七
今日3月21日10時に予約掲載設定を行いましたが、初めての試みなので
上手くいってなかったら申し訳ないです。
いつもはのんびりとした時間が流れている部室も今日は誰もいない。
明穂に予定を確認すると問題なかったので、彩夏はその足でグループトークに臨時休部の連絡を送った。なので、今ここには和葉と彩夏、明穂しかいない。
いや、窓際の席近くに一人の女子学生が立っている。オカルト研究会副会長の水瀬理香子だった。
明穂は緊張の面持ちで理香子を見つめているが、カーテンを背にした理香子の表情は陰に隠れて分かりにくかった。
「あなたが平塚明穂さん?」
「はい」
「何だろう。何処かで会った気がする」
「そうです。会ってます。かなり前のことですけど」
少しの間だけ沈黙が下りる。
「あなたと会ったのは私が小学生の時でした。よく弾いてましたよね。サティのジムノペディを」
理香子は何も答えなかった。
明穂は理香子の目を真っ直ぐ見据えた。
「私の名字は元々辻村でした。辻村明穂。里帆は私の姉でした」
理香子がゆっくりと息を吐いた。心なしか背丈が小さくなった様に見える。
「アッキー。アッキーって呼ぶとあなたは嫌がってたね」
「はい。照れ臭かったんで」
明穂がぎこちなく笑う。理香子も微笑んではいるが儚げだった。
「お久しぶりです。理香子さん」
「うん……。久しぶり」
気まずい空気が流れる。
彩夏が紙コップを取り出し、それぞれにアイスティーを注いで配る。意を汲んだ和葉は袋詰めのクッキーを配った。
「せっかくだし、どうぞ」
「有難うございます」
「有難う……」
理香子はまだ暗い表情だった。何故なのだろうかと和葉は思う。会わせて欲しいと言っていたのは理香子だ。願いが叶ったのに、そして親友の妹と再会出来たのに、何が表情を曇らせるのだろう。
「ねえ、明穂。どうしてあなたは理香子を探していたのかしら」
何でもない様子で彩夏が明穂に問い掛ける。明穂はつられる様に口を開きかけたか、慌てて口を閉じる。
その様子を見て、彩夏は静かに微笑んだ。
「まあ、本人が目の前にいると言いにくいこともあるわよね。じゃあ、質問を変えるわね」
いつから気付いていたの?
和葉は一瞬戸惑った。その問いは明穂に向けられたものではなかったからだ。理香子は彩夏の視線を受け止めていた。
「ねえ、理香子。私と話した時にはもぐりの子の正体が明穂だって気付いてたんでしょう?」
「え」
明穂が意外そうな表情を浮かべる。
「和葉の後押しをしたのも違和感があったのよ。小学生の頃を思い出したって言ってたけど、そんなんじゃないってすぐに分かったわよ。だって私達の副会長はトランプとかゲームとかの誘いばかりなんだから」
「やっぱり気付いてたんだね」
嫌な予感がしてたんだ。
そう言うと理香子はカップを口元に運ぶ。紅茶に濡れた唇が部室の明かりを受けて煌めいた。
「まあ、気付いてたって言っても確信は無かったんだ。里帆のことがあってからずっと疎遠だったし、まさか同じ大学にいるとも思ってなかったから。でも、講義を受けてる時に見かけたもぐりの子が気になって。もぐりなんてぶっちゃけ何処にでもいるけど、左目の泣きほくろが目に留まった時に里帆のことを思い出したんだ。あなた達は姉妹揃って同じところにほくろがあったからね」
無意識だろう。明穂は自身の泣きほくろに手を伸ばしていた。
「噂が流れる時には見かけたのは里帆だって思ってた。まあ、他人の空似と思わなかった訳じゃないけど、オカ研でもぐりの子の噂を調べようってなった時にはそれこそオカルト的なことを考えたよ。里帆が自分を探しに来ているんだろうなって。でも、彩夏がその子は実在するって言った時に、訳が分からなくなった」
