五
「その子がもぐりをやってた理由だけど、多分和葉達が聞いたのと違う気がするんだ」
「え?まあ、興味があっただけってのは確かに変わってるなと思いましたけど」
二人は駅前のハンバーガー店で夕食を食べている。和葉は照り焼きバーガーセットを頼んだが、理香子はナゲットセットにしていた。
二階の窓際席からは交差点がよく見える。これから家に帰ろうとする学生達が、今や今やと信号が変わるのを待っていた。
「多分だけど、その子は誰かを探している様な気がするのよ」
理香子はストローでカップの中身を長いことかき混ぜていた。
「中学生の時にね、すごく仲の良い友達がいたの。里帆って言ってね。まだガラケーの時代だったから、二人して夜遅くまでメールのやり取りしててね。通信料が高くて親にものすごく怒られたわ。でも、本当に楽しかったのよ。色々と物知りでね。本が大好きな子だった。それだけじゃなくてね、ピアノも弾けたのよ。もしかすると和葉と良い勝負だったかな」
理香子の話しぶりから和葉は会話の行き着く先が何となく分かっていたが、黙って聞いていた。
「でも病気がちでね。学校もよく休んでたんだ。里帆と会うのは病院か家のベッドが多くなっていった。最後に会った時はもう話すことも出来なかった」
理香子は外を見やる。ナゲットをつまむと少し眺めてから口に入れた。
「和葉の話を聞いてね、ふと思い出したのよ。白のドットブラウスにデニムのロングスカートは里帆のお気に入りコーデだったから」
「先輩……」
「まあ、幽霊になってまで私のことを探してくれるなんてロマンチック過ぎる話だけどね」
「先輩。もぐりの子は実在しています」
「うん。平塚明穂って子だよね。全然知らない子だし、学年も違うのは分かってる。それにあのコーデだってごまんとあるやつだし。でも、話を聞いてから里帆のことを何故か思い出してね。全然関係ないはずなのに。だからかもしれないけれど、何となくだけどね、誰かを探している様な気がするんだよね」
誰かとは言うが、理香子は自身のことだと思っているのかも知れない。恐らく、かつての親友の面影を感じる明穂に思い入れがあるのだろう。だが、和葉はあの勝気な明穂に対してどうしても良い印象を抱けなかった。
「それでなんだけど、和葉にお願いがあるんだ」
「え?何でしょうか」
「平塚さんに会わせて欲しいんだよね」
「いや、先輩。それはちょっと……」
「無茶ぶりなのは分かってる。菫達まで怒らせるような子だもん、頼んだって素直に受け入れてはくれないでしょう。だから、和葉と一緒にいる時に見かけたら教えてくれるだけで良いから」
理香子は頼み込む。そこまでのめり込むのかと和葉は驚きを隠せなかった。
「自分は良いんですけど、一緒にいるったって限界がありますよ」
「うん。お互いに授業とか予定とかもあるからね。一緒にご飯食べる時とかに教えてくれたら」
「は、はい……」
和葉の返答に理香子はほっとした表情を見せた。
和葉は話を変える。
「先輩って里帆さんと本当に仲が良かったんですね」
「まあね。最初は気が合うなって感じだったんだけど。いつの間にか親友になっていたの……」
里帆の話をする理香子は本当に楽しそうだった。和葉は相槌を打ちながらも、理香子が一種の狂気に取りつかれているのかも知れないと考えていた。
和葉と彩夏は食堂のカウンター席で二人並んで昼食を食べていた。もうすぐ一番人が賑わう時間帯になるが、少し早めに食堂に来て、進んでぼっち席に向かったおかげで二人は落ち着いて食事を楽しむことが出来た。もっとも、彩夏への相談がメインなので和葉も今日は量を控えめにしている。
和葉は先日の理香子の様子が気になって仕方なかった。それが何を意味するのか分からないが、彩夏なら何らかの答えを用意出来るだろう。そう思っていた和葉だが、彩夏の反応は意外なものだった。
「ああ、理香子なら大丈夫よ」
「え、どういうことなんですか」
彩夏はのんびりとトンカツを頬張っている。和葉は信じられないという面持ちで彩夏を見ることしか出来なかった。
「どういうこともこうも、大丈夫だからあなたが気にすることは無いの」
「いや、それじゃ納得出来ないですよ」
和葉は横から彩夏のトンカツを取ろうとする。彩夏はそれを譲る代わりに和葉のローストビーフをごっそりと奪い去った。
「嘘、ひどい」
「ひどいのはあなたの方でしょう。全く、期間限定メニューの癖にどうして私の貴重なお昼ご飯を奪うのよ」
「いや、会長が先輩のことではぐらかすから……」
「はぐらかされたら人のご飯を取るの?呆れた盗人だこと」
そう言いながら彩夏は和葉から奪い取ったローストビーフを暖かい白米と共に口に入れる。瞬間、その表情がとろけた。
「うわ……。何、この美味しさ。もうお弁当作るの止めようかしら」
「いや、これは期間限定ですからね?いつも食べられる訳じゃないんですから」
「分かってるわよ」
和葉は溜息をついた。皿の上ですっかり寂しくなってしまったローストビーフを一枚一枚大切に味わう。
窓の外では、大木の枝葉が風に揺れて爽やかな景色を運んでくる。柔らかな日差しがカウンター席に差し込んで来て、和葉達の顔を優しく覆う。軽く目を細めて明かりをやわらげつつ、明穂に初めて会ったのもこんな天気の日だったことを和葉は思い出した。
「あの……」
誰かが声を掛けてきたので振り向く。そこには、顔をしかめた女子学生が戸惑いながら立っている。
「あ。あんた……」
「こんにちは、先輩」
平塚明穂がぎこちなく挨拶した。手には鉄火丼を乗せたトレイを持っている。




