プロローグ (メインビジュアル イラスト)
静寂の農園
「ルード様! こっちです!」
金色の髪と、長く尖った耳が印象的な少女の声に、しゃがみ込んでジャガイモを掘っていた黒髪の男が腰を上げた。
「どうした、ミレナ?」
「はい。ここに青と黒の縞模様がある……ス、イカ? ルード様がそうおっしゃっていた実が育っています!」
「へえ、もう育ち始めたのか。やっぱりここの土は普通とは違うみたいだな」
「土の上でこんな果物が育つなんて初めて見ました! もう食べてもいいんですか?」
男は身をかがめ、まだ小さなスイカを手で確かめた。
「ミレナ、厳密に言えばこれは果物じゃなくて野菜なんだ。トマトや、ほかの緑の野菜と同じ仲間だよ。まあ、甘くて果汁も多いから、果物みたいに食べるけどな.、でも 食べるにはもう少しかかる。今はまだ拳くらいの大きさだろ。人の頭くらいにはならないと」
「えっ? では、あとどのくらい待てばいいんですか?」
「そうだな。本来なら何か月かかかるはずだけど、ここは土がやたら肥えているから……あと数週間もすれば」
金髪のエルフは残念そうな顔で、小さなスイカを見つめていた。
「そういえば、その頃にはほかの果物や野菜もかなり収穫できそうだな。そろそろ街へ売りに行かないといけないかもしれない」
「あ……」
それまで明るく笑っていたミレナの表情が曇り、うつむいた。
男はその様子を見て小さく息をつき、彼女のそばへ歩み寄った。
「ご主人……いえ、ルード様」
「ん?」
ルードは彼女の視線を静かに受け止めた。
「今回も、お一人で行かれるのですか?」
「そうなるだろうな。ここはミレナに任せないといけないし」
「ですが、あそこへルード様お一人で行かれるのは……」
「売りに出す量もそこまで多くない。それに今回は約束もあるし、向こうで済ませる用事も多いんだ。何が起こるか分からないから、俺一人で動いたほうがいいと思う」
ミレナは名残惜しそうにルードを見つめた。
「以前おっしゃっていた、ここで働いてくれる人を連れてくる件もですか?」
「うん。それは行ってみないと分からないけどな。今の農園で採れる果物や野菜は、もう俺たち二人だけじゃ処理しきれない。冷凍庫にも余裕がないし、売りに行くのも俺一人じゃ限界がある」
「ですが、この迷宮の中にある農園の場所を、誰にでも知られてしまうのは問題ではありませんか?」
「だからなんだけど……」
「はい、ルード様」
ミレナは両手を胸元で重ね、彼の言葉を待った。
「やっぱり……拠点をもう一度移したほうがいいと思う」
その言葉にミレナは驚いたものの、すぐに納得したように微笑んだ。
「ルード様のお望みのままに」
「ありがとう、ミレナ。また忙しくなりそうだな。だからといって、ここを捨てるつもりはないよ。この農園も、迷宮のあちこちに作った俺たちの拠点も大事だからな。それと、新しい拠点を探す前に、雪原のほうへもう一度行っておきたい」
「そこは、ルード様の元いた世界の建物があるという……」
「ああ。そういえば、ミレナはまだ行ったことがなかったな」
「はい。では、その時は……」
ミレナはルードの手を握り、訴えるような目で見上げた。
「危険かもしれないぞ。迷宮がどういう場所かは、ミレナもよく知っているだろ?」
「分かっています! 中立都市へ私がついて行けば、奴隷である私はルード様のご負担になってしまいます。それなら我慢できます。ですが迷宮なら……危険だからこそ、あなたのそばにいたいんです。一緒に戦いたいです!」
男は小さく息をつき、穏やかな笑みを浮かべた。
「分かった。俺も久しぶりの迷宮探索だ。ひとりより二人のほうがいいだろう。ただ、農園を長く空けるわけにはいかない。短時間で一気に抜けることになるから、何が起きるか分からないぞ。それでもいいか?」
「どこまででも、ルード様とご一緒します!」
ミレナは嬉しそうに、力強く答えた。
黒髪に冷たい印象を宿しながらも、エルフの少女へ静かな笑みを向けている男の名は、ルード。
ルードイヤー・ノアリスト。
もちろん、それは本名ではない。
この世界で使っている、いわば偽名のようなものだった。
ルードは、自分のそばで無邪気に笑う金髪のエルフ――ルン・ミレナを見つめた。
奴隷と主人として出会った二人。
今では大切な仲間であり、家族となって、こうして再びこの場所へ帰ってきた。
考えてみれば、ミレナと一緒に迷宮を探索するのはこれが初めてだった。
彼女の病を治すために農園を離れてから、本当にいろいろなことがあった。
思わずため息がこぼれるほどに。
それでも――
こうして再び戻り、静かな暮らしを送れるようになった。
ルードは以前と変わらない農園をゆっくりと見渡した。
今はただ、この穏やかな日々がいつまでも続いてくれることを願うばかりだった。
『奴隷と騎士』第1巻のメインビジュアルです。
主人公ルードとエルフの少女ミレナ、二人の物語を描いています。




