三
今日は土曜日だというのに、食堂は混雑している。その原因が「出待ち」にあるということを和葉は最近になって知った。
出待ちとは、午前授業に出ている友人を待つ学生のことを指す。大学の最寄駅から十分程度で大きな町に出ることが出来るという抜群の立地条件から、一限か、あっても二限までしかない授業を受けたその足で遊びに行く学生が多いのだ。とはいえ、土曜日に授業が無い学生も多く、そう言った際の待ち合わせ場所は現地ではなく、安い値段で食事やデザートを食べられる食堂に必然となるのだった。
そんな出待ちの学生達をかいくぐり、ようやく見つけたテーブル席を確保した和葉と涼音が思い思いの食事を摂ろうとした時、彩夏と理香子が連れ立って食堂に入って来たのが目に入ったので、和葉達は二人に手を振って席に着くよう促した。
「有難う。助かったわ」
彩夏と理香子がお礼を言いながら席に着く。彩夏が鞄からコンビニのミニ弁当を取り出す一方で、理香子は紙パックの野菜ジュースだけを机の上に置いた。
「理香子先輩。お昼ってそれだけですか?」
「そうなのよ。余りお腹が空かないからこれで充分なのよ」
涼音が目を見開く。理香子は泰然とした様子でストローを差し込むとジュースを飲み始めた。
「理香子は今、ダイエット中なのよ」
卵焼きを口元に運びながら彩夏が言うと、理香子はスッと立ち上がり、注文カウンターの方へ向かい出した。
その様子を楽しげに見ながら彩夏が和葉達に尋ねる。
「二人とも授業?」
「そうなんです。この後はもうフリーなんですけどね」
「マジかー。私は夜からバイト」
涼音がいじけて、天津飯の上に乗っているグリーンピースを蓮華でどんぶりの縁に追いやり始めた。
「会長達は授業ですか?」
「いや、私達もフリーなんだけど、折角だし図書館にでも行こうかって話してたところなの」
レポートが多いのよ、と苦笑いしながら彩夏が言った。涼音が賛同の意を示してから二人でレポート課題の量の多さを嘆き始めたので、和葉は愛想笑いを浮かべながら唐揚げを口に運ぶ。小さい頃からものを書くのが好きだったこともあって、和葉はテストよりもレポート課題を得意としていた。
「どや」
理香子が満足げな表情で席に着いた。トレイの上にはおろしハンバーグ定食だけでなく、クリームコロッケや唐揚げなどの揚げ物類が積み上げられている底の深い皿もあった。
「理香子先輩……。それ、一人で食べるんですか?」
和葉が恐る恐る聞くと理香子はニッコリ笑って、
「何言ってんの、みんなでシェアしましょう」
と、和葉達に差し出した。
「いただきます!」
真っ先に涼音が春巻を取ると、彩夏もおろしハンバーグに手を伸ばす。
「いや、彩夏さん。ちょっと何やってるんすか」
理香子は笑みを浮かべたままだが、目が笑っていなかった。
「硬いこと言わないでも良いじゃないの。ダイエット中って言ってたの、覚えてる」
「だからデミグラスソースの方じゃなくておろしにしたんでしょうが!」
「多分、そういう問題じゃないわよ」
「そうだとして、何故やらねばならん!」
おろしハンバーグを取り合う二人を見ながら、和葉は自然と笑みがこぼれているのを感じていた。本当に仲が良いんだなと思う。
「あ、そう言えばこの前の話、どんな感じだったんですか?」
涼音が三つ目の春巻を天津飯の上に乗せながら聞いた。
「この前の話?」
「ほら、部室で盛り上がってたじゃないですか。面白そうな話があるって」
一瞬、理香子はぽかんとした表情を浮かべたが、すぐに何かを思い出した様に左手を頬に添えた。その隣で彩夏がこっそりとおろしハンバーグを箸で切り分け、自分の弁当に移している。
「それなんだけどね、ちょっと変なのよ」
「変って?」
「実は、全然思い出せないのよね」
「え?覚えていないんですか?」
理香子の言葉に和葉達は目を丸くした。
「本当、不思議なのよね……。何だか楽しかったってのは覚えてるんだけどね。それだけじゃなくてね、話してくれた女の子のこともうろ覚えなのよ」
「うろ覚え?」
「うん。例えば髪型だけど、セミロングだった気がするけれど、今じゃショートボブだった気もするのよね」
「それはあんたが幽霊部員だから、みんなの顔を覚えられてないだけでしょう?」
彩夏がツッコむと理香子は、そうかもしれないと苦笑いしながら頬を掻いた。
「じゃあ、部員以外の学生だったんじゃないですか?あの時は、新歓かってくらいメンバー以外の人が多かったですし」
「ああ、だから覚えてないんだ!」
「それはそれでどうかと思う」
彩夏の更なるツッコミに涼音が思わず笑みをこぼす。
「まあ、明後日も集まるんだし、その時にでもその子を紹介してくれたメンバーに話を聞きましょう」
「いや、明後日はサボる予定がありまして……」
「副会長がそれでどうすんの。後輩もいるっていうのに」
「まあ、予定は予定だから!あ、それとおろしハンバーグ分けてあげるよ」
「食べ物で懐柔しようとするな!」
そう言いながらも彩夏は理香子からもらったおろしハンバーグを口に運んでいた。さっき取っていた方は既に無く、理香子は何も気付いていないようだった。そんな理香子は彩夏から白身魚フライを奪おうと躍起になっている。
そんなやり取りを見ていると、涼音がふと声を掛けてきた。
「ねえ、和葉。理香子先輩は女の子って言ってたんだけど、私には男の子っぽく見えたんだよね」
「え?」
「いや、後姿しか見てないから何とも言えないんだけど」
「てか、面と向かって喋ってた先輩が女の子って言ってるのに、何で男が出てくんのよ」
「まあ、そうなんだけどね……」
ボーイッシュなだけかな、と一人考え込む涼音に呆れていると、彩夏がちらりと理香子に目を向けているのが目に映った。
それはどこか思い悩む様な、寂し気な視線だった。




