三
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彩夏の機転は功を奏した。メンバーからの報告を副会長の理香子がノートに纏めていたが、メンバーから寄せられた情報の中で和葉と依蕗葉の話に合う内容は六件あった。そしてその内でメンバー自身が目撃した報告は二件だった。因みに、和葉の友人から紹介された人の情報はこの中に含まれていない。
「涼音がその子を見かけた時、どんな感じだった?」
「どんなって言われても……。見かけない子だなって気付いたくらいで、別に何かあった訳でも無いしな……」
「マジか……」
「まさか、噂のもぐりだって思わなかったからね……。それに民俗学研究って元々もぐりが多い授業だから」
確かに、と理香子や数人のメンバーが頷いた。どうやら一度はもぐったことがあるらしい。その様子に彩夏が溜息をついていたが、和葉自身ももぐったことがあるので何とも言えなかった。
「田崎はどうだったの?」
彩夏が声を掛けた。博史が張り切って答える。
「昨日の民法の時だったんですけど、確かに物静かな子でした。ただ、結構喋っていましたけどね」
「え?」
新たな情報に彩夏が驚きの表情を見せる。和葉自身も意外そうな表情を浮かべていた。彼女達の反応を見て、博史は慌てて話を補足する。
「昨日に限って、中山教授が学生同士のディスカッションに時間を割いたんですよ。なので隣にいた子と話さないといけなかった感じですね」
「あの中山教授がそんなことをするなんて珍しいわ……」
和葉は中山教授がどういう人かは知らなかったが、法学部のメンバーは一様に意外そうな表情を浮かべていたので、学生同士にディスカッションをさせる様なタイプではないであろうことは容易に想像出来た。
「多分、もぐりだって気付いてたんじゃないですかね。中山教授はそういうのにうるさい人ですから。実際、講義の中で学生を当てる時にその子も当ててましたし」
その後、博史は中山教授のエピソードを簡潔に話した。とあるカップルが教授の講義に参加していたが、彼氏の方は法学部では無かった。中山教授は彼氏に対して集中的に問い掛けや判例への解釈を求め、ついには講義室から逃走させていた。
「私からすると、中山教授の変わり様の方がよっぽどオカルトね」
彩夏が呟いた。
「中山教授ってそんなに怖いんですか……」
菫がか細い声を上げた。菫は法学部一回生で、他の新入生同様まだ各講義や講師陣の特徴を掴み切れていない。
博史が安心させる様に菫を見た。
「まあ、もぐりに厳しいだけだから。普通にしてたら大丈夫だよ」
「へえ、あんたってそんなフォロー出来たんだ」
「うるせえよ」
奏恵がニヤニヤしながら博史の脇腹を肘でつつく。避けてはいるが、博史はまんざらでもない様子だった。
この恋人達の甘く微笑ましいやり取りに、和葉が静かに殺意を覚えていると理香子が疑問の声を上げた。
「因みにその子は、中山教授の問い掛けに答えられたの?」
「えーと……。確か、答えられていませんでしたね。分かりませんって言ってましたから」
「でも、そうなるとそのもぐりの子はオカルト的な存在とは関係無いってことになるよね」
「え?」
「だって、中山教授や隣にいた学生と話をしている訳でしょう?噂だと、声を掛けようとした時にはいつの間にか姿をくらましているのよね。その段階でその子は実在する人物ってなるんじゃない」
「確かにそうですね……」
急にメンバー達の熱意が冷え込んでいくのが感じられた。何らかの答えやそれに近いものが見つかった時に、一気にトーンダウンしていくのがオカルト研究会のメンバーの面白いところでもある。
「やっぱり噂は噂に過ぎなかったってことか」
涼音がぼそりと呟く。彼女は早くもペットボトルの蓋を回し始めていた。そんな雰囲気が寂しくなって和葉は慌てて言葉を繋いだ。
「でも、噂の正体が分かったら分かったで、何で色々な学部の授業にもぐっているのか気にならないですか?」
「まあ、気になるけど……」
奏恵が不承不承頷いた。彼女の反応を見て和葉は更に言葉を続ける。
「よくよく考えたら、私達だってその子と話してたじゃない!ほら、ちょっとつっけんどんとした感じの!」
「ああ、じろじろ見てるって言われた時か」
和葉と奏恵のやり取りを聞いて彩夏達が怪訝な顔をする。そう言えば食堂の一件を話していなかったと和葉は今更ながらに思い出したが、それに構わず話を続けた。
「そう!でも、色々な講義にもぐっている様な雰囲気の子ではなかったよね?」
「そう言われてみれば、そんな気もするけれど……」
奏恵が自身の押しに圧倒され出したのを見て、和葉は他のメンバーに向かって畳みかけた。
