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オカルト研究会の有閑な日常  作者: 賀来文彰
幻燈の中の抱擁~オカルト研究会元会員の備忘録より~
11/73

 その日は授業が最終コマまで入っていたが、出席票や板書の写しを友達に頼むと、ある確信を胸に部室に向かった。

 他の部活動やサークル活動と同じく、オカルト研究会にも活動日がある。それ以外の日だと部室は閉まっているが、明かりこそ点いていないものの予想した通り部屋の中に人の気配を感じた私は扉を開いた。


「あら、今日は活動日じゃないわよ。和葉」

「会長こそ活動日でもないのに何をしているんですか?」


 会長はいつものように書類棚の横に置かれた専用の席に腰掛けていた。出入り口から見るとちょうど斜め向きであるその席は、窓から差し込む夕暮れを横顔に投げかけるような位置にあった。


「私がここで何かをしようと別に良いでしょう。それよりも和葉。あなたこそ何をしに来たのかしら?」

「こういう言い方は好きじゃないんですが、謎を解き明かしに来ました」

「謎、ね」


 橙色の残照を背に受けた会長の表情は判然としなかったが、自身でも恥ずかしくなるような陳腐な言い回しを聞いてもせせら笑ったり訝しがったりしないその反応が全てを物語っていた。


「今回の件で気になったのは、会長が依頼を受けたことでした。いくら先輩の頼みとは言え心霊関係の話題を会長が真剣に取り合う必要は無かったはずです。適当にお茶を濁しても問題なかったでしょう」

「そうしたかったけど、話の最中にあなたが来てしまったから真剣に取り組まざるを得なかったとは考えられなくて?」

「そうだったとしても、私には適当な雑用を与えておいて自分は別行動を取るという形で調査をしているふりはできたはずです。ですが、会長は過去の噂や子供に纏わる事件・事故を調べる作業を命じるだけでなく、自分自身も作業に携わった」

「図書館に出向いた以上、一人だけ漫画や小説を読んでいるわけにはいかないでしょうに」

「それならフィールドワークこそ必要のないことでしょう。だいたい、お茶を濁すつもりならあの記事を見つけてもそのまま黙殺していれば良かったのではないでしょうか」

「さっきから聞いていると、私のことをまるで生真面目な人間かのように高く評価してくれているような気がするんだけれど」

「会長はどうして依頼を受けたんですか?」


 会長は頬杖を突くと聞こえよがしに溜息をついた。


「どうしてそんなことが気になるの?確かに私は心霊関係の話を扱うことは嫌いだけれども、だからと言って遥さんからの依頼をはねつけるほどヒステリックなわけでもないのよ。こんなことがあなたにとっての謎だったの?」

「いいえ、違います。私にとっての謎は何故、調査の途中で私の目をごまかそうとしたか、です」


 会長は微動だにしなかったが、明らかに何かが変化し始めていた。


「会長が見つけた例の死亡事故の記事ですけど、本当は内緒にしたかったんじゃないんですか?でも、思わず驚いてしまったせいで私が食いついたから、内緒にできなくなった。そうじゃありませんか?」

「どうも話が飛躍し過ぎてさっぱりよ」

「あの時、事故現場の情報を会長は知らないふりをしていました。正確には遥さんの名刺に書いてある住所と目と鼻の先であることに気付いていないふりをしていましたよね。」

「だから、何でそう話が飛躍するのよ」

「会長が今回の依頼に対して何らかの決着を見ているからです」


 窓の外ではいよいよ日が沈み、会長だけでなく窓際に近いものが影に覆われ始めていたが、それでもこちらをじっと見つめているのが直感的に分かった。


「土曜日に落ち合った時、会長は噂について一つの考えを話してくれましたよね。でも、あの時にどうして事情が少し違う気がしたんですか?確かに子どもの幽霊の噂はたくさんありましたけど、よくよく考えてみたら遥さんの調査結果とは時系列が合いませんし、調査を依頼された噂そのものを誰かに聞いて回ったわけでもありませんでした。聞いて回ったのは移ろい雪伝説についてでしたよね。それなのに会長は何故、憐れみから始まった近隣でのやりとりが今回の件に繋がっているという推測を話したんですか?」


また溜息をついたが、先程とは違ってそこに呆れや嘲りを込めた芝居はなかった。


「フィールドワークの段階では、会長は既に何らかの結論に達していたんですね」

「そうよ」

「だったら何で教えてくれなかったんですか?」

「この調査にあなたが加わる時に言ったことを覚えてる?」

「嬉しくない結果に終わるかもしれないっていうやつですか?」

「そうよ。でも、これは何もあなたに限ったことではなかったの。そのことに気付いた時には打ち切るのが難しいほどには調査が進んでしまっていたし、あなたも気付いてしまった」

