↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
43/51

魔石核

 坑道の曲がり角を、いくつ抜けたか、もう数えていない。


 レナはマフラーの端を口にくわえていた。冷たい空気が喉の奥に刺さる。湿気の臭い。鉄錆の臭い。焼け焦げた何かの臭いが、奥のほうから、走るたびに濃くなる。


 頭の中で、何かのリレーがカチ、と一度跳ねて止まった。

 親方の作るものはいつもそうだ。歩行の機構。油圧シリンダー。擬似精霊石。どれも、いま見たものを説明できない。


 けれども、何かの予感があった。

 ノートはコートの内ポケットに突っ込んだまま。ペンは、どこかに落としてきた。


「(レナさん、後ろ、誰か来てるっす)」と、メイ。


「(足音、軽いっす)」と、ノラ。


 レナは振り向きかけて、また前を向いた。

 足音は、すぐ追いついた。


「お嬢さん」


 低い声。ヨナス。

 レナは横目で見た。古い革鎧。長弓は背に回している。左頬の傷跡が、携帯灯の青に沈んでいる。

無傷だった。


「……ヨナスさん」


「走れるか」


「は、はい」


 ヨナスは並走に切り替えた。息は、ほとんど乱れていない。


「……あれ、何ですか、なんでバルトが飛ぶんですか」


 レナは天井のほうを、目で示した。青い残像は、もう消えている。

 ヨナスはしばらく前を見て、それから、ぽつりと答えた。


「超電導舞空術だ」


「……超電導、舞空術?」


「エジソン・ゴクウのスキルだ」


 レナは前を見たまま、何か言いかけてやめた。

 ヨナスが続けた。


「ただし、今のは機械の模倣だ」


 機械の、模倣。

 レナの頭の中で、リレーがもう一つ跳ぼうとして、跳ばなかった。何かが組み上がりかけて、組み上がりきらない。ピースが足りない。


 口の中のマフラーを、ぐ、と噛み直した。


 ヨナスはそれ以上、説明しなかった。長弓の背の弦が、走る振動でぴん、と低く鳴った。

 坑道の曲がり角を、また一つ抜けた。


***


 後ろから、ぱたぱた、と軽い足音。

 レナは走りながら振り返った。


 ガロンだった。両腕に、ミラを抱えている。

 横抱き。


 ミラの白衣の裾が、走るたびに、ガロンの腕の上で揺れている。目はつぶっている。眉がぴくぴく動いている。


「うす!」


 ガロンがレナを認めて、軽く顎を上げた。息はあまり乱れていない。革鎧の肩のあたりに、薄く汗。


「ガロンさん、ミラさん、どう……」


「気絶っす!」


「……」


 ミラの眉が、もう一段ぴくっと動いた。

 レナは前を向いた。前を向いて、もう一度横を見た。ガロンは前を見て走っている。腕の中のミラは、目をつぶったままだった。


 ガロンの口元が、走るリズムに合わせて低く何かを呟いていた。許してくれっす、嘘ついた俺が悪いっす、夢は譲れねえっす、と。


 ミラの眉が、また、ぴくぴくと動いた。

 レナはそれ以上見ないことにした。前を向いた。


「(レナさん、見ないほうが、いいっす)」と、メイ。


「(三角関係っす)」と、ノラ。


「(違うっす、デレ期っす)」と、メイ。


 レナはマフラーを口にくわえ直した。

 坑道の壁から、ぽたっと水滴が肩に落ちた。


***


 坑道の出口が近い。

 奥のほうから、ずん、ずん、と低い振動。不規則に届く。地面というより、岩盤全体がわずかに震えている。


 ヨナスが片手を上げた。

 全員、足を止めた。


 ヨナスは出口の手前の壁に、肩をもたせかけた。長弓を横に立てかける。それから、出口の向こうの空ではなく、奥の暗がりのほうをしばらく見ていた。


 レナは肩で息をした。マフラーが汗で湿っている。鉄錆の臭いに、いつのまにかオゾンに似た刺激臭が混じり始めている。


 ガロンは、ミラを抱えたまま岩棚にそっと座らせた。ミラの目は、つぶったまま。眉は、もう、動かない。


「……何の音っすか?」


 ヨナスが、ぽつりと言った。


「……バルトが電磁界王拳を使っている」


 レナは顔を上げた。


「……単相で事足りる。二十年前の四相とは違うはずだ、死にはしないだろう」


 メイが、ノラと、目を合わせた。何も言わなかった。

 レナはコートの内ポケットに手を入れた。ノートの角に、指が触れた。開きかけて、止めた。ペンがない。落としてきた。


