2話 異なる世界
辺り一面、暗い緑。
じめじめ。風は吹いていない。
そんな場所。そんな森。
突拍子もないことで、分からないことだらけ。
これは夢ではないか、本当に異世界なのか、迅速者ってどういう意味なのか。
夢ではないだろう。
こうして自分の足で地面に立っている感覚。
本当に異世界なのだろう。
病院の周辺に、こんなに薄暗い森はなかった。
迅速者──に関しては、分からないけれど。
今考えても無意味だから、女神様はそれについて教えてくれなかったのだろう。
とりあえず、状況を整理しよう。
一番気になっているのは、服装だ。
上は薄手の長袖。色は青。下にちゃんと半袖も着ている。
下はカーキ色のチノパン。靴下は──お気に入りの紫色のやつ。靴は普段使いのスニーカー。
これらの服も、女神様の力で着替えさせられたのだろうか。
『ええ、そうですよ』
「おわっ!?」
突然、右耳に入ってきた、女性の声。
この声は──女神様の声、か。
『服はあなたが私服として着ていたものに変えさせていただきました。病室で着ていた白い入院着では、ここでは動きづらいだろうと思いまして』
「はぁ、どうも」
『それと、ここは確かに異世界です。あなたが元居た世界ではありません』
「あ、やっぱりそうなんですね……」
ショックはない。
泣きじゃくるほどのパニックにも陥っていない。
別段気にすることではない。
今、一番気になっていることは、他にある。
「転生っていうから、生まれてくるところからかと思いました。違うみたいっスけど」
『本来はそうする手はずなのですが、あなたは少々、他の方とは異なりますので』
他の人と、異なる。
それは一体、どういう意味で。
『答え合わせといきましょう』
「答え合わせ?」
『あなたの死因について、です』
──またしても。
突拍子のない単語に、意識を持っていかれた。
『あなたの身体を蝕んでいたのは、病気と呼べる類のものではありません』
「い、いや、でも、内臓の動きがおかしかったり、癌になったりしたんですよ?」
『それらは、あなたの身体に宿る超能力によるもの』
「……は?」
またしても、ああまたしても。
女神様の言葉に、何度驚けばいいのだろう。
「超能力、って……俺はファンタジー世界の住人じゃなかったと思うんですけど」
『他人よりも何倍もの速度で内臓が衰える、と考えてみてはいかがでしょう』
「……なるほど」
内臓の動きが老人のそれに近いものだったり、癌になったり。
それらは確かに、他人よりも内臓が早く衰えた、と考えれば辻褄が合う──のかなぁ。
『今はまだ、納得できなくてもいいのです。──おっと、そちらの世界の住人が、近くにいるようですね』
「えっ」
──確かに、ガサガサ、と草をかき分ける物音が聞こえる。
俺の正面──やや右斜め方向から聞こえる。
「……っ!」
咄嗟に木の陰に隠れてはみたものの。
獣の類だったらどうしよう。
女神様は『住人』と言っていたし、大丈夫だとは思うのだけど。
──耳を澄ませて、物音のする方向から聞こえる声を聴く。
「今年もこんな時期かぁ」
「やっぱり嫌なの、姉ちゃん?」
若い女性の声と、これまた若い男の声。
見つからない程度に、ちらっ、と声のする方を見る。
淡い緑色の髪の少女と、濃い緑色の髪の少年。二人とも、朱色のTシャツと紺色のズボンを身に付けている。姉弟だろうか。
もしかしたら異世界生活を助けてくれるかも、そう思ったのも束の間。
「生贄になる動物がかわいそうだもん。リィラだったら嫌だなぁ」
い、いけにえって言ったか、あの少女!?
驚いて声が出そうになったが、必死に両手で口を押さえて、再び木の陰に隠れる。
「でも、人を生贄にしないだけマシじゃない?」
──まあ、それは確かに。
そういうことなら、と木の陰から身を出して、姉弟らしき二人に声をかけようとしたのだけれど。
「でも今年は、人でもいいって──あ」
「あ」
「……え」
言葉を発した順番としては、リィラと名乗る少女、その弟、そして俺。
──『人でもいい』。その意味は、すぐに理解できた。
弟らしき濃い緑髪の人物の方が、手元からきらりと光る刃物を取り出し、木の棒にカチャッ、と手際よく取り付けた。
そして、それを俺に向かって──。
「……っ!」
観察している場合ではない。
だけど、あの槍(?)を投げられたら、この間合いでは逃げ切れない。
どうする、どうする、どうする。
「っ!」
後ろを向いて、逃げる。
背後で『ごめん!』という少年の言葉と、ピュン、と何かがしなる音。
槍が投げられたようで。
「う……っそだろ!?」
せっかく第二の生を受けたってのに、こんなに早く死ぬことになるなんて。
嫌だ、絶対に嫌だ。
「もっと早く、もっと……っ!?」
突如。
目の前の景色が、超高速で背後に向かって流れていった。