「やっぱりあの記事なんですね」

「ええ。でもね、その時はあくまで偶然の一致に驚いただけだったの。でも一緒に調査しているあなたの目に留まってしまった以上、実際に出向かない訳にはいかなかった」

「疑念が確信に変わったのはいつですか?」

「あの日あなたと別れてからしばらくして。あなたはそのまま帰ったけど私はまた図書館に引き返したの。それ以外にも色々と確かめたから、土曜日に会った時にはほとんど確信に近いものが自分の中にあったわ」

「今では自分も会長と似た結果に辿り着いている気がします」

「多分一緒よ。あなたはいつ辿り着いたの?」

「土曜日です」

「やっぱり。さっきの噂の件で?」

「それもそうなんですけど、続きを来週の水曜日あたりにしようっていうのが引っかかって。余りにも先延ばしにするからおかしいなって思い始めて。そこから、なんとなく覚えていた違和感や気になることがいっぱい出て来たんです」

「だから不意打ちしてきたのね」

「私に隠してことを済ませるつもりなら、本来の活動日は外すと思ったんです。」


 会長が静かに微笑んだ。私は一歩詰め寄ると会長にずっと考えていたことを口にした。


「どうして仲間外れにしたんですか?」

「そんなつもりはなかったの。でも、同じ結論に辿り着いたのならあなたにも分かるはずよ」

「いいえ、分かりません。遥さんの過去を知ったところで私が口外するわけないじゃないですか」

「やっぱり口を噤んで正解だったようね。同じ結論に辿り着いてもその意味の重要性をあなたは分かっていなかった」

「どういうことですか」

「私と遥さんですら互いの付き合いなんてほとんど無かったのに、絶対に触れられたくないであろう過去のことを依頼の場にたまたま居合わせた顔も名前も知らない学生に知られたらどうかしら?あなたが口外するかどうかじゃないの。あなたに知られること自体が問題なの」


 そこで初めて私は自身の思慮の無さに思い至ったのである。これでは噂を生み出した近隣の人々と何ら変わらなかった。


「……そこまで考えていませんでした」

「あなたを傷付けてしまったことは謝るわ。ごめんなさい。でもね、事はそうしなければならなかったほどに重大なの」

「え?」

「私たちはあの死亡事故と遥さんが密接に関係しているという結論に辿り着いているわ。恐らく、亡くなった子は遥さんの子どもよ」

「ええ。間違いないと思います。図書館のデータベースで調べてみたらヒットしましたから」

 遥さんの苗字は御幣島だった。余り聞かない珍しい苗字だったので、それで調べてみるとあの事故をもう少し詳しく書き綴った別の新聞記事が見つかったのだ。

「私も同じ記事を見たわ。ここから一つの恐ろしい事実が浮かび上がって来る」

「何ですか?」

「依頼の内容よ」

「それって……」

「そうよ。遥さんの依頼は最近になって出てきた新しい子どもの幽霊の話を調べることだった」


 会長がそっと立ち上がった。


「そして、その子どもは誰かを探している。今もずっとね」


 ――もしかすると、その心は壊れてしまうかもしれないわね。

 あの日、サンドイッチを片手に会長は確かにそう言った。


「じゃあ、遥さんの心は……」

「ええ。かなりのダメージを追っているはずよ」

「すぐに専門機関に連絡しないと」

「何て伝えるつもりなの?自分の子どもの幽霊について調べてくれと言われたって?いくら専門機関だからってまともに取り合って貰えないわ。せいぜい一笑に付される程度よ」

「でも……」

「それに、もし私たちの連絡を真面目に受け取ってくれたとして、遥さんにとって良い結果に繋がるの?私は専門学科のあなたと違って心の問題にはそんなに詳しくはないけれど、心のケアを自主的に受けようと思えるほど、遥さんの心がまだ保たれているとは思えないの。それに専門機関からの働き掛けそのものが更なるダメージを与えてしまうかもしれない」


 悪いことをしていないのにパトカーを見ると何だか落ち着かなくなる時があるのと一緒だと会長は言った。確かに、既に自分でも気付かないほどの心理的ダメージを負っている人が、いきなり専門機関の人間から何らかの形であれ接触されれば強いストレスを感じることだろう。そしてそれは私たちであれば許容範囲内であるところを、その人にとっては目盛りを大きく振り切るものになるかもしれない。


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