↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奴隷と騎士 ~出会いを求めて街へ行ったら、エルフの奴隷を連れ帰ることになった~  作者: ジュン
第一巻 出会いを求めて街へ行ったら、エルフの奴隷を連れ帰ることになった
2/7

第 1 章 見知らぬ森

「ありえない……」


距離はざっと見積もっても三十キロ以上はある。


それなのに、あれほど大きく、しかも光を放っている木がここからでも見えるということは、実際にはどれほど巨大なのだろう。


ここまで来るだけでも、かなりの距離を歩いたはずだ。


もう、野営していた場所はどこにも見えない。


だが、どう考えてもこの一帯は普通ではなかった。


確かに前へ進んでいたはずなのに、いつの間にか通った道へ戻っていたり、同じ場所を延々と回っていたりする。


今の状況は、どう考えても夢ではない。


紛れもない現実だ。



背負っているリュックが、時間が経つにつれて少しずつ軽くなっている。


持っていた食料と水が底をつき始めているのだ。


「…………」


慎重に歩を進める。


目に入る木や岩など、目印になりそうなものをできるだけ記憶しながら歩いていた。


今は、あの巨大な木が見える方角を目指している。


そのとき、ふっと風が吹き抜けるような感覚があり、目の前に霧のようなものが現れた。


「ふう……」


思わず深いため息が漏れた。


目の前に広がっていたのは、ついさっきまで歩いていた森ではない。


一寸先さえ見通せないほど深い断崖だった。


身を乗り出して下を覗こうかと思ったが、すぐにやめた。


代わりに右手のかなり遠くには、巨大な滝が見えている。


今の状況では食料も重要だが、それ以上に水が必要だった。


手持ちの水も、もうほとんど残っていない。


仕方なく引き返す。


一度戻り、まだ印をつけていない場所へ改めて向かうしかなかった。


顔を上げて空を見る。


まだ昼間ではあるが、そろそろ日が傾き始める頃だ。


ここはまるで、迷宮か迷路のようだった。


確かに目標が見える方向へ真っ直ぐ進んだはずなのに、辿り着くのはまったく別の場所だったり、反対側に出たり、元いた場所へ戻っていたりする。


何か空間そのものが歪んでいて、まともに道を進めない――そんな感じだ。


少なくとも日が沈む前に水を確保し、テントを張らなければならない。


リュックの重みで凝った肩を一度ほぐし、再び歩き始めた。



外はすでに真っ暗になっていた。


結局、昼間に見えた滝までは辿り着けなかったが、途中で進路を変えたことで、驚くほど澄んだ川辺へ出ることができた。


対岸までは三十メートル以上, 川幅もそうだが、流れも到底渡れるような速さではない。


仕方なく川から少し離れた小さな木々の間にテントを張り、その上から細い枝などを被せ、外から目立たない程度に偽装してから、ようやく中で足を伸ばした。


食べ物といえば、滝へできるだけ近づこうとしていた途中で拾った、何種類かの木の実だけだ。


横になったまま、そのうちの一つを持ち上げてゆっくり眺める。


形は苺に似ているが、色は青い。


意外にも甘い香りがする。


だが、すぐに口へ入れる気にはなれなかった。


今のようなサバイバル状況で腹を壊せば、それだけで致命傷になりかねない。


常備薬は持っている。


だが食料が乏しく、安心して休める拠点すらない以上、腹を抱えて寝込んでいる余裕などなかった。


これ以上手にしていたら、空腹に負けて食べてしまいそうだったので、苺のような実を元の場所へ戻した。



少し身体を起こし、鞄から手帳とスマートフォンを取り出した。


スマートフォンは昼間、意識して電源を切っている。


予備バッテリーはあるが、節約できるものはできるだけ節約しておきたい。


電源を入れると、しばらくして見慣れた画面とアプリが表示された。

まず、通話とインターネットは――。


「…………」


駄目だ。

アンテナ表示には一本も立っていない。


初日から変わらず、通話もインターネットも使えない。

当然、GPSも機能しない。


またため息が出そうになった。


やはりここは、数日前までキャンプをしていた場所とは違うのか。


遠くに見えた、光を放つ巨大な木。


現実の世界で、あんなものを見たことはない。


頭を振り、再び横になる。


残っている食料はカップ麺が三つ、エネルギーバーが五本、それにピーナッツと飴が少し。


幸い、水だけはいくらでも確保できそうだ。


問題は、それを入れておく容器があまりないことだ。


手を伸ばして水の入ったパックを取り、味わうようにゆっくりと飲む。


腹が減っているせいだろうか。気づけばかなりの量を一気に飲み干していた。


「はあ……」


安堵の息が漏れる。


頭の中はとても安心できる状況ではないが、冷たい水を身体に入れたことで、肉体の緊張だけは少し解けたらしい。


包装が少し開いていた小さな飴を手に取り、そのまま口へ放り込んだ。


大切に食べなければならない。


できるだけ長く甘さを味わい、頭に糖分を送る。


全身に糖分が染み渡っていくような気がした。


瞼が少しずつ重くなってきたが、今日やるべきことはまだ残っている。

手帳を開き、ペンを握った。


それほど厚くない手帳は、すでに半分ほどが文字で埋まっていた。


左手首の時計を基準にすれば、移動を始めてから一週間が経っている。


時計の時刻と外の様子は一致していない。


時計は午前十時を示しているのに、外は真っ暗な闇に包まれていた。


再びスマートフォンの録音を開始し、上体を起こして手帳に今日の記録を書き始めた。


「巨大な木を目指して移動を始めてから一週間が経過。この一帯は何か空間がおかしい。普通に歩いているだけなのに、まったく別の場所へ出たり、元いた場所へ戻されたりする奇妙な現象が起きている。幸い、この現象には一定のパターンがある。それさえ把握できれば、同じ場所を延々と回り続ける必要はない」


