二
部活とかサークルとかみんなそうだけど、活動する時間帯は夕方以降になるよな。それにその時は冬ってこともあって最後の授業が終わった時には窓の外が真っ暗って具合だった。てなわけで、その日はいつも以上に雰囲気のある感じだった。
「それで今日は誰が話すの?」会長が退屈そうに言った。オカルト研究会のトップのくせに興味の無いふりをするんだけど、実際はかなりのビビりでさ。一回、部室のドアを閉めた時の音でビクッとしてやんの。そんな訳だから中森が手を挙げた時に一瞬動揺してて面白かったもんよ。まあ、何も知らない他の連中は中森の話が大好きだから、待ってましたと言わんばかりってとこさ。
「最近、こんな噂が出回っているんだけどさ……」
こいつの語り口ってのが不思議でさ、普通に喋ってるんだけど何かそれが怖いんだよ。で、オチを狙いに行かないから余計に不気味な感じで話が終わるもんだから、怖いもの見たさでつい聞き込んじまうんだな。
中森の話が終わると案の定、部室の中は静まり返った。オカルト研究会って言うくらいだから普通は怪談話をする時くらいカーテンを引いたり電気を消したりして真っ暗にするよな。で、雰囲気をさらに出す為か明かり代わりにろうそくを一本部屋の中心に置いたりするんだろうけど、そういうことは一切無し。普通に電気の点いた明るい部屋の中で、怖さも半減する興ざめな状態のはずなのに中々怖い雰囲気が出来てた。で、そこで言ってやったわけよ、「わっ!」って。
ところどころで悲鳴が上がった。そこで俺が頭をかきながら謝ると、井上が「冗談きついからやめてくんない」って言ってきた。「ほんとごめん」って返したんだけど、実はこれも計画の内だったんよ。散々怖がらせておいたところで悪ふざけをかましておく。これでみんなのテンションを一旦下げることで次の段階に進めやすい雰囲気を作ろうってのが井上のアイディアだった。確かに中森の怪談を聞いたままだと実際に突撃しようって空気にならないからな。
実際、みんなの雰囲気はかなり変わっていた。俺たちのやり取りもあってほっとしたんだろうよ。その様子を見て俺が次の段階に話を進めたんだ。
「なあ、ところで実際に見に行ってみないか。ひよこ研究会とかの部室ってすぐそこだしよ」
俺が呼び掛けることになったのは、今さっきやらかしたばかりだからだ。散々怖がらされた相手と一緒に肝試しに行こうって気分には普通ならねえよな。その心理を突いた井上の計画だった。
「誰があんたと一緒に行くっての」井上が言った。
「せっかくの機会なんだから良いじゃんかよ。実話かどうか確かめられるし」
「だめよ」会長が言った。「心霊スポットに行くのは禁止しているんだから」
会長が噛みついてきた時、俺は心の中でガッツポーズしたもんさ。井上が立てた計画では如何に会長を食いつかせるかが鍵になってたからな。
「いや、別に心霊スポットじゃないじゃないでしょ。あくまで噂なんすから。それにひよこ研究会は現に実在するんだし、別に良いじゃないっすか」
「そうだけど……」
会長は何も言い返せず、許可を出すしかなくなるってのがこの計画の大事なところってわけ。勝手に行って騒ぎ立ててもただのいたずらとしか思われないから、何が何でも会長自身に認めさせる必要があったのさ。
「でも誰かいたらどうするのよ。あなたが迷惑をかけたらこっちが自治会に色々言われるんだから」
「こんな時間まで残ってるのは俺たちくらいなもんですから大丈夫っすよ。それに誰かいたとしても活動に興味があるとか言えば何とかなりますって」
「分かったわよ。でも迷惑をかけないこと」
「任せてください。んじゃ、お先にちょっくら行ってくるわ」
「待って、私も行くわ」
「来ねえんじゃなかったのかよ」
「あんたのことだから、どうせ幽霊が出たとか言ってまた驚かせるつもりなんでしょう。その手にはもう乗らないから。それに誰かいた時に迷惑がかからない様に付き添いがいた方が良いでしょう」
「へいへい。信用無いんすね。好きにすれば良いけど。んじゃ、行ってきますわ」
部室のドアを後ろ手に閉めながら、計画が順調に進んでいることに笑みを堪えきれなかったね。後もう少しであの会長を怖がらせることが出来るかと思うと気分が良いもんさ。と言っても廊下はところどころ電球が切れたまんまだし、外もすっかり暗くなっちまってるから自然と足取りは重くなったけど。んで、また廊下が長く感じるんだな、これが。自分達で立てた計画だけどよ、雰囲気ってのはどうしようもない。井上と二人で突き当たりまで恐る恐る歩いていったんだが、そういう時に限って部室の明かりが点いてないんだよ。普段は気にも留めてなかったのに、すりガラスの向こう側が薄暗いだけでこうも不気味なんだって思ったね。
でもそれは室内が無人だという意味でもあったから、少し気が楽になったけど。誰かいた時は芝居をかまさないといけなかったからな。その場合の打ち合わせも済ませてあったけど、やることはやっぱ出来るだけ少ない方が良いからよ。
「一応、ノックする?」不安そうに辺りを見回しながら井上が言ったから、俺も「おう」とだけ返して段々と近付いてくるひよこ研究会を目指して歩き続けた。