「みんなも、ここまで来たら気にならない?噂にもなるような状態までもぐりをするのは何故なのかって。いくら勉強に興味があるとしても、ここまで多岐に渡ると何か別の理由があるんじゃない?」
確かにもぐり先の講義には一貫性が無かった。学部だけでも文学部、法学部、経営学部の講義に出席しており、それらの各学科の講義にも統一性が無かった。
和葉の投げ掛けに対して同調する様な意見が出始めたのを見計らって、理香子が言葉を繋いだ。
「まあ、確かに理由は気になるよね。じゃあ、その子を見つけて話を聞くところまでをゴールとしよっか」
理香子の提案により、またメンバー達のテンションが上がり始めた。その様子を見ながら理香子は、和葉に対する評価を密かに変えた。
活動が終わり、メンバー達が帰った後、彩夏と理香子は二人きりでジュースを飲んでいた。長く無言の時間が続いていたが別に緊張のあるものではなく、静かなひとときを共有出来る仲だった。
沈黙を破ったのは彩夏だった。
「気になることでもあった?」
理香子は軽く微笑みながら首を横に振った。
「いや、そうじゃなくてね。和葉が面白い子だなって」
「え?そうかしら」
「そうだよ。さっきのあの子、すごく積極的だったでしょう?もう良いかなってなってた雰囲気を盛り返したんだから。あの子が入会した時はとんでもない子が入ってきたなって思ってたのにね」
「あの子はかなり前から変わっていたわよ」
「うそ、そうだったの」
「理香子は幽霊部員だから、知らなかったとしても仕方ないね」
二人は軽く笑うと、ジュースを一口飲み、クッキーを頬張った。
「でも、理香子があんな風に呼び掛けるとはね。普段はトランプとかゲームとかの誘いばかりなのに」
「これでも副会長ですからねー。せっかくオカルト研究会らしいことが出来そうなんだから、後押ししたいじゃん。それに和葉が最後に語ってた時、何だか小学生の頃を思い出しちゃったし」
「どういうこと?」
「彩夏も経験ない?まだまだ遊びたいのに門限やらなんやらで帰る子がいた時に、その流れでお開きになったあの感じ。それが嫌でさ、色々と理由を考えては帰ろうとする子を必死に引き留めようとしてたなって」
「ごめん。私はそこまで活発的な小学生じゃなかったから」
「あらあらまあまあ。私達の会長は子供の頃から大人びていたのね」
「そうなのよ」
「でもまあ、そんな感じを思い出してね。応援したくなったの」
「良い先輩だね」
「でしょ?なのでもっとクッキーを寄越しなさい」
彩夏が自分の分のクッキーを差し出すと、理香子はそれをつまみ、しばらく眺めていた。
「ねえ、彩夏。もぐりの子だけど、本当のところは実在するの?」
「急にどうしたの。まさか情でも移った?」
彩夏はからかう素振りを見せたが、親友の表情がいつになく物静かな様子なのを見て、居住まいを正した。
「もしかしてその子に心当たりがあるの?」
「いや、そういう訳じゃないんだけどね。ただ、服装を聞いた時にすごく印象に残ったっていうか……」
「確か、白のドットブラウスにデニムのロングスカートだったっけ。ガーリーコーデの王道って感じだけど」
「いや、そうなのよ。ある意味、特徴にならないはずなんだけどね。でも、何だろう……。そのまま流せないって感じ?いやに頭の中に残るっていうか……」
「そう言えば、六件の目撃情報だけど、服装ってどうなってたかしら?」
「えっとね、和葉達の様に上下セットで言われた話は無かったね。涼音は全然覚えてなかったし、博史も服装にまでは気が回っていなかったみたい。外部からの目撃情報だとロングスカートだったとか白っぽい感じだったとか、フワッとした話がある程度」
彩夏はしばらく窓の外を眺めていたが、おもむろに理香子の手からクッキーを取り上げると自らの口に放り込んだ。
「あ、ちょっと!」
「いつまで経っても食べないから、いらないんだって思った」
「この大食い女め!また太っても知らないからな!」
「クッキー一枚くらいで太ってたまるもんですか」
理香子の容赦ないツッコミに彩夏は余裕の貫録を見せつけていたが、親友だからこそ分かるいつもの感覚との違いを察すると、軽く身を乗り出した。
「もぐりの子だけどね、実在するよ」
「……そっか」
それ以上彩夏は何も言わなかったし、理香子も何も言わなかった。
静かに理香子が新しい三枚入りクッキーの包みを破り、その内の一枚を彩夏に差し出した。彩夏は理香子の方を見やることなくクッキーを受け取ると、親友がクッキーを食べるタイミングを見計らって、自身も口に運んだ。
窓の外では山肌の向こうに仄かに月が顔を出し始めている。




