四
「ところで和葉は旧胡麻富岳トンネルに行ったことあるの?」
マスターが興味深げに和葉を見つめる。
「結構有名なところですし一応知ってはいますけど、会の決まりで心霊スポットに行くのはだめなんで」
会則上、オカルト研究会の面々は心霊スポットに行くことが出来ない。特に今の会長の彩夏は心霊関係のことには非常にうるさかった。とは言え、旧胡麻富岳トンネルから車でニ十分程度のところにはホームセンターやファミレスがあることから昼夜問わず活気に満ち溢れており、その辺りは学生のちょっとした交流の場所となっている為、そこに行ったついでにこっそりと旧胡麻富岳トンネルに足を運んでいるメンバーも多かった。
「だめなの?あなたの掛け持ち先って案外変わってるのね」
真奈美にミルクティーを渡しながら、マスターが興味深げに呟いた。
「だってオカルト研究会ですよ?ツチノコとか宇宙人とかよく分からないものを追っかけてるようなところですから変わってて当然ですよ」
真奈美はもう少し歯に衣を着せることを覚えるべきだと和葉は思う。遠慮のない物言いには幾度となくイライラさせられてきたし、オカルト研究会のことを悪く言われるのは気分の良いものではない。しかし、肝心のオカルト研究会が名ばかりの活動しかしていないのは事実だから何も言い返せなかった。
「まあ、変わってるかどうかは別として、心霊スポットに遊びに行かないのは良いことだと思うけどね。ああいうところって人気のないことが多いし、誰か来てたとしてもみんな度胸試しやら酒の勢いやらじゃない?そういうのって良くないよ」
「やっぱりそうなんですかね」
「そうに決まってるわよ」
「ふーん。じゃあ、あんたんとこはしっかりしてんのね」
真奈美の予期せぬ言葉に和葉は驚いた。
出会った頃はつっけんどんな感じだったが、真奈美が出くわした現象を解決してからというもの、少しずつではあるが角が取れてきた気がする。
「そう言えば、その瞳さんって人はオカ研だったんですか?」
真奈美が身を乗り出す。マスターは少しの間考え込んだ。
「いや、多分、違うと思う。別にオカルト研究会の人と付き合いがあった訳じゃないから確かなことは言えないけど、何となくそんな気がするのよ」
「女の勘ってやつですね」
真奈美がニヤリと笑う。マスターは呆れた様子で彼女を見ると、コップに水を注いだ。
「真奈美は一切飲んでないはずなのに、どうしてかしら。酔っ払ってる人を相手にしてる気分」
「私もそんな気がします」
和葉達が軽く笑うと真奈美が「何よー」とふくれっ面をする。
楽しいひと時だった。客は和葉と真奈美以外誰もおらず、マスターは自分のグラスにサングリアを注いでいる。真奈美は幸せそうな面持ちでマグロのカルパッチョに舌鼓を打ちつつ、和葉のポテトサラダを物欲しげに繰り返し見つめている。ゆったりとした穏やかな時間が流れている。
ふと、マスターが何かを思い出した表情を見せた。
「さっきの話だけどね。やっぱりオカルト研究会の人じゃないよ。だって、心霊スポットへガンガン出向いたから」
「え?」
「本当ですか?」
それぞれの反応を楽しみながら、マスターは頷くと続けてこう言った。
「私も瞳さんに連れられて行ったからね。旧胡麻富岳トンネルに」
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食堂は少し混み合っていたが、友望達が座る分は充分にあった。
瞳と友望が並んで座り、向かい側には加奈が恥ずかしそうに座っている。まだ万全ではない様子だが、大学に来れるくらいには体調は戻ったらしい。
加奈の隣では、茶髪の男子学生が居心地悪そうに座っていた。
「それで、谷山君はどうして旧胡麻富岳トンネルに行こうと思ったの」
「ノリです」
「ノリかー。分かるよ、その気持ち。私もお酒入ったらテンション上がるタイプだから。それでみんなで遊びに行こうって思ったんだね」
「まあ……」
谷山と呼ばれた学生は歯切れが悪かった。瞳が話し出す前に、友望が詰め寄ったからである。加奈を看病している時に彼女がぽつぽつと話し出した事の顛末を聞いて、友望は先ず一言言ってやろうと決めていた。
元々、加奈は友人と一緒に近くのファストフード店でハンバーガーを食べているだけだった。その友人に声を掛けてきたのが谷山だった。元々彼らは知り合いだったらしく、今から旧胡麻富岳トンネルへ突撃しに行くから一緒に行こうと谷山が誘った。その友人はそういうことに興味があり、また谷山が率いていたグループに同じ女子がいたことも相まって二つ返事で了承した。怖いことに免疫の無かった加奈はこの時点で友人と別れて家に帰ろうと思ったが、谷山のグループは初対面の人ばかりだったらしく、一緒に行こうという谷山からの誘いと、せっかくだからという友人の後押しもあって仕方なくついて行ったのだった。旧胡麻富岳トンネルでは何も起きなかったが、そこから帰ってから体調が段々と悪くなり、ついに臥せっていたところに友望達がやって来たのだった。
「楽しかった?」
瞳の声はあくまで優し気だったが、よく見るとその目は笑っていなかった。谷山は椅子に座り直した。
「いや、全然」
「そうなんだ。残念だったね。でも、初めましての人同士でどこかに行けるなんて谷山君はすごいね」
「そうですかね……」
「うん、すごいよ」
瞳のやり取りに友望は少しだけ苛立ちを覚えた。加奈の体調不良の原因はこいつなのに、どうして褒めてばかりなんだろうか。
「あー、でもね」
言い差して、瞳は少しだけ身体を前に傾けた。
「なんで石を持って帰ったの?」
「え?」
「……」
「瞳さん、それってどういうことですか?」
加奈と友望は話の急な変化についていけなかった。ただ、谷山は愕然とした様子で瞳を見つめている。
「……見てたんすか」
「いや、そんなことないよ。その日、そっち方面に行く用事無かったからね」
「じゃあ、なんで知ってんすか」
「まあ、そういうのが分かるからって言うしかないんだけどね」
瞳が軽く笑う。加奈が言いにくそうに瞳に質問した。
「先輩ってもしかして霊感があるんですか?」
「うーん。どうなんだろう。勘は鋭い方かな」
質問に答えている様で答えていなかった。この前の加奈への対応と相まって友望は瞳が自分達とは違う存在であると確信を強めていった。




