科学
「……ガロン」
「(あ)」
「これ、なに」
「(あ、あ、あ)」
「あなた、職業訓練校、卒業したって、言ったわよね?」
「ミラ、待つっす!」
「通って、卒業して、魔法使いになる、って!」
「ミラ、ちが、違うっす、それは!」
「言ったわよね!?」
「……言った、っす」
ミラの声が、低い。
「……いつの間に、バトルマスターになったの?」
「……つい、最近っす」
「……いつ剣士極めたの?」
「……退院して、すぐっす」
「……じゃあ、どうして魔法が使えるの? あなたがさっきまで使っていた魔法は、一体なんだったの!?」
ガロンは、しばらく答えない。
ヨナスが、長弓を構えたまま、ちらっと振り返った。奥の闇を警戒する姿勢。けれど、視線だけは、ガロンの返答を待っている。
ライナーが、義眼の縁を、わずかに伏せた。
ガロンが、ぐっと息を吸った。
それから、ぽつりと。
「……あれは、魔法、じゃ、ねぇっす」
「……」
「科学、っす」
長い、沈黙。
携帯灯の青い光が、ミラの頬を縁取っていた。
「……かがく」
ミラは、しばらく動かなかった。
免許証を握る指が、白くなっている。
「……道理で……変だと思ってたわ。だって、あなた、夜に、必死に勉強してた本」
「……」
「どう考えても、魔法の教科書じゃ、なかったもの」
「……」
「デービーの摩擦熱に、マクスウェルの熱力学に、フルードの空洞力学」
「……」
ミラの声が、震え始めた。
「けど、私、あなたを信じたのよ?」
「……」
「あなたは、不器用だけど」
「……」
「あなたなりに、魔法使いになろうと、一生懸命なんだ、って」
「……」
「そう信じて、協力してたの」
ミラの息が、震えた。
「……なのに、違ったのよ」
「……」
「あなたは、魔法のこと、考えていたんじゃ、ない」
「……」
「私を騙すトリックを考えていたのよ! 信じられる!?」
「(うわー! それは、あかんわー!)」
メイの声が、半オクターブ上ずる。
「(ガロン先輩、サイテーっす!)」
ノラも、両手で口を覆う。
ガロンは答えなかった。
頭を、抱えた。
「……すんません、っす」
ミラは、それ以上は言わなかった。息を整える。目を伏せる。免許証を握る指は、まだ、白いまま。
レナはノートを胸に抱えたまま、立ち尽くしていた。
ミラの声が、ふっと変わった。
怒りから、もっと深い震えへ。
「……ガロン」
「うす」
「私、昔、あなたに聞かれたわよね」
「……」
「『俺と、キャリア、どっち、選ぶの』って」
「……うす」
「私、答えたわよね」
「……うす」
「『キャリア』って、即答した」
「……うす」
レナの息が、止まった。
ガロンが笑って話していたエピソードだった。「俺、ショック受けたっす」と頭を掻いて笑っていた。ミラが自分の口で言うと、まったく違って聞こえた。
ミラは続けた。声が、低い。
「私、医者を選んだの」
「……」
「冒険者のヒーラーをやめて、医学に進んだの」
「……」
「あなたが何を言っても、揺らがなかった」
ガロンが目を伏せた。
「……うす」
「でも」
「……」
「私、戻ってきたわよね」
「……うす」
「あなたが、入院した後」
「……」
「バイタルモニターの数値、見て」
「……」
「『あ、また、こいつ、運ばれてくる』って、思った」
「……」
「だから、転職、勧めた」
ミラの息が、震えた。
「そして、あなたが『魔法使いになる』って、言って、職業訓練校、通って、卒業した、って、聞いた」
「……」
「だから、私、もう一度、ヒーラーとして、戻ることに、した」
「……」
ミラの手が、自分の腰の、新調された回復道具のベルトに触れた。
ぴかぴかの留め金。まだ馴染んでいない、革の硬さ。
「ヒーラーの装備、新調したのよ」
ガロンは、しばらく答えなかった。
ミラが、待った。
ガロンが、ぐっと息を吸った。それから、低く——普段の「うす」では、ない声で、ぽつりと。
「……ミラ」
「……」
「俺、嘘、ついた、っす」
「……」
「ミラに嘘ついて、それは、悪かった、っす」
「……」
「体のことも、診断のことも、ミラの言う通りだった、っす」
「……」
「ミラが俺のために一生懸命してくれていたの、知ってた、っす」
「……」
「それも、悪かった、っす」
「……」
「でも」
「……」
「バトルマスターは、俺の、夢、なんっす」
ミラの表情が、止まった。
「ずっと、夢、だったんっす」
「……」
「ガキの頃から」
「……」
「戦士と剣士、極めて、バトルマスターになる、ってのは、俺の生き方なんっす」
ガロンが、目を伏せた。
それから、もう一度、上げた。
「ミラの、キャリアと、同じ、っす」
ミラの息が、止まった。
「ミラが医者を選んだみたいに、俺もバトルマスターを選んだっす」
「……」
「たとえ身体を壊しても、それは譲れないっす」
「……」
「だから、嘘ついて、ミラに心配かけないようにして、夢を追ってた、っす」
「……」
「それは、嘘で、いいこと、じゃ、ないけど、っす」
「……」
「でも」
「……」
「やっぱり夢は、譲れないっす」
ガロンが、初めてミラにはっきりと抵抗した。
普段のへつらう様子は微塵もない。普段のドヤ顔でもない。真剣な声。
ミラは、しばらく何も言わなかった。
「(え、ガロン先輩、初めてミラに逆らったっす)」
メイの声が、小さい。
「(本気っすね)」
ノラも、両手剣の柄に手を置いたまま、止まっていた。
レナの息が、震えた。
携帯灯の青い光が、ガロンの頬を縁取っていた。ガロンの手の指が、わずかに震えていた。けれど、目は、ミラから逸らさない。
ミラも、目を逸らさない。
長い沈黙が、坑道の壁を伝った。
ミラが、ぽつりと聞いた。
「……なんで、そんなに、バトルマスターに、なりたいの」
ガロンは、しばらく答えなかった。
「……」
「理由が、あるの」
「……ある、っす」
「言って」




