10万年後の鯨は災害 2
目を瞑った僕の瞼に光が当たる、鯨に噛まれて死んだのならありえない状況だと思う。何が起こったんだろう……。
「え……」
僕は今凄い勢いで鯨から離れていた、水の流れに乗せられて来たときよりも速く。僕の意思とは関係なく動かされている。これもモルト母さんの加護なのだろうか。
「僕は……さっき死んだんだなあ……これは偶然生き残っただけだ……もっと……もっと自分のできることできないことを知らなくちゃいけない……」
1人じゃダメだ。僕は僕自身のことを分かっていない、知らず知らずのうちに驕っていたとしても気づけなかった。誰か仲間が欲しい……僕の事を叱ってくれるような。
「……でもな……こんなどこの誰かも分からないような僕のそばに居てくれる人なんて……いないんだろうなあ……」
鯨から離れていくにつれて急に眠くなってきた、思っていた以上に鯨との遭遇は僕に負担だったようだ。意識を保つことが難しい……。
「……すぅ」
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頬を叩かれているような気がする、誰だろう。僕を呼ぶ声も聞こえてきた。
「……て……おきて……!!」
ゆらゆらと動くのはゆりかごのようでとても心地よい。このまま眠り続けているのはとても楽だ。このままでもいい……。
「おきてっ!!」
「へぶっ!?」
殴られた!?
「痛い!?」
「起きた!!早くこっちに来て!!」
手を引かれて進んでいく、ちょっと確認をしていないけど多分デリさんだったと思う。
「どうしたの!?」
「鯨が来たの!!」
鯨!?来るのは3日後だっていう話じゃなかったのか!?
「僕3日も寝てたの!!」
「何言ってるの、3日後って言うのが間違ってたの!!今来てるの!!」
今、来ている?鯨が……?どうして……?もしかして……僕のせい……僕が余計なことをして……呼び出してしまった……!?
「あ……ああ……ごめんなさい……ごめんなさい……僕の……僕の……せいで……鯨が……早く来てしまった……ごめんなさい……」
「何言ってるの!!早く逃げるよ!!予測が外れたのなんか初めてだからみんな慌ててるの早く村の避難所まで行くよ!!」
違う、違う……予測が外れてたんじゃない……僕が……僕が力もないのに……出しゃばったから……こんなことになったんだ。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
自分のやったことの意味が理解できるのはいつも取り返しがつかなくなってからなんだ、10万年後に来たのもそうだ、鯨に不用意に近づいたのもそうだ。
「僕は……なにも……できない……」
「大丈夫、いっつも村長とかダレおばさんとかが倒してくれるんだから。安心して」
僕がこんなことしなければもっと準備ができていたはずだったんだ……もっと……万全に……できたはずなんだ……。
「ごめんなさい……」
「……どうしたの?さっきから謝ってばっかり……鯨に話をしに行くなんて言って飛び出して行ったから心配してたの……何かあったの?」
話してしまおうか……そうすれば楽になれるのだろうか。楽になってしまって良いのだろうか、僕はそんなことをして許されるつもりなのだろうか。ここにいきなりやってきて、いきなり出しゃばって、ここに災害を呼び込んだ。そんなことをして、悪気はなかったんです、僕なりに救おうとしたんです、でもできなくてここに連れてきてしまいましたって告白するのか……?
「なんでも……ないです……僕は役立たずだ」
僕は卑怯者だ……何も言えない……責められたくない……嫌われたくない……僕の失敗を知って欲しくない……例えそれが許されざることだったとしても……。
「……あっついね」
抱きしめられた、デリさんの肌は冷たい。モルト母さんのとも違うすべすべした肌が僕にくっついた。僕にそんな資格はないのに……。
「ごめんなさい……ごめんなさい……僕は……僕は……!!」
「良いの、きっと頑張ったんだよね。なんとかしようとしたんだよね。それでどうにもならなかったんだよね。でも良いの」
なんだろう、違和感を感じる。まるで僕がしてきたことを知っているかのような……まさかそんなことがあるはず……。
「ねえ……本当に鯨に会いに行ってきたの……?」
「っ!?」
なんだ、粘つくような目つき。悪意のこもった三日月。まるで、まるで、デリさんが悪い人のような、そんなあり得ない予感がする。
「鯨を呼んできてくれたんでしょ。私のために」
「え?」
クジラヲヨンデキテクレタンデショ?なんだなんだなんだ、どうしてデリさんがそんなことを言うんだ。どうしてそんなに楽しそうに言うんだ、意味が分からない。
「え、え?」
「違うの?だって私と君は運命の流れに乗せられているんだから違わないよね。こんな檻を壊して外の世界に漕ぎ出すんだよね?」
「デリ……さん……?」
瞳から感情が読めない、怖い目だ。暗い暗い瞳だ。
「海上の棺より出でしもの、水の民と結ばれ、世界を満たす。そういうことだよね?」
怖い、怖い怖い、デリさんと同じ顔で全く別人が喋っているような。
「……もしかして……違った……?」
あれ、一気にいつものデリさんだぞ。
「は、はい……」
ちょっと混乱してよく分からないけど、とりあえず違うってことだけは言っておかないといけない。
「やだ……私の勘違い……?」
「えっと……はい」
顔が目に見えて赤くなっていく。
「えへへ……忘れて……?」
「無理です」