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「本当よ。あなた達、集団幻覚でも見たんじゃないの?」って返されたから俺は井上と顔を合わせるしかなかった。

「本当に誰もいなかったんですか?」そう聞く井上の声が微かに震えてたのを今でも覚えてるよ。

「ええ、そうだけど」会長は不思議そうにこっちを見てたけど、不思議なのはこっちでさ。というより恐怖だよね。俺たちは名前と学籍番号を書いた紙きれを女の子から渡されているんだから。

「会長、女の子がいたでしょう?」

「だから誰もいなかったって言ったでしょう。さっきから何なの」不機嫌そうだがこっちはそれどころじゃない。俺たちの様子から中森も何かあったと察したみたいだったから、俺は中森と井上の手を掴んで確かめに行くぞって言ったんだ。

「いやよ、無理だって!」井上が怯えた様子で嫌がったから、あの紙切れを取り出して言ってやったんだ。「こいつがあるだろう!幽霊が紙切れを渡せるわけねえだろが」って。

 その時の井上の顔は忘れられないね。血の気が引くってのはこういうことなんだなって思わざるを得なかった。本当に顔が青ざめていくんだ。

「どうしたってんだよ」俺が言うと、震える手でその紙切れを指し示してきたからこっちも紙切れを見たんだよ。ゾッとしたね。書いてあるはずの名前と学籍番号が無いんだからさ。

「ちょっとあなた達、さっきから何なの」業を煮やした会長が詰め寄ってきたんだけど、もうそれどころじゃなくて。井上も中森もすっかり怖がっちまってどうしようもなかった。会長はしばらく俺たちのことをじっと見ていたんだけど、急に溜息をつくと諦めた表情になってこう言ったんだ。

「何を企んでいたのか知らないけど、さっさと謝ってきなさいな。じゃないとその女の子はいつまでも後ろについてくるわよ。中森、あなたにもね」

 会長のその一言ですっかり腰が抜けた俺たちはその場で崩れ落ちたよ。自分の体が言うことを聞かなくなるってやつだな。でも会長が言ったことが事実なら俺たちはあそこまで何が何でも行かないといけない。頑張って震える膝を抱えて三人一緒に歩き出した時には夜も深まっていたもんさ。

 いつになく薄暗い廊下を三人で歩いていくんだけど、すっかりビビッちまって誰も何も言わないの。参ったよ、どうも。会長をビビらせてやろうと思ってた三人がビビる羽目になってんだから。

 そうこうしている内にひよこ研究会の部室に辿り着いたんだが、中森はここまで来るのは初めてだったから、看板を見て吹き出しそうになるのをちょっと期待してたんだけど、その看板がなくなってたんだ。

そのことを話したら中森は小声で「怖えよ」って言ったきり黙りこくった。まあ気持ちはわかるさ。俺だってあの時は怖かったし。でも、早く謝ってみんなの元に戻りたいって気持ちが強かったから、気合い入れ直したよ。

「よし、じゃあせーので謝るぞ」って言った瞬間、ドアの隙間から紙切れがゆっくりと出てきたんだ。あり得ないその光景に俺たちはただ固まるしかなかった。ちょっとずつ出てくるその紙切れは俺たちが手渡したやつだった。自分の名前と学籍番号を見た瞬間、井上が声にならない悲鳴を上げた。

俺もちびりそうなくらい怖かったけど、謝らないとどうしようもないって会長に言われたのを思い出して……いや、というよりその言葉に縋ってだな、早く謝ろうって小声で二人に言った。で、せーのって合図して一斉に申し訳ありませんでしたって言ったんだ。そしたら目の前のドアがいきなりガラッと音を立てて開いたのよ。井上が凄まじい悲鳴を上げた。まあ俺も中森も上げてたとは思うんだけど。とにかくすごい悲鳴だったのは覚えてる。人間っていざという時はあんな声が出るもんなんだな。そっからはあんまり覚えてなくて、気が付いたら全速力で部室の方へ走ってたんだ。両手はしっかりと二人の手を握っていて、二人とも見捨てていないぞ、偉いな俺って何故か冷静に考えてた。まあ確かに偉いけど、やばい時に冷静ってのも考えもんだね。どういう訳か俺は後ろを振り返ったんだよ。きっと二人のことが心配だったんだろうけど、目に飛び込んできたのは井上でも中森でもなかった。開けられた扉からゆっくりと出てくるさっきの女の子の姿だったのさ。もうそりゃ走ったね。

やっとのことで部室に辿り着いて扉を開けようとした時、後ろの方から「待って」って声が聞こえてきた。やばいと思って慌てて扉に手を掛けたんだけど、何故か開かねえんだよ。もうパニックでさ、大声で開けてくれって叫んだり扉を叩いたりしてたけど、その間にも声は段々と近付いてくる。