まあ結果的には何事もなく部室の前まで辿り着いたんだけど、思いのほか立派な看板がドアに掛けてあってさ。ほら、店とか行くとドアによく「開店中」とか書いてある看板がぶら下がってんじゃん?あんな感じの奴に筆で書いたのかよって思う様な字体で「ひよこ研究会」って書いてあるのを見た時はさすがに笑いそうになったね。どこに力入れてんだよって。井上も笑いそうなのを堪えている様子だったよ。まあ、こっちの方が階段に近い分ここまで来ることはないから、ひよこ研究会ってのがあるって話は聞いていても実際に間近で見ることは無かった。まあこっちもそうなんだけど、この建物の部屋はどの階もなんでかドアが引き戸になってんのよ。小学校の教室みたいな感じにさ。だから「ここも引き戸なんだな」って変に感心しちまってさ。当たり前なんだけど。
「じゃあ、ノックして」
「俺かよ」
「それくらいしなさいよ」
本当は俺もノックしたくなかったけど、しないことには先に進まないしノックしたわけよ。二回、トントンって。「ほら、やっぱ誰もいないじゃねえか」って言おうとした時に急にドアが開いたから思わず「うわっ!」って叫んじまったね。まあ井上もだけど。
「何かご用ですか?」
ドアの向こうには少し背の高めな女の子が立ってた。俺らと同いか一個違いかなって感じだったけど、上じゃないなって確信はあった。
「あ、すみません。私達は同じ階のオカルト研究会の者なんですが……」井上が緊張気味に言ってたが、緊張度では俺もどっこいどっこいて感じだった。
「ああ、オカルト研究会の方ですか。こんにちは」女の子が頭を下げてきたから俺たちも慌てて頭を下げたんだけど、上げ切らない内から「で、何のご用でしょうか?」って言われてね。言葉に詰まっちまった。
「あ、あの。ここって掛け持ち出来ますか?」やっとのことで言葉を出すと、女の子は「まあ、出来ますけど」って返してきたから「俺たち、ひよこの育成について興味があって」と畳みかけたんだ。向こうは胡散臭そうな目で俺たちを見てたけど、おもむろにメモ帳とボールペンを取り出して「ではここに名前と学籍番号を書いてください。具体的な活動内容については学内メールで送りますから」と言ってきた。仕方ないから二人とも名前と学籍番号を書いてメモ帳を返したら、彼女はそれをポケットに入れたんだけど、何か気付いた様子でまた取り出して、別のページに何か書いてからその部分を破り取って俺たちに渡した。
「これは私の名前と学籍番号です」
学内メールって言っても同じ大学ってだけで相手のことは分からないからね。多分、身元を明らかにした方が良いんじゃないかって考えたんだろうよ。まあ、連絡が来ても無視するつもりだったけど。
「因みにオカルト研究会って具体的にはどんな活動をされているんですか?」急に向こうが話しかけてきた。まあ、部員が増えるかもしれないんだから愛想の一つや二つ振り撒くわな。それにひよこ研究会なんかに関心を持つ学生はそうそういないだろうし。
ひよこ研究会なんて言うから、言っちゃ悪いけど根暗な子なんかなって思ってたんだけど話してみたら結構面白くてさ、なんやかんやで話し込んじまったんだけど、そろそろ戻らないと他の連中に不審がられるから上手いこと言ってその場を後にした。俺たちが戻るとみんなが口々にどうだったと聞いてきたから俺たちは打ち合わせ通りに色々なことを恐ろしげに話した。本当は信憑性を持たせる為に井上が同行するって筋書だったんだけど、二人で驚いた時の声が聞こえていたみたいで予想以上にすんなりと信じてもらえてさ。結構盛り上がったね。ここまで来たらこっちのもんよってことで俺が言ったんだ。「会長、何とかしてくださいよ」ってね。
部屋の隅で隠れるように気配を消していた会長は明らかに動揺してたな、うん。その様子を見て内心ガッツポーズしたけど、ニヤニヤが表に出ない様に必死に堪えてたんだ。
「か、会長。私達大丈夫ですかね?」
井上も迫真の演技で会長に迫るもんだからいよいよ逃げ場が無くなった会長は「大丈夫じゃない?」としか言えなくなった。チャンスと思った俺は一気に畳みかけたね。
「んじゃ、あそこを何とかしてください!お願いします!」
人がいようといまいと会長をあそこまで向かわせるのが俺たちの最終目的だった。なんせ二人で歩いてあの薄気味悪さって具合だから、ビビりには到底歩き出せないんじゃないかって。まあそれは結果論だけど、いずれにせよ怖い話が持ち上がってすぐにその場所に行くってのは中々ハードルが高いもんよ。まして夜の廊下を突き当たりまで行くのは相当勇気が無いと無理な話さ。
「え、何とかしてって言われても……」と言葉を濁すもんだから楽しくなってきて、そろそろ煽ってやろうかなんて考えていたらいきなり「じゃあ、行くわ。あなた達はここで待っていなさい」って言い出すもんだから驚かそうと思っていたこっちが驚かされたね。
「ありがとうございます!」と言っておいたけど、内心はもうちょっとビビって欲しかったもんだから何だかつまんなくなっちゃって、今日の晩御飯は牛丼でも食いに行くかなんて中森と話していたら、会長が怪訝な顔をして戻ってきたんだ。そりゃあそうだろうな。怪奇現象が続発したはずの場所に部員が普通にいる訳だから。こりゃネタばらしだなって思ってたら会長が「何もなかったわよ。誰もいなかったし。そもそも鍵閉まってたし。あなた達、嘘をついたんじゃないでしょうね?」って言うもんだから思わず「嘘でしょう?」って叫んじまった。




