2-10 フット・イン・ザ・ドア・テクニック
「もういっかい」
幼女のその言葉をオレはナメていた……。
一回目は純粋に嬉しかった。
二回目はもっと嬉しかった。
三回目はもっともっと嬉しかった。
四回目はちょっと戸惑った。
そして、五回目で止め時を失った。
六回目はどうしたもんかと考えた。
七回目はいつになったら飽きるかと思った。
八回目はまだ飽きないのかと感心した。
九回目は飽きるまでつきあってやるかと決心した。
そして、十回目で数えるのをやめた。
サタン子ちゃんの全力でのフライングアタックを受け止めて倒れ込んでから、サタン子ちゃんを抱えて立ち上がらせ、自分も起き上がる。
いくら幼女の軽い体重とはいっても、それを何十回も繰り返すとなるとさすがにしんどい。乳酸パない。
子どもの「もういっかい」を言葉通りに受け取ったオレの自業自得だ。
「もういっかい」って言われると、喜んでくれてるのが嬉しくなって、つい気軽にオーケーしちゃうのが人情だ。
けど、それが罠。「いいよ」って一回でも言ったら負け。次が断れなくなるもん。
本能的にフット・イン・ザ・ドア・テクニックを使いこなすとは、恐るべしだな子どもたち。
世間のパパさんママさんは毎日これの相手してるのか。そう思うとちょっと尊敬だ。
子どもが言う「もういっかい」、正しくは「もういっかい(次で終わるとは言ってない)」だ。肝に銘じておこう。
シーシュポスさんの気持ちがちょっと分かった――。
「だいぶお楽しみだな」
疲労困憊のオレに、思わぬところから助け舟がきた。
「比呂子さん……」
サタン子ちゃんとの遊びにすっかり夢中になって、というか疲れすぎで考えられなくなって、すっかりその存在を忘れていた。
今までの光景を第三者に見られていたことに気づくと、少し気恥ずかしかった。
しかも、その相手は比呂子さん。
比呂子さんだからこそ余計に恥ずかしいような気がする一方、比呂子さんならまあいいかなという気もする。
そんなオレの葛藤などつゆ知らず、
「んじゃ、先に帰ってるから」
くわえタバコで片手を上げて気軽そうな比呂子さんだった。
比呂子さんは最初に「ヤバかったら助けてやる 」と、そう言っていた。
その比呂子さんが先に帰るってことは、もうヤバくないってこと。
自分が上手くやれていたことにほっと一安心した。
「色々とありがとうございました」
「いいってことよ。俺とお前の仲じゃねーか」
オレのお礼の言葉をサラッと受け流すオトコマエな比呂子さん。
いったい、比呂子さんの中では、オレと比呂子さんはどんな仲になってんだろう? 考えるだけムダだな……。
「魔王ちゃんもバイバイな」
「ばいばい?」
わかっているのかいないのか、比呂子さんのマネをしてサタン子ちゃんも手を振る。
「勇作パパにいっぱい遊んでもらえ」
「ゆーさくぱぱ?」
「ちょ、比呂子さん変なこと教えこまないで下さいよ」
キョトンとするサタン子ちゃんと慌てるオレ。
それを気にかける素振りも見せず、比呂子さんは背を向けて離れていった。その後姿では、我関せずといった様子でポニテが揺れていた。
そして、ベンチのあたりまで歩いて行ったところで、その姿は唐突に掻き消えた――。




