10万年後の鯨は災害
鯨の話が村に伝わるのは凄く早かった、みんなが一斉に動き始めて準備を始めている。やることは分かっているようでよどみなく動いているのをただ見ているだけ。僕にできることはない。
「何かできることはないかなあ……」
来ると分かった災害にこんなに前向きに対処しようとするなんて考えもしなかった。少しでも手伝いたいと思うけどよそ者である僕がいきなり入っても邪魔になるだけなのは考えればすぐに分かる……どうにかできないかなあ。
「災害かあ……もしかして生き物なら話が通じるんじゃないかな?」
今のところ話せない相手はいなかったし、やってみる価値はあるように思える。鯨って頭良いらしいし、コミュニケーションとってるらしいからいけるような気がする。なにより成功したらここが災害に襲われずにすむから。
「でも場所がなあ……大きいとは言っても海からみたら砂粒みたいなものだろうし」
GPSでもついていれば楽にどこにいるか分かるんだろうけど、そんなものないだろうし。もしかしてこの前の情報に来る時間と場所がもう予測してあったのかな?
「あ、いたいた。聞いたよ!!お手柄だったんだね!!」
久しぶりにデリさんに会った、聞いたって一体なにを聞いたんだろう。何か言いふらされるようなことをした覚えはないのだけど。
「なんかおっきな仕事を成功させたって村長が言ってたから。きっと鯨のことだよね?」
「やっぱり鯨ってそんな大事なんだ……」
「あったりまえだよ!!だって鯨を倒せなかったら村がなくなってみんな死んじゃうもん」
死んじゃう?ここは海でデリさん達のホームグラウンドのはず……少しぐらい壊されても大丈夫なんじゃ……?
「なんで不思議そうな顔してるの?農場も家もなくなったら死んじゃうのは当たり前でしょ?」
「っ!?」
僕は重大な勘違いをしていることにようやく気づいた、避難するってことは鯨の通り道にあるこの場所の破壊が確定するってことでそれはここの生活基盤が根こそぎになるってことで、つまりここで生活している者たちの生活が失われるってことだって。もうすでにただの魚ではなくなって定住している人たちであることを忘れてしまっていた。僕は心の底で僕とデリさん達を全く違うものだと思っていたみたいだ、変わらないんだ。生きてきた場所を捨てることは生きることを捨てることなんだ。
「……デリさん……鯨ってどこにいるか分かる……?」
「えっとね。あっちの方から3日後くらいに来るらしいよ?」
デリさんが指さした方向を見る、目印らしいものはほぼないけど方向さえ分かればあとは進むだけだ。泳ぎに関しては問題はない。モルト母さんから貰った加護で水中で動くことには問題はない。
「ありがとう。僕ちょっと行ってくるね?」
「どこに?」
「鯨とお話しに行ってくるよ」
驚くほどすんなりと言葉が出た、まるでもともとこうすることが決まっていたかのように。きっとここで鯨を止めることが僕の仕事なんだ。そのための力なんだ。
「なに……言ってるの……?」
「じゃあ……終わったら戻ってくるから……」
時間が惜しい、今すぐにでも行かなければ。
「まっ……!!」
デリさんが何か言おうとしていたけれどそれを振り切ってまっすぐに身体を撃ち出す。ここで止められたらきっといけなくなってしまう。僕は行かなくちゃならないんだ。
「まっすぐ行けばいいのかな……」
ずっと水の中を動いているとまっすぐ進んでいるのか分からなくなってしまう、きっと正しい方向へ向かっているのだと信じて進むしかない。
「……やれる……きっとやれる……僕がやってみせる……」
しばらく移動を続けているといきなり水の感じが変わる、冷たいとか温かいとかではない。なにか違和感を感じる。
「なんだろう……水質が変わったのかな」
海の場所によって軟水と硬水が変わったりするのか?
「え?」
大量の水が動くのを感じた、いやこれは違う大量の水が動いているんじゃない。とてつもなく大きなものが動いているんだ。
「う……そ……でしょ……?」
目の前には動く島がいた。島が動くなんてありえない、つまりこれが鯨。生きる災害として恐れられている存在。僕よりも遙かに大きな目玉がギョロリと動いて僕を見た。
「ひっ……!?」
怖い怖い怖い怖い……!!大きいものってこんなに怖いのか……!?
「グウウウウウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
咆哮が響き渡る、周りの水ごと大きく揺さぶられる。ただ声を発しただけどこの規模の影響力を持つなんて……考えもしていなかった……これは立ち向かってはいけないものだ……触れてはいけないものだ……!!それでも……それでも僕は……!!
「は、話をしに来ました!!」
大丈夫、きっと言葉は通じる。こんなに大きいならきっと脳も大きいはず。脳が大きくなれば知能も上がるからきっと話はできるはずだ……!!
「?」
反応があった、動きが止まったように見える。通じてるぞ、きっと言葉は通じている!!
「どうかここから先へは行かないでください!!もっと良い場所があるはずです!!」
伝われ!!お願いだ!!
「え?」
殺し専門の口が僕の方へと向かって来ている。どうして?通じたはずなのに……どうして……?
「あ、そうか。こっちから言葉をかけても聞き入れてもらえないこともあるんだ……」
こんな単純なことも忘れていた、ぼくは浮かれて有頂天になってしまっていた。僕の言葉には力があると思ってしまっていた。そんなの聞く気がある相手にしか意味がないことだということも分からずに。だからぼくはこんな事になった。
「戦う能力がないって言われたばっかりなのになあ……」




