冒険者免許証
「でも、ヨナスさん」
ガロンが、立ち上がりかけて、止まる。
「ん」
「コウリュウを、討つのは……ダイナモンキーを、守ることに、なるんすか?」
「……どういう意味だ」
「だって、コウリュウも、ダイナモンキーも、ダンジョンの、モンスター、っす」
ガロンは、自分の言葉を、もう一度確かめるように、ゆっくり続ける。
「祖先帰りするのが危険だから、コウリュウを討つというのは、わかるっす。けれど、それだとダイナモンキーも、危険だということにはならないっすか。
ダンジョンにバルブーンっていう、めっちゃ凶暴で強い奴がいるっすけど、そいつはダイナモンキーの祖先だって聞いたことがあるっすよ」
バルブーンは、尻尾の先が白熱電球になった、ひとまわり大きなサルのモンスターだ。
怒ると、尻尾の電球が熱くなって、ダンジョンの気温を高くする。
サーマルリレーが誤動作して、ブレーカーが落ちる原因にもなっていた。
ヨナスは、少し考えてから、答えた。
「祖先帰りの話なら、コウリュウは、放っておけばフリッジラになる。ダイナモンキーは、放っておいてもバルブーンには、ならん」
「なんで、っすか」
ヨナスは、口を開きかけて、止めた。
長弓を、構える手を止めて、しばらく黙る。
携帯灯の光が、灰色の髪を照らした。傷跡が、影の中で、深く沈んでいる。
「……俺は、戦い方は、知っているが」
「うす」
「理屈は、知らん」
その沈黙の中で、レナが、ぽつりと口を挟んだ。
「……あの、いいですか」
「ん」
レナは、ノートを膝の上に置いた。ペンを、ぎゅっと握り直す。
「祖先帰りは、ダンジョンの、奥でしか、起きないんです」
全員が、レナを見た。
スライム狩り娘たちも、ガロンも、ヨナスも、ライナーも、ミラも。
レナは、自分が注目されていることに、一瞬、たじろいだ。
ヘルメットの紐が、首の下で、軽く揺れる。
(……でも、ここは、私の領分)
レナは、続けた。
「……えっと、社の研究で」
「うん」
「祖先帰りは、周囲の魔力密度に関係している、という事が分かっているんです。古代の環境に近づくと、モンスターの細胞が、その時代の形を思い出す——というものだそうです」
「……」
「だから、普段は、ダンジョンの深いところでしか、起きないみたいです。魔力密度が、古代並みに高いのは、深層だけなので……」
レナは、ノートを開いて、簡単な図を描いた。
迷宮都市のある地表と、地下深部を分ける横線。
地下深部に、上向きの矢印。「魔力密度」と書き込む。
「コーリュウが今、どんな所にすんでいるのか分からないから、祖先帰りする危険がある、というのは正しいと思います。
けれど表層のモンスターや、街に住んでいるダイナモンキーは、祖先帰りしません。魔力が足りないから」
レナは顔を上げた。
「だから、ダイナモンキーを討伐する理由には、ならないと思います」
ガロンが、ぽかんと、口を開けた。
「……え、じゃあ、ダイナモンキーって、エジソン・ゴクウに、ならないんすか?」
「はい」
「……まじっすか(がっかり)」
「まじです」
「(え、初めて、聞いたっす)」
メイが、両手剣の柄に、手を置いたまま、口を開けている。
「(そーいえば、祖先帰りの危険があるからって、討伐依頼が出たことは、なかったっすね)」
ノラも、メイスを構えた姿勢のまま、止まっていた。
ヨナスが、ふっと、息を吐いた。
「……たぶん、ギルドの上の方は、それを知ってるだろうな」
「え」
レナの、ノートを握る指が、止まる。
「『祖先帰りの、恐れがある』だけの駆除依頼は、ギルマスがはじいてる」
「……」
「だから、ダイナモンキー駆除依頼が通るのは、盗電の実被害が出てる時だけだ。有権者からの訴えがあると、無視ができなくなる」
レナの目が、見開かれた。
(……あ)
(……だから、ギルマスは)
(……「盗電の、正当性」と、私が言ったときに、笑ったんだ)
レナは、ノートのページに、ペン先を、押し付けたまま、止まっている。
ノートに、何も書けない。
ガロンが、ぽつりと言った。
「……じゃあ、ダイナモンキー、討たなくていいんすね?」
「ああ」
「やったっす!」
ガロンが、ぴょん、と跳ねた。
重い話から解放されて、ようやく気分が晴れたみたいだった。
「(やっぱり脳筋っすね)」
「(体動かしたかったんやなー)」
ミラが、ぱっとガロンの肩を押さえた。
「ガロン、跳ねないで。MP、まだ回復してないでしょ」
そのとき。
ぽろり――。
ガロンの魔法使いローブの内ポケットから、何かが落ちた。
四角いカードが、地面で軽く跳ねる。
ミラがしゃがんで、拾い上げた。
「もう、ガロン、ほら、落とし……」
ミラの言葉が、止まった。
携帯灯の青い光に照らされて、紙片の表面が見えた。
それはギルド発行の冒険者免許証だった。
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【氏名】ガロン
【職業】戦士 極; 剣士 極;
バトルマスター Lv. 2
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「なに……これ……?」
ミラの表情は、一瞬にして凍り付いた。
「あ」
ガロンの表情が、変わった。
その場にいる全員が、息をのむ音が聞こえた。




