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オカルト研究会の有閑な日常  作者: 賀来文彰
くしゃくしゃの笑顔を
36/73

PVが1000件を超えていました。

皆さん、有難うございます!


ユニークは395件でした。

そちらも大変有難いです!

もう少しで400件なので、大きく出て500件を

超えられる様に頑張ります!

 食事を終えると和葉は重い足を引きずって美術史の講義室に向かった。奏恵は用事と言いながらも鼻歌交じりに出かけていったので、恐らくデートか何かだろう。それも足取りを重くさせる原因の一つだが、早くも調査に対するやる気がみるみるうちに下がっているのが大きい。噂を突き詰めようといっても今のやり方ではやはり無理があるし、さっきの様にいらぬ誤解を招く可能性もある。ましてやこの食堂には誘惑の塊が多過ぎて気もそぞろになりがちだった。

 道すがら和葉は同じ学部の同級生に出会った。ゼミが一緒になるまでは話したことも無かったが、短い付き合いとは思えないほどに今では意気投合しており、どちらかの都合が悪ければ代わりに出席して後でノートを見せるという仲間意識を持つまでに至っていた。


「そう言えば、最近こんな噂を聞いたんだけど」


 和葉がオカルト研究会に所属していると知ってからというもの、この同級生は信憑性の高いものからはっきりと分かる眉唾物までありとあらゆる噂をどこからか仕入れて来ては和葉に提供していた。その様子を聞いていた奏恵にはもしかすると気があるのではないかと冷やかされたこともあったが、知り合う前から相手には彼女がいることを和葉は知っていたし、恐らく自分のことを気心知れた友人とは思っていても女性としては見ていないのだろうとも思っていた。


「またガセネタじゃないでしょうね」

「ガセかどうかは分かんないけど、何でも学生の幽霊が出るって話でさ……」


 聞いてみるとその噂は和葉が追っているものだった。正体が分からないとはいえ、簡単に幽霊と結びつけてしまうところが噂の怖いところでもあり、噂が噂に過ぎないと侮られるところでもある。現に、噂を追っている和葉自身もモチベーションが少しずつ下がりつつある。しかし、彼の友人がそのもぐりの学生を見かけたと聞いて和葉の関心は否応なしに高まった。


「その人と会って話を聞きたいんだけど、紹介してくれる?」

「いいよ。また連絡するわ」


 同級生と別れて部屋に向かう。昼休み明けの講義はどうしても瞼が重くなる。わざわざ後ろの扉を開けて、教授から最も見えない最後から二番目の位置に陣取った。周りでは同じことを考えているであろう学生たちが一様にけだるそうな顔でスマホをいじっていた。

 そろそろ講義も始まるし夢でも見ようかと両腕を枕にしながら準備に入った時、前の扉が開く音がした。特に受講している学生が少ない講義では大抵の場合、開けた扉の近くの席に座るものだがその人物は足を止めず後ろの席の方へ近付いていた。

珍しいこともあるものだと思って和葉が顔を上げた時、既にその人物は自分より二つ前の席に着いていたので顔は分からなかったが、特徴的なロングスカートからさっきの女子学生だと判断出来た。判断してから何かがおかしいことに気付く。今から始まる美術史は二回生になってから受講出来る選択科目である。年下と考えたのは見当違いで片付けられるにせよ、選択科目の場合は出席点の比重が大きく、全体の三分の二回出席していないと強制的に単位は貰えなくなる。前回からそのボーダーラインは超えているので、それまで一度も出席していなかった学生は席に座ったところで評価の対象外となるのでそのまま空きコマとして余暇を過ごすのが定石だ。だからこそこれまで見かけることの無かったこの学生が今になって現れたその理由が気になって仕方なかった。

 定刻通りに入ってきた教授が淡々と講義を始めていく。いつも退屈で眠気を誘うのに今日は頭がすっかり冴え切ってしまっていた。自分の周りに座っている大半の学生が夢の世界に旅立っている中、一人頭を上げている状況が余程珍しかったのだろうか、教授はことある毎に和葉の方を見やっていた。


「さて、中世の絵画においてそれが高価であることを示す判断基準となる色は何でしょうか?」


 教授は明らかに和葉に向かって問い掛けていた。普段の講義で学生に話を向けることは無かっただけに、後ろの席にいながら起きている学生がいることに驚きと喜びを隠せて居ないようだった。


