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オカルト研究会の有閑な日常  作者: 賀来文彰
花束のプレゼント
25/73

 その日、友望は朝から古藤ハーブ園に出向いていた。

 アロマセラピー講座は、多くのワークショップの中でも特に予約が取れない。だが、偶然出たキャンセルにより単発の講座に参加出来ることになったのである。


「アロマなんて僕に似合うのかな……」


 隣で眼鏡をかけた若者が緊張と不安の表情を浮かべて立っている。その様子を見た友望は思わず相手の腕を取った。


「大丈夫、似合ってるから」


 少し大胆だったかな、と友望は思ったが、相手はにこやかに微笑むと


「ありがとう」


 と答えた。


 この前の埋め合わせということで、今日は二回目のデートである。散々謝り倒して仕切り直そうとする相手に対して、友望は友望で一瞬でもドタキャンを疑ってしまった負い目があったものだから、お互いが仕切り直しを譲り合う変な場面が生まれてしまった。

 そんな時にアロマセラピー講座に空きの枠が出たものだから、友望から相手を誘って、今ここにいる。

 友望は取った腕をそのままに、アロマセラピー講座の会場になっている会議室スペースの一室へ入っていった。

 中は案外広く、三人掛けのテーブルが上下に十列、左右に六列並んでおり、その大半が様々な構成、世代で埋まっていた。

 一番前の左端のテーブルのところでは、講師と思しき女性が、そこにいる人達と談笑している。同業の誼か後援者か、いずれにしても近しい存在なのだろう。「親しき中にも礼儀あり」といった様子なのが印象的だった。


「人が多いね……」


 何処か落ち着かなさそうなその様子に、友望は思わず笑みをこぼした。


「緊張し過ぎだって」

「え?そ、そうかな……」

「すぐに満席になるよ。そうなったら逆に気が楽になるかもよ?大学の授業みたいで」

「そうだったら良いんだけどね……」


 友望の予想通り、室内はすぐに満席になった。友望の前に座った女性の背が高いせいで余り講師の顔は分からなかったが、 講座そのものは大学の授業を聞いている様で楽しかった。


「それにしてもアロマって、お風呂にも使えるんだね。キャンドルのイメージが強かったから驚いたよ」


 講座が終わり、多くの人がぞろぞろと出入口に向かう中、友望は柔らかな声が自分を包むのを感じていた。

 見れば、さっきまでの緊張はどこへやら、ウキウキとした明るい表情がそこにはあった。


「私もアロマってそういうイメージだったから新鮮だったよ」

「え?そうだったんだ。何となくだけど詳しそうなイメージだったからさ」

「そんなイメージだったの?」

「うん」


 はにかみながら話す相手の顔を見つつ、友望は自身の頬が自然と緩んでいくのを感じていた。

 会議室を出ると、ガラス越しに大きなソテツの木が自分達を見下ろしている。風は涼やかだが、温室スペースをじっくりと見て回りたくなる程ではない。その場所をぐるりと囲む様に設置された渡り廊下を歩きながら、友望はふと空を見上げた。


「どうしたの?」

「ううん。何でもない」


 天窓から差し込む陽の光が快い。


「あ、あそこでアイスクリームを売ってるみたいだよ。良かったらどうかな?」


 見れば、階段近くのスペースに屋台の様な装いの売り場があった。カップルらしき男女が手を繋ぎながら並んでいるのは偶然だろうか。


「うーん……今は良いかな」

「そうだね、ちょっと寒いもんね」


 そうじゃないんだよ。


 何も気にせず並べば良いのに、つい躊躇ってしまう自分に嫌気が差す。少し片付かない雰囲気のまま、二人は階段を下りてそのまま外に出た。

 吹き抜ける一陣の風がハーブや花々の香りを運んでくる。少し奥側に見える噴水公園では、さっきの店で買ったのだろうか、家族連れが嬉し気にソフトクリームを舐めている。


「アロマって最初はすごく抵抗があったんだ。効能がどうとか一々覚えてられないし、何かいかにもぶってるって感じがしてたから」


 思いがけない言葉だった。だが、友望は自然とその言葉を飲み込んだ。


「分かる。そんなつもり無いのに意識高い系って言われたりね」

「友望さんも言われたことあるんだ」

「あったよ。大学に入る前のことだけどね」


 高校生の頃、友人の一人にかけられた言葉が脳裏をよぎる。もっとも、言われたことは少し違う。


 友望、そこまでしてモテたいの?


 別に悪気があっての言葉じゃない。実際、友人はその後に「自然体が一番だよ」と言葉を続けた。だが、その時の言葉は友望の心の奥に、自分でも驚くほどの大きな影を根差していた。


「自分は、アロマでモテたい奴の気が知れないって言われたことあるよ」

「え?」

「勿論、そんなつもりは無かったんだけどね。ぶってる感じがしてたから。でも、本当のことを言えばモテテクになるかなってちょっぴり勉強したこともあったんだよ。コンビニでドリンクを買う時もわざとルイボスティーとかジャスミンティーとか買ってさ。アロマ関係無いけど、それっぽい物なら何でもありさ」


 苦笑交じりのエピソードに友望は思わず目を開く。


「まあ、アロマそのものに手を出す勇気が無かっただけの話なんだけど。それに、友達に水を差されたしね」


 意外だった。


「でも、今日の講座で考え方が変わったよ」


 二人はSの字になった坂をゆっくりと上がっていく。輪郭に当たる部分に色とりどりの花が植えられていて、そこから漂ってくる複数の香りが調和して鼻腔をくすぐる。

 午後までまだまだ時間のある、穏やかな春の風景だった。


「アロマはやっぱり良い物だね」


 何処かで鳥が鳴いている。


「ハーブ園は良いね。心が澄み渡る」

「え?」

「自然の中にいるとすごくリラックス出来るんだ。嫌なことも辛いこともその時は忘れられる」

「うん、分かるよ。私もそう」

「え?友望さんもそうなんだ。僕達、似た者同士だね」

「そうだね」


 お互いに微笑み合う。

 眼鏡のフレームに反射する太陽の光が柔らかに降り注ぐ。友望は自然さを装って、相手の左腕に自分の右腕を絡めた。

彼は一瞬、驚いた表情を見せたが、すぐに笑みを浮かべて――。


 坂の向こうに広がる二つの影はピッタリと寄り添っていた。


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