 ノートを内ポケットに、押し戻した。書かなくてよかったかもしれない。書いたら、何かが組み上がってしまうから。


 奥のほうから、また、ずんと低い振動。岩盤の天井から、ぱらぱらと細かい砂が落ちた。

 ヨナスは壁にもたれたまま、目を、閉じた。

 ガロンが、ぽつりとミラに向かって。


「……大丈夫っすよ」


「……」


 ミラは、答えなかった。


 レナは自分のノートの角を、ポケットの中でもう一度、指で確かめた。

 それから、手を、出した。


***


 奥から、ぼぅ、と低い音。

 レナはそちらに首を向けた。

 ぼぅ、ぼぅ、と続く。バルトの音。けれど、いつもより弱い。

 リレーのカチ、カチが間延びしている。


 岩肌の影から、岩のような巨体がゆっくり現れた。

 機械油と、焦げた何かの臭いが流れてくる。

 バルトだった。


 歩き方が重い。胸の核の青い光が、薄い。

 膝関節の油圧シリンダーから、しゅう、と短く蒸気が漏れている。装甲のあちこちに、灰色の煤。


 肩に、ヘルマン。

 革のコート。いつもの作業着。袖口の革が、いつもより黒い。髪が、わずかに乱れている。手のひらに煤。


 レナは立ち上がりかけて、そのまま止まった。

 ヨナスが先に立ち上がった。


「コーリュウは」


「眠らせた」


「……ま、それでいい」


 ヨナスはそれ以上、聞かなかった。長弓を、肩に戻した。

 ヘルマンは面倒くさそうに、頭の後ろを軽く掻いた。煤が髪につく。気にしない。


「……あんまり長時間、バルトの力を使いたくないんだ」


「……」


「こいつも、年だからな」


 バルトの胸の青い光が、ぼう、と一度だけ強く揺れて弱まった。


「(……親方、雑、っす)」と、メイ。


「(バルトを、優先、っすね)」と、ノラ。


 ガロンがミラを抱えたまま、目を輝かせた。


「親方、かっこいいっす!」


 ヘルマンが、ちらっとガロンを見た。


「……お前、それ抱えてんのミラか」


「うす!」


「……お前ら、よく続くな」


「……はい、っす」


 ヘルマンは、それ以上聞かなかった。

 ヘルマンはバルトの肩から、するりと地面に降りた。煤の付いた手で、バルトの胸の装甲をぽんと叩いた。


 バルトの胸の青い光が、また、ぼぅと弱く揺れた。

 レナは両手で、自分のマフラーを握っていた。


***


 バルトが壁にもたれて、ゆっくり座り込んだ。

 装甲が岩壁に擦れて、ぎい、と鈍く鳴った。

 ヘルマンが、バルトの胸の整備パネルに手をかけた。


 そこで止まった。

 自分の手を見ている。煤で真っ黒。焦げ臭が立ち上っている。


 レナは自分の首から、マフラーをほどいた。


「親方、これ」


 ヘルマンが、ちらっと、レナを見た。


「……いいのか」


「はい」


 ヘルマンは、マフラーを受け取った。手のひらの煤を、ぐ、と拭った。マフラーの白が、灰色に染まる。気にしなかった。


 整備パネルを、開けた。


 胸の核の青い光が、ぽつぽつと消えそうに揺れている。リレーの音が、いつもの半分の速さ。

 レナは無意識に、一歩近づいていた。


「親方」


「ん」


「バルトの核、触っても、いいですか」


 ヘルマンは、一拍、置いた。


「……ん」


 レナは、手を伸ばした。指先が、核に、触れた。

 温かい。


 魔石核は、モンスターから採集される。

 機械の核は、普通、こんなふうに温かくない。冷たいか、あるいは、不愉快なほど熱い。これは、もっと別の温度だった。手のひらに、馴染む。


 腰の後ろが、ぽわっと軽く熱を持った。痛みはない。

 なぜか、目の縁が熱くなった。


 涙が、ぽろっと、頬を伝った。レナは自分でも驚いた。


 ヘルマンは、レナの手元を見ていなかった。膝関節の油圧シリンダーのほうに、屈み込んで、圧を確認していた。指先がシリンダーの目盛りを、軽く押している。


 レナは、視線を外した。核からゆっくり手を離した。涙を手の甲で拭った。


 マフラーは、ヘルマンの手にある。

 知らないふりを、すればいい。いつもどおりに。たぶんそれでいい。


 レナは、息を吸って吐いた。


 バルトの胸の青い光が、ぽつ、と一度強く灯った。

 それから、また、弱く揺れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。