六
「席が空いてなくて……。隣に座りたいんですけど」
和葉は明穂の後ろを見やった。確かに人は多いが、人一人くらい座れるスペースは所々あった。
「わざわざこっちに来なくても、空いてるところはあるみたいだよ」
「今から行ったって誰かに先に取られるだけですから」
言いながら明穂は和葉の隣に座った。彩夏は軽く明穂を見やると、また昼食を楽しみ始めた。だが、その些細な行動の中に、彩夏が一瞬楽し気な表情を見せていたことに和葉は気付いていた。
「先輩のお友達ですか?」
明穂が和葉に話し掛けた。図々しいとは思ったが、明穂はまだぎこちない。恐らく彼女なりに気を遣っているのだろう。
「いや、私が所属している研究会の会長」
「え」
明穂が驚いた表情を見せた。
「まあ、あんたにはどうでも良いことだけどね。ロマンチストが二人ご飯を食べているだけなんだから」
「こら、和葉。私はロマンチストじゃないわ」
彩夏が軽くとがめる。そして優し気な笑みを浮かべて自己紹介する。
「オカルト研究会の会長をやってる一条彩夏です。宜しくね」
「ひ、平塚明穂です」
明穂が落ち着きを無くしていた。以前、馬鹿にした研究会のトップが目の前にいるのだ。居心地が悪くなって当然だろう。
明穂の様子に和葉が留飲を下げていると、明穂が改まって和葉の方を見た。
「先輩。この前はすみませんでした」
そう言って頭を下げる。それを見て、初めて明穂に会った時の印象が脳裏に甦る。言葉遣いとはギャップのある丁寧な物腰だった。
「まあ、それはもう良いんだけど。こっちだって気を悪くさせたんだし。改めて謝るわ。ごめんなさい」
和葉も頭を下げた。その時、彩夏が絶妙なタイミングでくしゃみをした。何ともかわいらしいくしゃみだった。
「ああ、ごめんなさいね」
そう言って彩夏も謝る。一気に場の空気が和んだ。明穂もどうやらホッとしたらしい。ようやくぎこちなさが取れ始めた。
「でも、どういう風の吹き回しなの?悪いけど、あんたが謝ってくるなんて想像もつかなかったから」
和葉が言うと、明穂は照れくさそうに鼻を掻いた。
「いや、あの後オカ研の同期に怒られちゃって……。あんたはあの人のことを全然分かってないって、すごい剣幕でした」
菫と実加が自分のことを慕ってくれていたと知って和葉は嬉しくなった。
「私、オカルト研究会って本当に無駄なことをやってるってイメージでした。でも、あの二人から色んな話を聞いて、そんなことは無いって分かったんです。結構人助けとかもされてるんですよね。最初は二人が嘘をついてるって思ったんですけど、助けられたって人の話を実際に聞いて、信じました」
彩夏が興味深げに話の内容を尋ねる。どれも和葉達の記憶に新しい話ばかりで何だか面映ゆい。
明穂は続ける。
「でも二人とも先輩のことをすごくかばってたのが印象的でした。慕える人がいる二人がうらやましかったです」
和葉は黙ってローストビーフを食べる。正直に言って、ここまでしおらしくされると気味が悪い。
彩夏が軽く笑う。
「和葉は人気者ね」
「やめてくださいよ、会長。結構、恥ずかしいです」
二人の掛け合いを見ながら明穂が遠慮がちに笑う。その時、彩夏が明穂を見やった。
「それで、あなたの目的は何なのかしら?和葉に何か頼みたいことでもあるんでしょう?」
「え……」
明穂が驚く。
「何で分かったんですか?」
「あなた、話がわざとらしいのよ。性格的にズバズバ言うタイプでしょう?なのに、謝ってからの話が媚を売る感じになってたから。そう言う時って、何か頼みたいことがあるけど、後ろめたいからちょっとでも罪悪感を和らげようって感じになるのよね」
「うっ……。そこまではっきり言われると……」
すっかりタジタジになる明穂とにこやかに笑みを浮かべる彩夏の間で、和葉は何とも言えない表情でお茶を飲むしかなかった。ただ、明穂に何か用事がある以上、知らんぷりは出来ないので嫌々ながらも助け船を出すことにした。
「それで、私に何の用なの?」
「えっと、それなんですけど……。オカルト以外の頼みでも聞いてくれますか?」
「え?うーん……」
これはまた面倒だなと和葉は思った。明穂に対するもやもやとしたものはすっかり抜け落ちているものの、純粋にオカルト以外のことで頼られるのはもう一つ気が乗らなかった。
「やっぱりダメですよね……。何かすみません」
明穂は苦笑いを浮かべると、席を立とうとした。その時の彼女の寂し気な横顔が気になって、和葉は明穂の腕を取った。
「先輩?」
「とりあえず話だけでも聞かせなさいよ。簡単そうなら聞いてあげないことも無いから」
「へえー、和葉ってツンデレなのね」
「ツンデレじゃないです」
彩夏が楽し気にトンカツを頬張った。その様子を見ていると、どうやら席を外すつもりは無いらしい。一瞬、和葉は場所を変えてあげた方が良いかなと思ったが、後から来た明穂を優先するのもおかしな話なので、何も言わずに箸を進めた。
「先輩、有難うございます」
明穂は頭を下げると、鉄火丼を一口頬張った。そしてお茶を飲むと、和葉の方に向き直った。
「人を探してるんです。で、先輩に手伝って欲しいなって」
和葉は明穂を見やる。気を遣っていたのが何だか馬鹿らしくなって、残りのローストビーフを一気に頬張った。中々飲み込まない様子を見て明穂が不安げな表情を浮かべる。
やがてローストビーフを飲み込んだ和葉は、明穂の視線を捉えた。
「因みにそれが、色々な講義にもぐってた理由なの?」
「そうです」
和葉は興味を持った。噂の正体は目の前の後輩だった訳だが、もぐっていた理由までは知らなかった。だからこそ理由を知った今、和葉はその頼みを聞きたくなった。
「分かった。手伝ってあげる」
「え、良いんですか!有難うございます」
「で、その人の特徴とか分かる?」
「名前は分かるんですけど、水瀬理香子って方です。私の二個上の先輩のはずなんですけど、学部とか分からなくて……」
明穂はまだ話を続けていたが、和葉はもう明穂の話を聞いていなかった。そのまま彩夏の方を見やる。
彩夏は既に昼食を食べ終えて、お茶を飲んでいるところだった。その様子を見ながら、和葉は明穂がやって来た時に彩夏が一瞬見せた楽し気な表情と、理香子のことを真剣に取り合わなかった理由に思い至った。
彩夏がコップを置く。
「あなたの人探しはすぐに解決するわよ。今日の十七時は空いてる?空いてるならその時間に私達の部室まで来て。その子に会わせてあげる」
少し短めです。




