遭遇
ガロンは、ぐっと息を吸った。それから、ヨナスの方を、ちらっと見た。
「……ヨナスさん」
「ん」
ヨナスが、長弓を構えたまま、ガロンの方を見た。
「俺、ガキの頃」
「……」
「あの夜、いたんっす……王都が、ドラゴンに襲われたとき」
ヨナスが、ゆっくり振り返った。長弓は下げない。けれど、目だけがガロンを見た。
「あの場所に、いたんっす……親父の、串焼きの屋台っす」
「……」
「避難、間に合わなくて、親父が、樽の裏に、俺を突っ込んだっす」
「……」
「樽の隙間から、見てた、っす」
ヨナスが、長弓を握る手を、ゆっくり緩めた。
ガロンは続けた。
「ゴクウと、レイドブルムの戦い」
「……」
「全部、見てたっす」
「……」
「ゴクウが頭の変圧コイル、外すところも。マイクロ波も、3Φも、4Φも……ヨナスさんが剣を持って、ドラゴンにとどめをさそうとしていたのも」
ヨナスの目が、わずかに見開かれた。
「……お前、五歳か、六歳、だろう、その頃」
「五歳、っす」
「……」
「覚えてるのか」
「忘れるわけ、ねぇっす」
ガロンの声が、低く、震えていた。「っす」が、普段よりも、もっと低い。
ヨナスが、ふっと、息を吐いた。笑うような、泣くような、表情。
「……そうか」
「あのとき……あの場にいた俺にも、ゴクウの声が、聞こえてきたっす」
「ああ……」
「『待ってくれ、人間』」
「……」
「『オラの一生のお願いだ……そいつを、ドラゴンを、見逃してやってくれねぇか』……」
ミラは、大きく目を見開いた。
ヨナスは、苦笑いを浮かべた。
「俺は、一体何を言ってるんだって、言い返した。このドラゴンが、どれだけ大勢の命を奪ってきたことか。けれども、ゴクウは、続けたんだ。
『分かっている。自分でも、不思議なんだ。けど、オラ、そいつと本気で戦ってみて、思っちまったんだ――もう一度、こいつと全力で戦ってみてぇって……』」
「……」
「あいつは、けっして人間の味方なんかじゃない……モンスターの理屈で動いている。それが結果として、俺たちを救う事になったんだ……」
「けど、ヨナスさん……けっきょく、ドラゴンを斬らなかったっす」
「ああ」
ヨナスは、うなずいた。
あの夜、雨のけぶる中、ヨナスは歯を食いしばり、剣を鞘に納めた。
『行け! 行っちまえ! 二度と俺たちの前に、姿を現すな!』
レイドブルムは、ボロボロになった翼を魔法で軽く修復すると、にやりと笑って言った。
『くくく……愚かな人間どもよ……この俺を活かしたことを、地獄で後悔するがいい……!』
そして、レイドブルムは翼をはためかせ、山の向こうへと去っていった。
それが彼らの見た、ドラゴンの最後の姿だった。
「……俺、ヨナスさんが、どうしてドラゴンを斬らなかったのか……わからなかったっす」
ヨナスが、長弓を、地面に軽く立てた。指の力が、抜けている。
「ああ」
長い沈黙が、坑道の壁を伝った。
ガロンは続けた。
「俺には、分からないことだらけっすよ。けれど、あのときからゴクウは、俺の目標になったんっす」
「……」
「またドラゴンがやってくるなら、俺があいつくらい、強くならなきゃいけないって、思ってたんっす……だって、そうしないと、あの夜の再戦が、果たせないままになるっす……」
「……」
「ドラゴンが、もう一度やってきて、俺が、ドラゴンを倒して……それではじめて、ゴクウのやりたかった事が、分かる気がするっす……きっと、ゴクウは、人間が自分の力で立ち上がる事を、望んでいたはずっす」
「……」
「バトルマスターになって、もう一度、ドラゴンと戦いたい、それが、俺の夢っす……」
ヨナスが、しばらく、ガロンを見た。
それから、ぽつりと。
「……お前」
「うす」
「いい、夢、だ」
「……うす」
ガロンの目から、ぽろっと、涙が、こぼれた。
「(ガロン、泣いてる、っす)」
メイの声が、小さい。
「(これは、笑い枠じゃ、ない、やつ、っすね)」
ノラも、両手剣の柄から、手を離した。
レナの目の縁も、熱くなった。
ガロンは本気で夢を追っている。ヨナスは、それを理解した。
「……」
ミラが、しばらく、二人を見ていた。
ヨナスとガロンが、目を合わせている。世代を超えた共通言語。あの夜を見た者だけが、共有できる、何か。
ミラは、その中に、入れなかった。
「……」
ミラの息が、震えた。
「……それ、別にバトルマスターになる必要、ないじゃない」
ヨナスが、はっと、ミラを見た。
確かにそうかも知れない、と思ったのだろう。
けれど、何も、言わなかった。
ガロンが、ぱっとミラを見た。
「ミラ、いや、その、っす——」
「いい、ガロン」
「ミラ……」
「わかった」
「……」
「あなたが、何を、選んだか、わかった」
ミラの声は、もう、震えていなかった。
静か。
「バトルマスター、選んで」
「ミラ!」
「私は、医者を選んだの」
「……」
「だから、お互いさま、そういう事でしょう?」
ガロンの口が、開いたまま、止まった。
ミラは、免許証を、地面に叩きつけた。
「死んで後悔しても、遅いのよ」
声は、低かった。もう、怒っていない。諦めている。
ミラが、駆け出した。
「ミラ! 危ないっす!」
ガロンが、追いかけようとした。
ライナーが、その肩を、軽く押さえた。
初めて、ライナーが動いた。
「……走るな」
ライナーが、はじめて口を開いた。低い、抑えた声。
「奥に、気配が、ある」
その瞬間、深部の闇の奥で、何かが光った。
二つの、青い、点。
目。
携帯灯の青みが、急に濃くなった。
携帯灯そのものが変わったのではない。
坑道の空気が、青みを吸い込んでいた。
レナの吐く息が、白い。さっきまでは、白くなかった。
冷気。
坑道の奥から、ゆっくりと、押し寄せてくる。
レナの腰の後ろが、もう一度、ちりちりと熱を持った。
今度は、しゃがみ込みたくなるほどに。
大きい。
通路を埋め尽くすような、巨大なヘビ。
ドラゴンの幼体、コーリュウだった。
ヨナスが、長弓を構えた。矢をつがえる。弦の張る音が、坑道を走った。
「——来たか」