「え、えーと……金、ですか?」


 恐らく予想していた答えだったのだろう、教授はいつもと違って饒舌に語り始めた。


「多くの学生がそう答えるでしょう。ですが……」


 和葉は曖昧に頷いておいて教授の関心が薄まるのを待った。教授は尚も語り尽し、普段の講義であればせいぜい七、八枚も絵画を紹介すれば後は感想を書く時間を設けるだけのところを、ついに全て説明に費やしてしまった。


「おっと、今日は長々と話し込んでしまったようです。これでは感想を書く時間がありませんね。では、今回は学籍番号と名前、そして今日の日付を忘れずに書いたらそれで良しとしましょう。書き終わった人から順にここへ提出するように」


 言い置いて、誰も座っていない一番前のテーブルをこんこんと拳で軽やかに叩く。確かに、本来なら感想を書く時間としてはいつもより短かったが、名前などを書くだけで良かったので、書き終えた時に時計を見ると講義終了の時間までまだニ十分も残っているのが分かった。教授がいつになく機嫌が良いのは誰の目にも明らかだった。

 そんなことはつゆ知らず、ぐっすり眠っている学生を残して大半の出席者は思いがけず出来た空き時間を精一杯活かそうと我先に扉に殺到した。和葉もその中に加わりたかったが、ずっと気になっている女子学生がまだ席を立っていない以上、彼女より先に講義室を出てしまうことで姿を見失うリスクはなるべく避けたかった。部屋の外で待ち構えることも出来るが、ただ廊下があるばかりの空間に居続けるのも余り良い気がしないし、次の講義を待つ学生のふりをするには時間が余りにも早過ぎた。

 女子学生が席を立つまでどのように時間をつぶそうか和葉が思案していると、教授が歩み寄ってきた。


「今日は感想を書かなくて良いのだから、そんなに悩む必要はありませんよ。早く必要事項を記入して提出しなさい。せっかく羽を伸ばせるのですから」


 後ろの席にいながら起きていたことが余程嬉しかったのだろう、教授はとてもにこやかだった。


「ありがとうございます。すぐに記入します」


 和葉が必要事項を書き終えると教授は用紙をさっと拾い上げて、他の学生が既に提出した用紙の束に収めた。


「ありがとう。それではお疲れ様です」


 教授がそのまま後ろの扉から足取りも軽く講義室の外へ出ていく様子を見送りつつ、和葉は前を振り向いた。さっきまで座っていたはずの女子学生は既にそこにはいなかった。慌てて講義室を飛び出し、廊下の左右を見やる。しかし彼女らしき人影は見えなかった。



「それで?」


 和葉の話を聞き終わるなり彩夏はつまらなそうにペットボトルを口元に運んだ。ラベルからは愛くるしいクマのキャラクターが顔を覗かせている。


「それでもなにも、あの噂は本当だったんですって」

「あのね。噂というものは自分も追体験したと錯覚してしまう怖さを秘めたものなの」


 実際に目にしたことを信じてもらえないのは心外だった。和葉は真に受けない彩夏に苛立ちが募っていった。


「女子学生を見かけたのは本当のことでしょうけど、彼女が噂のもぐりの学生かどうかは分からないわ。もしかしたら欠席扱い覚悟で来た酔狂な学生だったかもしれないし、単に教授なり受講している友達なりに用事があってやって来ただけかもしれない」

「でも姿を消したんですよ?噂通りじゃないですか」

「単にあなたが見つけられなかっただけかもしれないでしょ?」


 腹立たしいが彩夏の言うことはどれも的確だった。いや、違いますと否定出来ないことが歯痒かった。

 項垂れる和葉の様子を見て、彩夏は隣でぼんやりと佇んでいる学生に声を掛けた。


「どう思う、依蕗葉」

「困ったからってこっちに振らないでよ。だいたいオカルト研究会の会長が懐疑的でどうするのよ」


 和葉が部室に来た時、二人は呑気にお菓子を頬張りながらティーパーティーと洒落込んでいた。流石に三回生にもなると五限目の講義は無いかも知れないが、今日の様に活動日以外も部室にいることが多い彩夏はしっかりと単位を取っているのだろうかと和葉は内心思わずにはいられなかった。

