みは薄いが、他の音楽系の部活で似た様な話が出ている可能性は捨てきれなかった。

 問題は彩夏である。和葉が来た時には話が始まっていたので、依蕗葉がどこまで伝えているかは分からないが、鍵の連絡のことまで知られているとなると非常に動き辛い。まして、個人的に引き受けると言ったことに対して怒っていてもおかしくなかった。


「あの……。依蕗葉さんの話なんですけど……」


 恐る恐る和葉は切り出す。


「ジャズ研に出た幽霊の正体を自分で掴むって話?」

「勝手なこと言ってすみませんでした」


 和葉はすぐに頭を下げた。

 ようやく視線を本から上げると、彩夏は軽く笑った。


「依蕗葉の言う通り、そのお友達は幸せだと思う」


 穏やかな笑みだった。


「依蕗葉から聞かされた話は全部作り話って思ってるから、鍵のことも別に信じてないの。そもそもジャズ研のことは関係無いんだから。それとお友達の体験談も又聞きみたいなものだから、噂と一緒のレベルでしょう?そんなものをメンバーが勝手に調べたところで何の問題もないと思うけどね」


 和葉はもう一度頭を下げた。


「あ、でも先に言っとくけど、私はそんな噂知らないからね」


 彩夏は面倒事を避けるかの様に手を振ると、また手元の本に視線を戻した。

 その後、続々と集まってきたメンバー達に幽霊騒動の噂が無いかを聞いて回ったが、誰も心当たりは無かった。ただ、自治会に友人がいるメンバーの話によると、部室候補となる部屋の準備や元々あった物の整理にはまだ時間がかかるらしく、後三日は今の状態が続くとのことだった。


「因みにどんな研究会が出来たの?」

「料理研究会らしいよ」

「へえー。入ってみようかな」

「あり」


 メンバー達がいつもの雑談モードになったので、和葉は適当に相槌を打ちながら早くも手詰まりの感覚になっていた。


「というわけで私も朝練することにしました」

「何が「というわけで」よ」


 真奈美が嘆息した。和葉も苦虫を嚙み潰した様な表情で、警備センターで鍵を借りる手続きを進めている。

 まだ新歓の熱気も冷めやらぬ五月上旬の爽やかな朝だった。普段とは違う構内の静かな雰囲気が、いつもより早起きしたせいで未だ眠気が取れていない和葉を優しく包み込む。気持ち良さげに澄んだ空気を吸い込んでいる和葉を呆れた様子で見つめながら、真奈美はグループトークに鍵を開ける旨を報告している。


「まあ、昨日の今日だから情報も全然集まってないのよね」

「そうだろうけど。でも、なんで私まで巻き添えなのよ」

「言ったでしょ。一緒に動くって」

「まあ、そうだけど……」


 真奈美は不服そうである。


「何なの。え、もしかして練習してるところを見られるのが嫌なの?」

「違うって……。まあ、それもあるけれど」

「やっぱりあるんだ。うわ、引くわー」

「うるさい」


 憎まれ口の叩き合いは相変わらずだが、昨日のことが尾を引いていない様子なのは意外だった。確かに一緒に動けとは言ったが、いきなり朝練に同行させてくれと頼むことになったので、また一波乱起きそうだと和葉は思っていたが、真奈美は軽く嫌味を返した以外は何も言わずそのまま今日を迎えている。


「てか、あんたは平気なの?」

「え?怖いに決まってんじゃん」

「何それ」

「でも、こうでもしないと正体を突き止められないでしょうが」

「正体も何もありゃ幽霊だって」


 言い合いながらも二人はジャズ研究会の部屋まで向かう。電気が点いているとはいえ地下に向かう階段は仄かに薄暗い。地下一階に辿り着くと、薄暗さが増した。

文化会館地下一階の構造は上層と同じくシンプルだ。長い廊下が奥まで続いており、その道中に音楽系の部活の部屋が割り当てられている。階段付近の部屋は軽音楽部で、その隣には男女トイレがある。トイレの向かいにあるのは邦楽研究会で、はす向かいにはフォークソング研究会がある。邦楽研究会の左側にある一際大きな空間は交響楽団が占めている。そして廊下の突き当たりにジャズ研究会が位置していた。因みにジャズ研究会の出入口の右手側には非常口がある。ここを通る方が大半の部員にとって近道となるが、こちらは警備センターの横手を通ることになり、通行にも許可が必要だった。その為、楽器の搬入出時や非常事態以外での利用は厳禁だった。


