竣工式
竣工の前日。
上段の、最後の保護リレーの設置。新型フェネクが保護リレーを両手で抱えて、足場の階段を一段ずつ上っていく。
動きが、これまでより慎重だった。胸のコンソールがふー、と長く明滅する。
下から、みんなが見上げていた。ダイナモンキーが五匹、尻尾のLEDで足場の各所の暗がりを、ぽわっ、ぽわっ、と照らしている。
線守の二人組が最終点検の手を止めて、見上げている。ガロンが、口に干しスライムをくわえたまま見上げている。ミラがガロンの腕を軽く押さえている。ミラのもう片方の手には、まだ赤い、小さな花。スライム狩り娘たちも見上げている。
ミユンがフレークの容器を抱えて、見上げている。バルトが定位置で低くぼぅ、と唸る。胸の核が強く光っている。
ヘルマンとレナだけが、足場の中段でいつもの距離に立っていた。
新型フェネクが最後の一段を上りきる。所定位置に保護リレーをゆっくり置く。マニピュレーターの先端の極細の制御で、最初のボルトを回し始めた。
カチ、カチ、カチ。
最後のボルトを締め終えた。
新型フェネクがその場でゆっくり、深く息を吐いた――機械なので息はない。けれど胸のコンソールの光がふー、と長く落ち着いていく。
それからぽつりと言った。
『……ありがとな、レナ』
レナは足場の下から見上げた。
「……え?」
『楽しかったぜ』
「……フェネク?」
返事がない。
胸のコンソールがしんと落ち着いた。低い、ふー、という駆動音だけが残る。
……
新型フェネクが、静かに振り返った。
『……終わり、ました、レナ』
「オラ」が抜けていた。
下から、ダイナモンキーたちが尻尾の先でぽわっ、ぽわっ、と青いLEDを揺らす。線守の二人組が軽く拍手をする。ガロンが「フェネクさーん! かっこいいー!」と叫ぶ。ミラが横でガロンの袖をぐい、と引く。ミユンがふふ、と笑っている。
レナは足場の下から上を見上げた。
「……お疲れさま、フェネク」
『……はい、レナ』
新型フェネクはゆっくり足場を降りてくる。一段、一段、慎重に。胸のコンソールの光が、いつもよりゆっくり明滅していた。
下まで降りると、レナの前で片膝をついた。
『……今日は、ここまで、です』
「うん」
『……明日の竣工式は、頼みます、レナ』
「え?」
新型フェネクはそれ以上答えない。胸のコンソールがしんと落ち着いて、ふー、と低く唸るような音だけが残る。
ヘルマンが横から、新型フェネクの肩にぽんと手を置いた。
「……よくやった」
『……ヘルマンさん』
「ん」
『……明日、整備、お願いします』
「……ああ」
* * *
竣工の日の朝。
タワーは間欠泉の縁にしんと立っていた。鉄骨の格子の隙間から岩盤の壁が見える。夜の間に、線守の二人組が最終点検を終えている。
レナは配電盤の前まで来た。フェネクが横に来る。
――いつもの小さな白い装甲。レナの腰のあたりまでの背丈。
『おはようございます、レナ』
「おはよう、フェネク」
『……竣工、おめでとうございます』
「……うん」
レナはしばらくフェネクを見ていた。いつものフェネク。
(……戻ってる)
あの口調は一体なんだったのか、今でも分からない。
フェネクは何も説明しない。
レナも何も聞かない。
ヘルマンが横から来る。作業用ジャケットの内ポケットから、硬い飴を取り出して口に放り込んだ。長く噛む。
「……始めるか」
「……はい」
『……はい、ヘルマンさん』
ヘルマンが配電盤のレバーに手をかけた。レナは設計図を、もう一度開いた。
***
竣工の日。
タワーは、間欠泉の縁に、しん、と、立っている。鉄骨の格子の隙間から、岩盤の壁が、見える。
ヘルマン式リアクトルの群れが、上段で、ぼう、ぼう、と、低く、唸っている。線守の、配線の最終点検も終わっている。
レナは、配電盤の前に、立っている。手は、わずかに震えている。
「親方」
「ん」
「……入れます」
「入れろ」
レナは、主開閉器のレバーに、手をかける。それから、深呼吸を一つ。
――がしゃん。
主開閉器が、落ちる。
しん、と、している。
何も、起こらない。
レナは、計器を見る。電圧、ゼロ。電流、ゼロ。
「――親方」
「間欠泉、待て」
「……はい」
二人は、しばらく立っている。配電盤の、メーターの針は、まだ動かない。
ヘルマンは、ジャケットの内ポケットから、硬い飴を、取り出して、口に放り込む。長く噛む。
レナは、メーターを見つめている。
(……お願い)
(……動いて)
(…………)
(……動いて、ください)
――その時。
岩盤の天井の、楕円形の空から、淡い光が、ふわ、と立ち上るのが見える。
間欠泉の、魔力バースト。
タワーの下段で、タービンがエンチャントされ、ごう、と、低く、唸り始める。
M2Eの起動音が、それに、重なる。ぶうん、と、岩盤全体が、わずかに、震える。
配電盤のメーターの針が、ゆっくりと、起き上がる。
ゼロから、十、二、五――四十。四十二。四十五。四十七。
針が、そこで、ぴたっと、止まる。
上段のヘルマン式リアクトルの群れが、ぼう、と、いっせいに光を強める。
配線のところどころで、ぱち、ぱち、と、コロナの紫色が、走る。けれど、安定している。何も、燃えない。何も、切れない。
レナは、メーターを、見つめたまま、息を、止めている。
それから――
「……動きました」
「ん」
「……動きました、親方!」
「ふぅん」
ヘルマンは、相変わらず、面倒くさそうに、しかし、口の端が、ほんの、わずかに、上がっている――気がする。
レナは、ぴょん、と、跳ねる。
「動きました、動きました、動きました!」
「……跳ねるな、計器、揺れる」
「親方ー! 動きましたー!」
「……大人しくしろ」
バルトが、低く、ぼぅ、ぼぅ、と、唸る。胸の青い光が、いつもより、ほんの少しだけ、強い。
線守が、下段で、配電盤のサブメーターを、見ながら、ヘルマンに、軽く、片手を、上げる。
「親方、こっちも、安定ですよ」
「そうか」
「……電線、残るんですね」
ヘルマンは、答えない。
ただ、ジャケットの襟を、軽く整える。