 彩夏の隣で依蕗葉はずっとクッキーを齧りながら、彼女と同じくレモンティーを味わっている。依蕗葉は依蕗葉でひよこ研究会の活動をどうしているのだろうか。


「それに、その学生だったら私も見たと思うんだけど。この前の刑法で」


依蕗葉の突然の援護射撃に和葉は一瞬たじろぎ、彩夏が驚いた様子で彼女を見やる。


「嘘でしょ。講義に出ていたなら一言声をかけなさいよ。ノート取ってもらったのに」

「無理よ。後ろの方でゲームしてたから」


 大人しそうな見た目に反して中々不真面目なようである。眼鏡の下にはうっすらとクマが出来ているがそれもゲームのせいなのだろうか。

 依蕗葉は椅子に深く腰掛け直すと、ぼんやりとした表情を浮かべながら物思いに耽る。

「ところでだけど、その子ってデニムのロングスカートにドットシャツじゃかなかった?」

「はい!そうですそうです!」

「じゃあ、和葉さんが見た子と同じね」


 和葉ににっこりと微笑むと、依蕗葉は話を続けた。


「確か、グループディスカッション形式で実際の判例を話し合おうってなった時だったかな。ちょうどモンスターが落とし穴にはまったから、倒して素材を剥ぎ取るか生け捕りにするか迷ってた時だったから、タイミングが悪いなって思いながらも近くにいた人たちと適当にグループを作ろうとしたんだけど、その中にその子がいたのよね」

「それってやっぱり噂のもぐりでしょうか?」

「うん。多分だけどねー。普段の授業で見かけたことの無い子だったし。和葉さんが見た子と同じ服装をした全く別の子が同じくもぐりをしているとは考えにくいから。ディスカッションなのに全然喋らなくて、ずっとノートとにらめっこしてたのが印象的だった」

「因みにその子ですが、他にどんな特徴があったか覚えていますか?」

「えっとね、左目のところに泣きほくろがあったわね」

「やっぱりそうですよ、ドンピシャです」


 彩夏が顔をしかめた。


「余りこういう噂には踊らされたくないのだけれど、二人から有力な目撃情報が寄せられた以上だんまりを決め込むつもりもないわ。明日の活動の議題に挙げましょう」

「ありがとうございます」

「和葉さん、良かったね。知ってるとは思うけど彩夏って怖がりだからこの手の話には中々乗ってこないのよ」

「うるさい」


 はっはっは、と依蕗葉はわざとらしい高笑いをした。


「全く、あんたって子は……ほら、さっさとひよこの世話に戻りなさいな」

「あ、もうこんな時間。お茶、ごちそうさまでしたー」


 じゃあね、と和葉にも微笑みかけながら依蕗葉は出ていったが、階段の方へ向かったのを見るとどうやら部活動を行うつもりはないらしい。

 彩夏は溜め息をつくとクッキーに手を伸ばし、和葉にも一つ差し出した。


「気を悪くしたなら謝るわ。でも、噂って大抵の場合多くの人がある事実を共有するものだから、必然的に事実そのものより信憑性が低くなってしまうの。どういうことか分かる?」

「……尾ひれがついてしまうとか?」

「それもそうだけど、よく考えてみなさい。今回の噂では、もぐりの生徒が様々な学部の講義に出入りしているということだけれど、その正体は性別すらはっきりしていないの。普通ならあり得ないことでしょ?誰それを見たと言うなら、明確に判別出来る性別を間違えるかしら?」

「まあ、そうですけど……」

「怖いのはね、自分も周りで噂になっている人物を見たという仲間意識みたいなもののせいで、事実を知らず知らずの内に捻じ曲げてしまうことなの。きっと真実もあったのでしょうけど、噂になった以上大半の話はガセネタになってしまっていると考えるのが妥当よ。だからあなたが噂の学生を見たと話してもその時は信じることが出来なかったの」


ごめんなさいね、と照れ臭そうに謝りながらペットボトルを口元に運ぶ彩夏の姿を見て、和葉は今までの自分を恥じた。別に無関心だったのではなく、絶対的な確証を得られない分野を扱う研究会だからこそ出来る限りの事実確認を丁寧に行っていただけなのだ。


「でも、依蕗葉と同じ人物を見かけたということで信憑性が一気に高まったわ。普段接点が無く、学部も学年も違う二人が同じ人物らしき存在を見かけるのはそうそう無いことよ。今後の調査方針が決まったわね」


 楽し気に微笑みながら彩夏はスマホを操作する。窓の外から差し込む夕日がその姿を包み込んで、和葉が普段目にしたことの無いその表情をそっと覆い隠した。


「今、グループに流したから明日はもっと目撃情報が集まるかもね」


 言われて和葉もスマホを取り出し、内容を確認する。


「あれ、会長。もぐりの子は女子学生だって書いてますけど、泣きほくろの位置のことは書かないんですか?」

「ああ、それは不正確な情報と篩い分けする為にね」

「なるほど」



少し尻切れトンボに見えますが、キリの良いところまで行くと

余りにも分量のバランスが崩れてしまうので、ここで止めています。

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