電磁界王拳
ガロンは、言った。
「けど、定格出力10kWは、とても弱いっすね」
「10kW」
レナが、つい繰り返した。
「ああ。大型モンスターの中では、下の方だ。ワイバーンより、弱い」
「(え、なのに災害級、っすか?)」
メイが、両手剣の柄を、軽く回す。
「ところがな」
ヨナスが、ぐっと間を取った。
「『電磁界王拳』——種族固有の、魔法だ。こいつを発動すると、抑えていた魔力が一気に解放される」
「……」
「戦闘能力が、数十倍に、跳ね上がる」
「数十倍!?」
ガロンが、座ったまま、上半身を前のめりにする。
「ああ。だから、災害級と、呼ばれる」
ヨナスは、しばらく沈黙した。それから、ぽつりと語り始めた。
「あの夜のことだ」
***
二十年前の、王都の冬の夜だった。
空から降りてきたのは、レイドブルム——氷系ドラゴンの最終形態。定格五百キロワット。
災害級どころではない。国が滅ぶ脅威的な存在だ。
王都は氷漬けになった。家も、人も、馬も、全部、凍りついた。冒険者ギルドは応援要請を出した。
「俺も、地方から、駆けつけた」
「ヨナスさん、その夜、現場にいたんっすか」
「ああ」
ヨナスは続けた。
俺と、何百人かの冒険者が、王都に集まった。けれど、誰も、レイドブルムには近づけねえ。冷凍光線が何発も、街を、薙ぎ払う。
「そこに、どこからともなく白いサルが現れた」
「……」
「エジソン・ゴクウ、だった」
ヨナスの声が、低くなる。
「俺が見た時には、ゴクウは本来の姿をしていた。毛むくじゃらで、しっぽが長くて、頭に変圧コイルの輪を被ってる」
「(ソン・ゴクウ種、っすね)」
ガロンが、即座に応じる。
「ああ。古代種の図鑑に載っている通りだった」
ヨナスは続けた。
「ゴクウは、レイドブルムに向かって、飛び上がった」
「飛び上がった?」
「ああ。地上から空に向かって、跳んだ。『超電導舞空術』というスキル。重力を無視した跳躍だ」
「超電導……舞空術……!」
ガロンの目が、輝いている。
「そして、頭の変圧コイルを、外した」
ヨナスの目が、わずかに伏せられる。
「『電磁界王拳・単相』——発動」
ガロンが、ごくり、と唾を飲んだ。
ヨナスは、淡々と語り出す。
「その動きは、人間の目には見えなかった。レイドブルムの爪が放たれたが、ゴクウは受け流した」
「うおおっ!」
「尻尾を掴んで、投げ飛ばした」
「げえええっ!」
「強烈なボディブローで、レイドブルムを悶絶させた」
「ぼで、ボディブロー!?」
ガロンの目がきらきら輝いていた。
メイとノラの目も、輝いていた。
「(ガロン先輩、かわいいっす)」
「(完全に、ロマン枠、っすね)」
ミラは、医学誌のページを、ぱらりとめくっただけだった。冷めた目で、ガロンの後頭部を見ている。
ヨナスは続けた。
「レイドブルムは、プライドを傷つけられて、正気を失った」
「(ドラゴンって、プライド高そうっすね)」
「奴は、この星ごとゴクウを消し去るつもりで、すべての魔力を凝集し始めた」
ヨナスは、低く声を変えて、レイドブルムの台詞を、再現した。
「『この星ごと、宇宙のチリと化すがいい……!』」
「(うおおおお)」
ガロンが、両拳を握りしめている。
「ゴクウは、限界をさらに超える——」
ヨナスの声が、わずかに震えた。
「『3Φ(ファイ)電磁界王拳』——発動」
「3Φ(ファイ)!?」
「三相電流、ってこと?」
ミラが、医学誌のページから顔を上げて、ぽつりと付け加える。冷めた目のまま。
「ああ。通常の単相を、三相重ねた『電磁界王拳』だ。さらに出力が跳ね上がる」
ヨナスは、ぐっと、ゴクウの台詞を、再現した。
「『3Φ(ファイ)電磁界王拳……! マー! イー! クー! ロー! ……波ァァァ!』」
「(うおおおおおおおおお!)」
ガロンが、立ち上がりかけて、座り直す。
「(座っとけ、ガロン先輩)」
「(席、立つな、っす)」
ヨナスは続けた。レイドブルムの冷凍光線と、ゴクウのマイクロ波が、上空で、ぶつかり合った。力が、拮抗した。
「『俺の、滅びの絶対零度バーストストリームキャノンと、同じだ……!』」
「(技名、長っ!)」
「(技名、長いっす!)」
「そして、ゴクウは、さらに、電磁界王拳を、重ねて、発動させた」
ヨナスの目が、わずかに輝いた。
「『4Φ(ファイ)』だぁーッ!」
「4ッ!?」
「四相、ってこと」
ミラが、もう一度、冷めた目で付け加える。
「ああ。前人未到の、四相位相だ」
ヨナスは続けた。ゴクウのマイクロ波は、レイドブルムの冷凍光線を、突き破った。レイドブルムは、4Φ電磁界王拳マイクロ波を浴び、瀕死の重傷を負った。
しばらく、沈黙。
携帯灯の光が、揺れた。
「そして、レイドブルムは、地上に、墜ちた」
ヨナスは、しばらく目を伏せていた。
それから、ぽつりと。
「4Φ電磁界王拳の代償で……エジソン・ゴクウは、死んだらしい」
「えっ」
「見たわけではない、少なくとも、俺は、そう、聞いている」
ガロンが、口を開けたまま、止まる。
ヨナスは、ぽつりと、付け加えた。
「ここにいると噂されているコーリュウは、ドラゴンの初期形態だが、放っておけば、いずれフリッジラになって、最終的にレイドブルムになる恐れがある」
「……」
「もう一度、あの夜が来る前に、止める」




