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オカルト研究会の有閑な日常  作者: 賀来文彰
幻燈の中の抱擁~オカルト研究会元会員の備忘録より~
14/73

 大学を出た私たちは、正門前で教授陣や職員を待ち伏せているタクシーの一つに向かった。他の乗客に先を越されない為か、先に会長が走って行き、助手席に乗り込んでいた。

 どことも知れない目的地に向かう中、私たちは終始無言だった。やがてタクシーが路肩に停まった。


「彩夏。一体どういうつもりなの?」


 そこは遥さんの家の近くだった。タクシーが去った後は車が通る気配がなく、ただただ静かだった。


「もう一度、遼太君に会いたくありませんか?」

「会長……」

「この道を行けばあの交差点に出ますよね。そしてそこを左に曲がれば公園がある」

「……。」

「普段は非常口を使う遥さんが、その日に限って遼太君を見たとは考えていません。恐らくですが、遼太君は今もずっとあそこで遥さんを待っているはずなんです」


 遥さんは何も言わなかったが、黙ったまま歩き始めた。その後ろを、少し距離を置いて私たちはついていった。


「会長。遥さんの精神状態を考えてください。遥さんは既に許容範囲を超えるストレスに晒されています」

「分かってるわ。だからこそ、遥さんは遼太君に会わないといけないの」

「会いたいと思って会えるわけないじゃないですか」


 だが、会長は何も答えずそのまま歩き続けた。しばらく先を歩いていた遥さんは交差点に辿り着いていた。その遥さんが急に左側に振り返ったのはその時だった。


「来た」


 会長が呟いた。

 遠くの方から小さな物音が近付いて来るのが聞こえてきた。その音が大きくなるにつれて、それが子どもの足音であることが分かり始めた。


「私たちはもう少し後ろの方で遠慮しておきましょう」


 静かに言うと、会長は数歩後ろに下がった。今いる位置からでも交差点の角は死角になっていたが、会長の意を汲んで自分も後ろに下がった。

 何も見えず、何も聞こえなかったが、遥さんがかがむ様子は見えた。それはちょうど三歳ぐらいの子どもに話しかける時に自然ととる姿勢だった。

 しばらくして遥さんは立ち上がると公園の方へと歩いていった。距離を保ったまま後を追って交差点の角を左に曲がると、すっかり人の気配が無くなった公園の中で遥さんがこちらに背を向けて立っている様子が見えた。


「私たちはここまで」


 踏み出そうとすると会長にそっと制止された。


「ほら。遥さんが影になってよく見えないけど、もう一人いるでしょう」


 確かに誰かいるようだった。時折話し声のようなものも聞こえてきたが、折しも吹き始めた気まぐれな風の音でよく聞き取れなかった。


「短い時間だけれども、二人きりにしてあげましょう」


 会長と共に交差点の角まで引き返した。

しばらくの間私たちは道路脇で何も言わず、じっと何かを待っていた。やがて一際強い風が吹いた。


「さあ、行きましょう」


 私たちは歩き始めた。公園に入ると遥さんがゆっくりとこちらに向き直った。その表情は少し強張っていた。


「近所に住む人から聞きました。お二人はよくこの公園で過ごされていたんですよね」

「……。」

「普段気にしたことが無いので知らなかったんですが、クローバーは色々なところで見かける機会があるそうですね」

「……ここでよく四つ葉のクローバーを探していたの。飽きもせずいつもいつもね」

「さっきの話の続きになるんですが、遼太君は四つ葉のクローバーを見つけたんじゃないんでしょうか。それを真っ先にあなたに見せたい一心で思わず駆け出してしまったんじゃないかと」


 ずっと探し求めていたものを見つけた嬉しさと、一緒に探していた遥さんにそれを早く見せてあげたい優しさが彼の足を速めてしまったのだろう。


「あなたは薄々そのことに気付いていたのではありませんか?」

「……交差点に着いたらね、誰かが駆け寄ってくる気配がしたの。そして誰かに呼ばれたような気がして。そっちに振り返ると、遼太が立っていたの」


私たちは無言で遥さんの独白に耳を傾けた。


「あの子ったら、嬉しそうな顔をして四つ葉のクローバーを見つけたよって。その後にね、ごめんねって」


 遥さんは無意識のうちに顔を空に向け始めていた。


「謝らないといけないのは私の方なのに。あの子をもう一度抱きしめながら、何でいつも一緒に公園に行っていたのに、どうしてあの時に限って一緒にいてあげられなかったんだろうって思ってた……。私のせいで遼太は死んじゃったんだって………思ってた。それなのに……それなのに、ごめんねって……」


