3話 力を知る
──2分、いや3分くらい?
どれくらい走っただろうか。槍どころか、あの二人からも逃げ延びることができたらしい。
それにしても、さっきの現象は一体。
もしかして。
「今のが『超能力』なのか……?」
だとしたら、どんな能力なのか。
景色が超高速で過ぎ去っていく、そんな能力。──どんな使い道が。
あるいは、何か勘違いをしているのかも。
「景色が……高速……」
何度か呟いて、一つ試してみようと思った。
景色が動いたのではなく、俺自身が動いていたのだとしたら。
森を抜けるため。
あの姉弟がまだ俺を探しているとは考えにくいけど、万が一のため。
「『高速移動』、……っ!」
呟いてみて、走り出したら止まらずに。
再び周囲の木々や木漏れ日が後方へ、超高速で流れていった。
◆
「で……できた……」
森を抜け、草原に出たのを確認し、能力を解除するまでに2秒ほど。
振り返る。たった2秒──それでも、森があんなにも遠くに。大体500メートルくらい離れただろうか。
「よし……っ、なん、だ」
急激に。めまいと吐き気に襲われる。
軽い頭痛も。これは一体。
「もしかして、副作用……?」
立っていられず、地面に倒れこむ勢いで横になる。
この感覚は──死ぬ前の半年間で散々味わった、内臓の違和感、及び痛み。
『副作用ではありませんよ』
「め、女神様……?」
突然右耳に入ってくるこの声にも、慣れてきた。
副作用じゃないって、それじゃあ一体、これはなんなんだ。
『能力の反動、です』
「反動? ……ああ、なるほど。なんとなく分かりました」
多分、身体の外側──皮膚やその下の筋肉だけを動かすイメージで走ったから、内臓がスピードについてこれなかったのだろう。
吐き気は腹部の臓器が、めまいや頭痛はそのまま脳が。
それぞれついてこれなかった、ってことか。
『本当に、飲み込みが早くて助かります』
「お褒めにあずかり……って、なんだ?」
また、声が聞こえた。
森の方からではない。前方から、おそらく大人の男の声。
草原とはいっても、ところどころに隠れられそうなえぐれた地面がある。
その中の一つに向かって、能力を使わずに絶賛反動中の身体で走り、隠れる。
『ったくよぉ、いくら下っ端だからってよー、俺一人で見回りなんてさせんなってんだよなぁ』
──その言葉に対する返答はない。
ちらっと声のする方を見る。左の腰に小刀を携えた、怪しげな男が一人。
怪しげな、の意味はその服装にある。
上半身は裸で、下半身は薄茶けたズボン、それにブーツ。
ぼろくて黒い布切れを頭からかぶっている。
『親分も厳しいぜ、まったく。あぁイライラする』
めっちゃ不機嫌な──多分、盗賊。
男よりももっと遠くには、柵に囲まれた野営地らしきものも見える。
どうしよう、と考える。
森に戻る選択肢は現状ない。またあの姉弟に見つかって、最悪なことにあの姉弟も能力者だったら──と考えたから。
そうなると──これしかないか。
「あのー、こんにちはー」
隠れていた地面から顔を出し、間抜け面な笑顔で盗賊に話しかける。
目の前の男が『取引できるタイプの盗賊』だといいなぁ、という一心で。
──だけれども、そうは問屋が卸さぬようで。
「何モンだテメェ!」
「あ、いや、あの……」
言い詰まる。
明らかにこちらを敵視している。
いやほらだって、小刀を鞘から抜いてるもん。
「取引したいな、と思いまして」
「あぁ!? 手ぶらで何抜かしてんだ!?」
言われて気付く。
俺、身に付けている服くらいしか持ってない。
この世界のお金も持ってない。そもそもそういう文化があるのかすら知らない。
「……あぁ? その服装、テメェ異世界人か?」
「っ! あ、はい!」
ちょっとだけ、男の声のトーンが落ち着いたから、元気に返事をしてみる。
──油断した。慢心した。その二言に尽きる。
「おりゃぁ!!」
「うわっ!?」
鞘から抜かれた小刀を構えて、こちらに突進してきた。
咄嗟に後退したからなんとか刺されずに済んだ。
──どうする、どうする?
再び森の中に戻るのは──最終手段だ。
だとしたら、目の前の男と戦う? どうやって?
──ええい、仕方ない。
能力を使ってこの男を倒して、その後の反動は──成り行きでなんとかする!
右の拳を固めて、心の中で『高速移動』と唱える。
左足で地面を蹴って、拳を前方に突き出して──。
「ふっ!」
「ぐはっ……!」
男の腹に、拳がめり込む。
そのまま、能力を2秒だけ解かずに。
「吹っ飛べ!!」
◆
吹っ飛んだ男の身体は、野営地らしき場所の近くまで吹っ飛ばせた。
能力は少し使っただけだから、反動はかなり少ない。
──それはいいのだけど、どうも野営地の方が騒がしい。
耳を澄ます。
『な、なんだ……敵襲か!?』
──あ、完全にヤバイ。
完っ全に、吹っ飛ばす方向を間違えた。
日も落ちてきたし、かなりマズい。
最終手段、早速実行。
後ろ──森の方を向いて、『高速移動』と唱える。
◆
森に入り、5秒ほど能力を解かずに全力疾走。
野営地の喧騒は既に聞こえない。そのくらいは離れることができたらしい。
「ぐっ……」
例によって、反動が身体を襲う。
しかも、今回はちょっと長めに能力を使ったからか、めまいや吐き気がさっきの比ではない。
「仕方ない、か」
頭もぼんやりしてきたから、近くの木に背中を預けて、目をつぶる。
今日はここで野宿か。
ああ、なんて怒涛の初日。
なんて幕開け。
そう心の中で呟いて、目を閉じた。