「さっさと開けやがれ!」中森が叫んでドアを蹴りつけ始めた時だった。いきなり扉が開いたかと思うとまばゆい光が目を覆ったんだ。驚いた俺たちは尻餅を突いちまった。中森なんかドアを蹴りだしていたせいでバランスを崩して盛大にひっくり返っていたよ。そこでもう一度光が襲ってきて、初めてそれがデジカメのフラッシュだって気付いたんだ。

「な、何すか」と俺は言った。

「何って、幽霊を撮ろうとしてるんじゃない」

 ほら、と言って会長は俺たちのすぐ隣を指差した。顔を向けなくてもそこに誰かの気配があると分かったよ。その気配がゆっくりとかがんでこう言ったんだ。「もう、それくらいにしてあげたら」ってさ。

「そうね。まあ、これくらいで良いでしょう」

 俺たちが事態を飲み込めたのはしばらくしてからだった。井上は半狂乱になっていたし、中森も脂汗がずっと止まらないままだった。俺自身、会長と幽霊が普通にやり取りしているのが信じられなかった。でも他の連中がクスクスと笑っている様子から俺たちが嵌められたってことは理解出来たんだ。今頃は霊感少女の化けの皮を剥いで心底ビビらせていたはずなのに、嘘の怪談をでっちあげた俺たちが散々ビビらされていたってわけさ。

「よくもまあ、嘘の怪談で私を騙そうなんて思ったわね」会長が楽しそうに言った。「でも失敗に終わって残念ね」

「どうやって気付いたんっすか」

「タレ込みよ。大体、そういう企み事を構内で計画する時点で詰めが甘いの」

「最初から知ってて騙したんですね」中森が言った。

「騙そうとしたのはそっち」

「じゃあ、みんなは?」と俺が尋ねた。「こいつの怪談を聞いている時はみんなビビってたじゃないっすか」

「簡単な話。あなた達を送り出してから教えたの。あなた達、後でちゃんと謝りなさいよ。ドアを押さえるのは私の提案じゃなかったんだから」

「で、でも……」まだ顔色が悪い井上が言った。「私達が受け取ったメモ……どうしてその内容が消えたんですか?私達のは残ってたのに」

「ああ、それはね」幽霊が言った。いや、正確には幽霊役の女の子だ。「ちょっとした手品なの」

「手品?」

「そう。消えるインクって知ってる?アルカリ性の青い液体なんだけど、空気に触れることで中和されて無色になるの」

「それで内容が消えたんですね」

「ええ。まあ、中和されるまで少し時間がかかるのが欠点なんだけど」

「でも、俺たちが書いた内容はどうして消えなかったんすか?」

「不思議なことじゃないわ。あなた達が使ったのは普通のボールペンだったから。これも簡単な手品」

「はあ。ってことはひよこ研究会ってのも自慢の手品とやらで生み出された仕掛けってことっすか」

「あら、それは関係無いわ。ひよこ研究会はこの大学に認められたれっきとした団体なのよ」ウチの会長が言った。

「そこは本当なんすね」

 全く変な話だよな。消えるインクやらすり替えやらは手品で、ひよこ研究会は本物だなんて。どうかしてるって思うのは俺だけじゃねえはずさ。

 要は、オカルト研究会の会長殿とひよこ研究会の会長殿が手を組んだ壮大なはったりだったってことさ。騙していたはずの俺たちはまんまと二人に騙されちまったってわけで。

 でもまあ、良いこともあったんだ。俺たちが流した噂でひよこ研究会の知名度が上がって、見学に来る人が増えたんだよ。当然オカルト研究会の前も通るからこっちも見学しようってことになったみたいでさ。二人にハンバーガーをおごってもらったのは良い思い出だな。まあ、こっちはともかく向こうは部員があんまり増えた訳ではなさそうだけど。そりゃそうだよな、ひよこの研究ってなんだよってなるよな。

 え?あのデジカメは何だったのかって?あれは戒めなんだと。あの時の写真は未だに部室の壁に画鋲留めされてるよ。また自分を驚かそうとする奴らが出てこない様にする為のな。お前も見たことあんだろ?あれはそういうこと。入部希望の連中がこれは何だと聞いてくるから、今じゃすっかりオカルト研究会の笑い話になっちまった。写真に「三匹のカモ」ってでっかくマジックで書いてあったろ?あれってカモにしようとしてた相手にカモられた三人組ってことなんだけど、これがその誕生秘話ってやつなんだ。だからそんな名前を付けられて写真をああやって貼り出されたくないんなら手の込んだことは考えねえこった。


次回から新章です。

舞台と登場人物が変わります。

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