喉が渇き、もう一度パックを持ち上げて一気に飲み干す。


普段なら、こんなふうに一度にこれほど多くの水を飲むことはない。

だが今は、すぐ目の前にいくらでも飲める川がある。空腹をごまかす意味でも、水だけなら惜しむ必要はなかった。


「日が沈む前に、巨大な木へ向かうのは断念。確認した限り、あの木へ近づけば近づくほど道に迷いやすくなり、先へ進めない現象が強くなるのは間違いない。現在地は、元のキャンプ地からおよそ三十キロは離れていると推測」


瞼が落ち始める。


スマートフォンの電源を切り、手帳の内容を読み返すこともなく床に置いた。


目を閉じたまま、今日一日の行動をもう一度頭の中でなぞる。


そして、自分がなぜここにいるのかを改めて考えていた。



たぶん、地震だった。


時間は明け方だったと記憶している。


突然、地震のような激しい揺れが起こり、それと同時に、火花が弾けるような奇妙な現象が見えた。


山でキャンプをしている最中の地震ほど危険なものはない。


逃げ場もほとんどない最悪の状況の一つだ。


テントの上に大きな岩でも落ちてきたら。


あるいは、土砂崩れでも起きたら――。


自分にできることなど何もなかった。


ただ寝袋を頭まで被り、普段は信じてもいない神に祈ることしかできなかった。



どれほど時間が経ったのだろう。


寝袋から這い出し、テントの外を見たとき。


最初に目に入ったのは、眩しいほどの光だった。


幸い、地震の衝撃でテントの中の物が床を転がってはいたものの、テントそのものに大きな損傷はなく、無事だった。

入口のファスナーを慎重に下ろしながら、その光の正体を窺う。


何か巨大な照明でも当てられているのだろうか。


まるで真昼のように明るい。


「あ……」


目の前に広がる光景。


左手首の時計を確認する。


時刻は午前四時。


いくら山の中とはいえ、夜が明けるにはまだ早い。


それなのに、目の前には眩しい光が広がり、その遥か向こうには巨大な木が見えていた。


まるで自ら光を放っているかのような、途方もなく大きな木だった。


周囲を見回す。


テントを張った場所と、二十メートルほど先にある水場とトイレ、それに管理人用の小さな倉庫は残っている。


だが、それ以外は今まで見ていた景色ではなかった。


生まれて初めて見る場所であり、どこかで見た覚えすらない。


一人だったことは、むしろ幸運だったのだろうか。


今の状況をどう受け止めればいいのか分からない。


反射的に周囲を見回した。


危険な獣がいるかもしれない。余震が起きる可能性もある。


今は考え込むより、動くべきだ。


そう判断すると、すぐにテントへ戻り、荷物をすべて鞄へ詰め込み、テントを畳み始めた。


荷物をすべてリュックに収めると、目の前に見える水場と倉庫へ向かった。


蛇口をひねってみたが、水はほとんど出ない。


倉庫には鍵が掛かっている。


それほど大きな倉庫ではないが、昼間は管理人が使っていた場所だ。何かしら物資があるはずだった。


一刻も早くここを離れたかったが、今は食料と水を確保することも重要だ。


拳より少し大きな石を拾い上げる。


一度周囲を確認し、何もいないことを確かめてから、ドアノブ付近へ強く振り下ろした。


鈍い音が響いたが、まだ扉は開かない。


息を整え、もう一度周囲を見回す。


気味が悪いほど静かで、何も見えない。


今度は扉が壊れるまで、何度も石を叩きつけた。


静まり返った森の中に、石が扉を打ち壊す音だけが響く。


やがてドアノブが下へ落ち込んだ。


そのまま強く引くと、鍵の掛かっていた倉庫の扉が開いた。


倉庫の中にはカップ麺がいくつか、小さなペットボトルの水が三本ほど、それに未開封のエネルギーバーの束があった。


元々持っていた食べ物は、ほとんど残っていない。


昨日がキャンプ最終日だったため、朝食は下山してから店で済ませるつもりで、手持ちの食料をほぼ食べ切っていたからだ。


倉庫にあった物資をすべて確保し、足早にその場を離れる。


地震が起きた場所に留まり続けるのは自殺行為だ。


できるだけ早く別の場所へ移動しなければならない。


だが――。


振り返り、見慣れていたキャンプ場を見つめた。


そこだけは確かに自分の知っているキャンプ場だった。


けれど今、そのキャンプ場はまったく知らない土地の中に存在している。


ここがどこなのか。


なぜ自分がこんな場所にいるのか。


何一つ分からない。


それでも、生きるためには動かなければならない。


まず食料と水を確保し、初めて見るこの土地の状況を把握することが先だ。


下り坂を慎重に進みながら、遥か遠くに見える巨大な木を見つめた。


ひとまず、あの木がある場所を目標にして移動する。


状況次第ではここへ戻ってくる可能性もある。周囲の地形も把握しておく必要があった。


手帳とスマートフォンを取り出す。


スマートフォンには当然、利用可能な通信表示など何一つ出ていない。


すぐに電源を切り、手帳にキャンプ場周辺の特徴と地形を記録すると、再び歩き始めた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。