妖精コンデンサ
ダンジョンコアの魔力が噴き出す縦穴の底。
雪が、岩盤の天井の楕円の空からふわふわと舞い降りてくる。
地熱の上昇気流に乗って、鉄骨に積もる前に散っていた。
湿った金属の匂い。間欠泉のうっすらした硫黄臭。
新型フェネクは、現場で本当に動いた。
工房から運んできた二本目の鉄骨を、バルトと二機がかりで立ち上げる。
重い側はバルト。繊細な位置決めは新型フェネク。役割分担が自然にできていく。
さらに設計図の修正を、胸のコンソールでリアルタイムに各所へ共有する。
各工房から人が集まって、大規模な工事になっていたが、配電盤組とタービン室組の連携が、これまでより明らかに速い。
線守の若い方が、新型フェネクの胸のコンソールから配線図を参照しながら配線を引いている。ふと顔を上げて、レナの方へ近づいてきた。
「……お嬢さん」
「はい」
「フェネクさん、なんか、口調、変わりました?」
「……はい。気にしないでください」
「……了解です」
線守は何も言わずに配線に戻った。革のコートの肩で雪を払う。
下段の足場で、新型フェネクが、誰にともなくつぶやく。
『オラには、楽勝だぞ』
(……「楽勝」って)
(……なんで、わざわざ、そう、言うかなー)
ヘルマンが横を通り過ぎる。レナと目が合う。何も言わずに、ふふん、と鼻で息を吐いて、次の工程に向かう。
(……親方も、楽しんでる)
タワーの一段目が、当初の予定より半日早く組み上がった。
***
新型フェネクが参入してから何日か経った日の午後。
タワーの中段、大型M2Eの据え付け工程。
重量物の慎重な位置決め。バルトが装置本体を支え、新型フェネクが上段の足場でボルトの位置をミリ単位で調整する。
最後の一本目のボルトを締めた瞬間。
ぱちっ。
新型フェネクの肩の関節の奥で、何かがはじけた音がした。
新型フェネクがわずかによろける。肩の誘導灯が一瞬明滅した。
レナは足場から駆け寄った。
「フェネク?」
『……大丈夫だ、レナ。問題ねぇ』
「問題、あるんじゃないですか? 今の音」
ヘルマンも来た。
新型フェネクの肩の整備パネルを開ける。中から白い煙がふわっと立ち上る。
焦げた絶縁スリーブの臭いが立ち込めていた。
JIS C 4901の汎用品。一個八百二十ガラント。
「……コンデンサ、一個、飛んでるな」
「親方、休ませましょう」
「……ああ」
新型フェネクはしばらく止まる。胸のコンソールがぼう、ぼう、と低く明滅する。
それからぽつりと言う。
『……まだだぞ』
「えっ」
『……まだだぞ、レナ』
「フェネク、無理しないで」
新型フェネクはゆっくり姿勢を直した。胸のコンソールが青く強く光り直す。
『オラ、こんな強い奴、はじめてだぞ』
レナはしばらく無言で、新型フェネクの胸のコンソールを見ている。
(……えっと)
(……何と戦ってるんですか)
ヘルマンが横で、ふぅん、と息を吐いた。
「……お嬢さん」
「……はい」
「コンデンサ、もう一個、補強しとくか」
「……親方ぁー、なんで乗っちゃうんですかー」
「いや、こうなりゃ止まらねえやつだ」
ヘルマンは、工具箱から新しいコンデンサを取り出して、新型フェネクの肩に追加した。応急処置。
「……お嬢さん」
「……はい」
「コンデンサ、調達、頼めるか」
「……うちの会社の研究所に頼みます」
「……ん」
「ただ、王都から送るので、二、三日かかると思います」
「……それまで、もたせる」
新型フェネクが立ち上がる。動きはいつもより慎重。けれど止まらない。
『……オラは、まだ、いけるぜ、レナ』
「……うん」
カチ、と一本目のボルトが噛んだ。カチ、と二本目。カチ、と三本目。
レナは整備パネルを閉じた。指が煤で汚れた。
***
その日の夕方。
レナとヘルマンが工房に戻って、新型フェネクの整備に取りかかっている、ちょうどその時。
工房の大扉が、ぎい、と開いた。
「ごめんなさい、お邪魔します」
レナは顔を上げた。
長い金髪。革のジャケット。長い杖。背中の弓のケース。そして、片手に見覚えのあるフレークの保存容器。
――ミユン。
「ミユンさん!」
「レナ。久しぶり」