「じゃあ、開けるよ」

「うん」


和葉は部室の鍵を開けると、電気を点けた。

見慣れた風景が広がっているはずなのに、どこか寒々しい。普段、和葉が来る時には誰かがいる分、無人の部室には一際不気味な印象を覚えた。


「あんた、いつも一人で練習してたんだね」

「何を今更言ってんの」

「いや、そりゃ怖いわって」

「あんただってここ使ってんでしょうが」


 そんなことを言い合いながらも和葉達は部室の中を進んで行く。姿見はすぐに目に入った。真奈美はしきりに姿見の方を見ない様にしていた。


「これがその姿見?」

「そうだけど……。あんた、よく見れるね」

「私一人だったら無理かも。何か見られてる感じするし」

「え?マジで」

「うん……」


 姿見は何の変哲もない一般的な代物だった。ただ、何処となく古ぼけており、鏡面もキズや汚れのせいで曇って見える。

 和葉はしばらくの間鏡を見つめていたが、覗き込む自分以外には真奈美がオドオドしている姿が映るばかりで、特に怪しいものは映っていなかった。


「多分大丈夫……そう?」

「いや、私に聞かないでよ。こっちが知りたいくらいなんだから」

「ごめんごめん」


 和葉はそっと鏡から離れると、ピアノの方へ向かう。その瞬間、視線を感じ慌てて振り向いたが、後ろには勿論誰もおらず、鏡があるだけだった。


「ちょっと何やってんのよ」

「いや、気のせい」


 相変わらず真奈美は落ち着きがない。だが今や和葉自身も何とも言えない気味悪さを覚え始めていた。


「ねえ、真奈美」

「何よ?」

「もう帰ろっか」

「いや、さすがにそれはちょっと……。いくらなんでも早過ぎるって」

「でも、何もやることないじゃん」

「いや、練習があるでしょうよ」

「それはちょっと……。あんた一人でやる?」

「嫌よ。一緒に動くんでしょ?じゃあ付き合ってよ。それに鍵開けたって連絡してすぐに閉めるのもちょっと……」

「気持ちは分かるけどさ……」


 怖さを紛らわせたいのだろうか、不安げにしつつも真奈美がサックスに手を伸ばす。その様子を見ながら、こういうところは真面目なんだなと和葉はふと思った。


「え、何で突っ立ってんの」

「え?」

「せっかくだし、何かやろうよ」

「え……」


 困惑する和葉を尻目に真奈美は準備に取り掛かる。全体的にぎこちないのは、いやでも目に飛び込んで来る姿見のせいだろう。気持ちが分かるので和葉はさりげなく姿見と真奈美の間に立った。真奈美は軽く呼吸を整えるとそのまま演奏を始めた。「All Of Me」だった。


「全く、打ち合わせもせずにいきなり始めるバカがどこにいるのよ」


 言いながら和葉はピアノの前に座る。だが、打ち合わせは必要なかった。それは和葉がよく演奏する曲だったからだ。真奈美はそれを知っていて選んだのだろう。

 真奈美の演奏を崩さない様にタイミングを見計らう。恐怖心もあってか真奈美は落ち着いていなかったが、徐々に和葉がフォローしていくとそれに合わせるかの様に演奏が整い始めた。だが、まだまだ楽譜通りに、一音一音を正確に演奏しようという堅苦しさがそこにはあった。

 和葉は聞こえない様に軽く息を吐くと、頃合いを見てピアノのソロに持っていく。一瞬、真奈美は嫌そうな表情を向けてきたが、和葉は取り合うことなく演奏を続ける。この時には、姿見に映る幽霊のことは一切頭の中から消えていた。和葉はただ、ピアノを楽しく弾くだけだった。

 ある程度してから和葉は真奈美に合図する。今度は真奈美の番だった。さっきより演奏が柔らかくなっている。和葉は満足そうに笑みを浮かべると何気なく姿見の方を見てしまった。

 和葉の手が止まった。真奈美が不機嫌そうに和葉を見やる。


「もう、すごく良い感じだったのに」


 言いながら真奈美も和葉の視線の先を追う。

 姿見の中には和葉と真奈美が映っている。だが、二人の後ろにもう一人いた。

 春物のニットカーディガンを来ている女性の様に見えるが、全身を靄の様な何かが覆っているので判別しにくい。だが、二人が恐慌をきたして部室から転げ出すには充分過ぎた。


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