理香子は彩夏に霊感があることを知っている数少ない一人だ。知っているからこそ、二人は親友という関係性になれたと言っても良い。
「しかも名字が違ったしね。名前もずっとアッキーって呼んでたから明穂って言われてもピンと来なかったし。それにあの頃の明穂はどうみても文系だったから、理工学部の学生って聞いて余計に偶然が重なっただけの他人の空似だって思ったの。だから確信をもったのはほんとついさっきのことなのよ。明穂が名字のことを言ってくれたから気付けたの」
理香子は悲しげに笑う。勘違いと偶然が重なった親友の妹との再会は確かにほろ苦いものだろう。
和葉はそっと理香子のコップに新たなアイスティーを注いだ。
「初めて見かけた時に声を掛けたら良かったね。随分と探させちゃってごめんなさい」
「いえ、謝らないでください」
明穂がほっと胸をなでおろす。
「でも、理香子さんに会えて本当に良かったです。まさかだったんで」
嬉しそうにしている明穂を見ているのに、和葉はどこか釈然としないものを抱いていた。疎遠になっていた理香子のことをどうやって知ったのか。探していたのは事実だが、では理香子に会う為にわざわざ同じ大学を選んだのか。
そういった疑問をまるで読み取ったかの様に彩夏が話し始める。
「明穂。あなた、お姉さんに呼ばれたんでしょう?」
「え……」
「理香子と同じ大学に進んだのは本当に偶然だったんだろうけど、入学してしばらくしてから知ったのよね?理香子がいることを。だから、わざわざお姉さんのお気に入りのコーデまでして探してたんでしょう。少しでも早く見つけて欲しかったから」
彩夏が話していく中で、和葉は初めて明穂を見かけた時のことを思い出した。あの大木は待ち合わせにはもってこいの場所だが、人目に付くからこそ彼女はかつての姉の親友をそこで探し続けていたのではないだろうか。会えるかどうか不安な気持ちをずっと抱えながら。和葉の記憶の中で、その少女は今も物憂げに佇んでいる。
「でも、見つけて欲しいって気持ちはあなた自身というよりはお姉さんの方が強かったんじゃないかしら?妹を突き動かすくらいだし」
明穂は驚きを隠せていない。和葉も飲もうとしたジュースを空中で止めたままである。そんな中、理香子だけは表情を変えていなかった。
「理香子を見つけたのはお姉さんね?それからあなたに働き掛けて、ずっと理香子を探していたのよね」
「何で分かるんですか……」
どこか恥ずかしそうに彩夏がはにかむ。
「私、そういうのが分かるのよ。昔からね」
「分かりやすく言うとね、会長は霊感少女なの」
「和葉、その呼び方は止めてって言ったでしょうよ」
彩夏は嫌がりながらそっぽを向いた。その様子を見て少しずつ明穂の緊張がほぐれていく。
「でも、良かったです。彩夏先輩がそういうことの分かる人で」
「え?」
「だって、普通はこんな話誰にも信じてもらえませんから。私自身、オカルトとかには否定的だったんです。だから誰にも相談出来なかった。色々な学部の講義にもぐったり、目印となる様な場所にい続けたりするしかなかったんです」
理香子が初めて動いた。静かに明穂の方へ歩み寄ると、優しくハグをする。一瞬驚いた明穂だったが、すぐに理香子の背中に自身の腕を回した。
一人は親友、一人は姉と、関係性こそ違えど二人にとって同じかけがえのない存在を亡くした事実は想像以上に彼女達に重くのしかかっていたのだろう。
彩夏と和葉は窓の傍に静かに移動していた。背後で聞こえる小さな嗚咽に意識を向けず、ただ外を眺めていた。
しばらくして二人が悲しみの共有を乗り越えたのが分かった。それでも和葉達は振り返らず、ぼんやりと過ごしている。
「彩夏、和葉。二人とも有難うね」