ミユンは軽く微笑む。それから工房の奥の新型フェネクを見た。整備パネルが開いていて、ヘルマンが焼けたコンデンサをピンセットでつまみ出している。
「……あら」
「……お久しぶりです、ミユンさん」
「ヘルマンさんも、お久しぶり」
「はい」
ミユンはまず、フレークの保存容器をレナに差し出した。
「これ、実家に、持って帰ったの」
「……実家」
「みんな、喜んで、くれた」
「……ふふ。よかったです」
ミユンはふふ、と笑った。それからジャケットの内ポケットから、小さな革のケースを取り出す。手のひら大。中を開く。
――妖精粉コンデンサが、ずらりと並んでいた。
新品。光の入った瓶、十数本。ケースの蓋の内側に、小さな金細工でユニコーンのマーク。片足を軽く上げて、たてがみを横に流した姿勢。
「それから、これ、お土産です」
レナは目をしばたたかせた。
「……えっ」
「実家から、預かってきたの」
「……ミユンさんの、ご実家って?」
「ピクシーブルームテック社、って、聞いたことある?」
レナは口を開けたまま止まった。
(……ピクシーブルームテック)
(……うちの会社の、コンデンサのサプライヤー)
「……うちの会社の、仕入れ先、です」
「でしょうね」
ミユンは、もう一通、封筒を取り出した。
「父からの、お手紙」
レナは封筒を受け取った。
社判がある。ピクシーブルームテック社、とある。
ロゴの横にユニコーン。片足を軽く上げた姿勢。
レナは封を切った。手紙を開く。短い文章。
拝啓。
このたびは、弊社の下請けの納品品質管理の不備により、
貴社のエアコン部門に多大なご迷惑をおかけしました。
下請け業者が、容量の抜けた中古コンデンサを新品と偽って流通させていたことが、
判明いたしました。
すでに当該業者との取引は停止し、再発防止策を講じております。
本件、貴社の現地調査により原因究明の糸口をいただきました。
改めて御礼申し上げます。
同封の試供品は、弊社の新型妖精粉コンデンサです。
お詫びのしるしと、思ってお受け取りください。
敬具。ピクシーブルームテック社 ミューラー。
レナはしばらく手紙を見ていた。
(……そうか、あれからもう二年半か)
(……ようやく、決着したんだ)
レナは、顔を上げた。
「……ミユンさん、これ、いつわかったんですか」
「つい、先月よ」
「……それで、わざわざ、迷宮都市まで」
「父から、レナに、直接渡してきてほしい、って」
「……ありがとうございます」
ミユンは、コンデンサのケースをレナに渡した。ずしり、と重い。
「ちょうど、良かったみたい」
ミユンは、新型フェネクの白い装甲をちらりと見る。
整備パネルから、まだ薄く煙が立ち上っている。
「……あの子、何かすごいこと、やってるみたいね」
「……はい。フェネクが頑張ってます」
「ふふ。男の子ね」
「……はい」
ヘルマンが整備パネルから顔を上げる。
コンデンサのケースを受け取って、整備パネルの中の焼けたコンデンサと、新しい妖精粉コンデンサを見比べた。
「……いいコンデンサだな、こいつぁ」
「ふふ、ありがとうございます」
「……お嬢、ただの研究者じゃないな」
「研究者です。家業のほうは、長老たちがやってるから。お手伝いだけ」
「長老」
「ええ。私が家業を継ぐのは、たぶん、二百年くらい先、だから」
「コンデンサ工場が残っているのか、分からないってことか」
「そう」
ヘルマンはふぅん、と息を吐いて、それ以上は聞かない。
「……これなら、もつな」
「親方、本当ですか」
「……ああ。あと、二、三日もつ」
新型フェネクが、整備パネルの中から声を出す。
『……ありがとう、です、ミユンさん』
「オラ」が抜けた。
「……あ、戻った」
ヘルマンがふぅん、と息を吐く。
「……まだ、戻るな」
「親方ぁー、どうして戻すんですかー」
「……あいつはまだ、戻りたいと言ってない」
新型フェネクの胸のコンソールが、ぼう、ぼう、と青く明滅する。それから——
『……オラは、まだ、いける』
ミユンはふふ、と笑った。
「……現場、見学に、行ってもいい?」
「ええ、もちろん」