 いよいよこらえきれなくなった熱いものが遥さんの頬を伝い始めた。一度あふれ始めたものは勢いを増すばかりだった。


「遼太……ごめんね………。本当に、ごめんね……」


 ついに遥さんは両膝をついてしまった。顔を覆う両手の指の間から大粒の涙がとめどなくあふれ、こぼれ出る。


「遥さん」


 会長が歩み寄った。


「謝ってばかりじゃだめです。遼太君は遥さんのことを想って再び姿を現したんですよ。束の間だったのかもしれないけれど、確かにもう一度遼太君をその腕に抱きしめることができたんですよね」


 遥さんが涙を流しながら顔を上げた。


「服についているそれってクローバーですよね?気付きませんでしたか?」

「これって……」


 遥さんのスプリングコートの腰辺りにクローバーが付いていた。その葉は確かに四枚だった。


「遼太君のことを本当に思うのであれば、今あなたが口にすべき言葉は謝罪ではないと思います」


 会長が諭すように言った。差し出したその右手にはハンカチがあった。

 遥さんはしばらくそのハンカチを見つめていたが、それで乱暴に顔の涙を拭い、腕でも目元の辺りを拭うと、


「そうね」


と呟いた。

 少しの間をおいて立ち上がった遥さんは空に向かってこう言った。


「ありがとう、遼太」



「会長。一つずっと気になってることがあるんですけど」

「却下」


 ゴールデンウイークも過ぎ、初夏の兆しが木漏れ日に感じる頃だった。早くも授業をサボることの大切さを知った私は、会長と共に部室で涼をとって英気を養っていた。


「移ろい雪伝説を調べた時のことですけど、やっぱりその必要性があったのか未だに分からなくて。遥さんから移ろい雪伝説を聞かされていた遼太君がそれに従って出て来たのは分かるんですけど、果たして遥さんと向き合う為になったのかなって」

「その後の言葉を覚えている?」

「えっと……。何でした?」

「遥さん自身も調査結果に対して向き合えない」

「ああ、確かにそんなことを言ってましたね」

「それが答え」

「え?」

「自分のライフワークだったものから得た知見がきっと遥さんの心を支えてくれると思ったからよ」

「ふむ」

「ふむ?」

「ああ、いえ。なるほどなーって思ったんです」


 穏やかな日だった。他の学生が狭い講義室でぎゅうぎゅうになりながらあくせくとノートにペンを走らせる中、私はほぼ貸切状態の部室で夏を先取りしたアイスクリームを片手に思いを巡らせていた。


「遥さんですけど、お元気そうでしたか?」

「ええ。元気そうだったわ」

「確か、あの家を引き払ったんでしたよね」

「ええ」

「ふむ」

「……。」

「ところで会長」

「却下」

「あの時、遥さんは本当に遼太君に出会えたんですかね」

「さあね」

「あの時、私たちは何も見ていませんでした」

「そうね」

「真実そのものか、それを経験した人が真実だと信じて疑わないか。ですか」

「真実そのものか、それを経験した人が真実だと信じて疑わないか。です」

「いずれにせよ、あの経験が遥さんの重荷を少しでも軽くしてくれたのであれば、何よりです」

「そうね」

「それでなんですけれども」

「今度は何?」

「依頼を受けた時に言ってた個人的な関心ですけど、あれって何ですか?絶対に単なる動機付けとやらじゃないですよね」

「ふむ」

「何ですか、ふむって」

「さあね」


 会長はそう嘯いたままついに答えを教えてくれなかったが、自分なりに導き出したその答えは、オカルト研究会での私の行動指針となった。


さて、最後に一つ書き残しておきたいことがある。胡麻富岳に言い伝えられている移ろい雪伝説だが、これが突拍子もない噂話であるのは否めない。しかしながら、幻燈の中の抱擁は私達の前で確実に起きたことであり、その結果、一人の女性が救われたこともまた紛れもない事実なのである。


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