理香子が口を開いたが、彩夏はわざとらしく欠伸を噛み殺すと、そのまま伸びをした。彩夏は何も言わず、理香子も何も求めなかった。
軽く頭を下げて理香子に応えつつ、和葉はそんな二人の関係性が羨ましくなった。自分も真奈美と似た様な関係にいつかなれるだろうか。
「私からもお礼を言わせてください。本当に有難うございました」
明穂が丁寧に頭を下げた。
穏やかなひとときだった。帰路につく学生達の声が夕闇の中にこだまする。明穂はジュースを一口飲むと、おもむろに話し始めた。
「少し前に姉が夢に出て来たんです。夢の中で姉ははしゃいでいました。最初は姉のことが恋しくて夢に見ただけだと思ってたんです。でも、繰り返し夢に見る様になって、最後の方では話をするまでになっていました。理香子がいた、理香子がいたって楽しそうに……。
その時はまだ夢の話だと思ってたんです。理香子さんと同じ大学だってことも知らなかったですし。でも、理香子にまた会いたいなあって言い始めて……。そこから頼み事が始まったんです。何とか理香子に会わせて欲しいって。最初は夢の一つと思って無視していたんですけど、ある晩人生で初めて金縛りに遭って、壁から怒った表情をした姉が出て来たんです。それでようやく信じられる様になって。そこからは噂の通りです」
明穂はそこで黙り込んだ。何かを言い出すべきか迷っている表情だった。やがて決心した様子で明穂は彩夏を見据えた。
「あの……。彩夏先輩。変なこと聞いちゃうんですが、姉は理香子さんに会えたんでしょうか?」
「……どうしてそう思うの?」
「いや……。姉は私を通じて理香子さんを探していましたが、こうして出会えた今、姉はどこでどうしているのかなって……」
「うーん」
彩夏が軽く腕を組んだ。少しの間天井を見つめて、おもむろに口を開く。
「理香子を抱きしめてるわね」
「え」
「え」
「え」
「え」
「あれ、今誰かいた?」
「気のせいよ、和葉」
彩夏がいたずらっぽく笑う。理香子は呆然とした様子で自分の背後を振り返っていた。
「彩夏先輩!姉は……。姉は今、ここにいるんですか?」
「うん、いるよ。今はあなたの左隣に立ってこっちを睨んでる」
苦笑交じりに彩夏は話すが、明穂は必死に自身の左隣を見ていた。彩夏は笑みを閉ざすと、明穂を見据えた。
「そんなに必死になっちゃ、かえってお姉さんの為にならないわよ」
「でも……。でも、やっぱりまた逢いたいじゃないですか」
絞り出す様な声だった。そんな明穂を和葉はただ見つめることしか出来なかった。
理香子がそっと明穂に寄り添う。
「私もまた逢えるなら逢いたいな」
顔を上げた明穂と理香子の視線が交差する。
その時の理香子の表情を和葉は決して忘れないだろう。理香子は涙をぽろぽろと流しながら、それでも笑みを浮かべていた。
「大丈夫。あなた達の中に里帆さんは生き続けているから。逢いたいと思ったら思い出してあげたら良いのよ」
「なにそれ。そんな使い古された表現をドヤ顔で言わないでよ」
理香子が左手で涙を拭いながら彩夏に笑いかける。明穂も目尻に手を当てつつ微笑んでいた。
「仕方ないでしょう。里帆さんがそう伝えてって言うんだから」
「え」
理香子と明穂が動きを止める。彩夏は肩をすくめた。
「二人ともくしゃくしゃの笑顔が似合ってるらしいわ」
そう言うと彩夏はクスっと笑う。
「まあ、そう言う本人が理香子に未練たらたらだったから今回の件になった訳だけどね」
「それもそっか」
「そうですね」
理香子と明穂もにこやかだ。
蛍光灯の光を浴びて二人の涙が明るく輝いた。
「もう」
ふと、後方から楽し気な独り言が聴こえた気がして和葉は振り返る。だが、そこには誰もいなかった。向き直ると彩夏が穏やかな笑みを和葉に向けた。
次回から新章です。




